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ヤクザより恐い人(後編)
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空気が凍るとは、この事だ。
安道の凄みは、一瞬で相手をビビらせた。
茶髪のこ洒落た、オヤジが。
お前は、ヤクザか?
嵩原は、心の中で突っ込んだ。
ヤクザが、ヤクザかと突っ込む。
ギャグか!
「あかん………………関西人は、こないな時も突っ込み所を探ってまう」
性って、怖い。
嵩原はジャケットから煙草を取り出し、それを加えながら静かに頷いた。
いや、お父ちゃん…………………余裕だな。
京之介は、竜也を庇ったんだよ?
喧嘩にヤクザが絡むのと絡まないのでは、その意味合いは随分変わってくるから。
自分なら、問題は知れてる。
警察沙汰になっても、堅気は丸く納められる。
でも、嵩原はあまりにも違い過ぎる。
竜童会の組長。
一気に、周りはざわつき出す。
それを、安道は見越して前に立った。
「……………………ま、出て来る思うたけど」
京なら、絶対に。
加えた煙草に火は点けず、苦笑いする、嵩原。
わかってます、ちゃんと。
だって………………腐っても、『無二の心友』
例え、相手がヤクザだろうが、国だろうが……………とにかく何だろうが、助ける為なら全てを擲つ。
それが、無二の絆で結ばれた男の約束。
初めて会ってから30年近く、今もそれは錆びる事なく結ばれている。
全てを擲って。
簡単ではないからこそ、その価値は果てしない。
「てっ…………てめぇ……………っ……俺の胸ぐら掴んで、親…………………親父に言い付けたら、ただじゃ済まさねぇぞっ」
余裕な態度の嵩原と、自分へ凄む安道。
男は、安道の凄みに圧倒され、声が半高に上擦っていた。
「あ?親父………………?何や、お前が誰かやのうて、結局親父か…………………ほな、言えや。さっきからグダグダ勿体振りよって、男がちっさい真似すな…………どこの親父か、サッと言わんかいっ!」
ビクつく男の胸ぐらを、掴んだ拳で押し退け、安道は少しだけ声を張った。
ヤクザ相手でも引かないとは、よく言った。
スタイル抜群な茶髪男子が、ヤクザに負けない迫力を見せた。
「ひ………………………さっ…………雀部だよ………………現役の総務大臣………雀部敏明だよ……………っ!!」
ザワッ…………………………
現役の大臣、雀部敏明。
TVでもよく見掛け、何度も大臣を経験している、所謂政界の大物の一人。
意外な大物政治家の名前に、客達の顔色が変わる。
政治家が、なんぼのもんじゃ!
そう言ってやりたいが、出た名前があまりに大物な事に、ヘタな事は言えない気がして、誰もが僅かに目を伏せた。
ただ、二人を除いては。
「ふーん、現役大臣ね…………………」
政治家の黒い部分は、山ほど知っている。
大して興味もないが、炙り出せと命じれば、何かしら埃の一つや二つは出るだろう。
でも、目の前には安道がいる。
周りは知らない。
安道が、何者なのか。
嵩原は安道がどう打って出るかを見たくて、あえて口を閉じる。
「雀部…………………?ああ………………この前、てめぇんとこのパーティーに顔出してくれて、えらいしつこかったジジイか」
軽く鼻で笑い、安道はウンザリしたように、男から目を逸らして呟いた。
「は………………………」
我が親を知っている口振りの安道に、男の顔色は変わる。
政治家にとって、パーティーに集まってくれる支援者は貴重だ。
それも、政治家自らが頼み込む相手なんて…………。
「嘘だ……………な、何はったりカマしてんだっ!そんな事で脅そうたって、俺は騙されねぇっ」
口ではどうとでも言える。
落ち着いた安道の物言いに、男は動揺したが、それでも負けまいとデカい腕を振り回し、反論する。
「別に…………………お前みたいな、箸にも棒にも引っ掛からへん様なガキ騙す気にもならんわ。なんなら、今電話したろか?お前を守ってくれるらしい、親父に。…………………この安道京之介を、お前のアホ息子が怒らせよったさかい、二度と俺の名前使うなってな」
安道はスマホをポケットからチラつかせ、真顔で男に問いかけた。
「え……………………あ…………………安道…………………」
その名に、道楽息子は額に嫌な汗をかく。
箸にも棒にも引っ掛からない息子でも、安道の名前は知っていたらしい。
そしてそれは、にわかに金持ちそうな客達にも伝わる。
全員ではないが、それなりに地位を確立した様に見える客の目は、明らかに変化した。
「よう考えよ、兄ちゃん………………皆、明日を迎える為、生きる為、長い道を歩いて行く為に、どんなに辛うても働いとんねん。そりゃ途中で挫折する人もおる……………働くんは、楽やないからな。でもな、それでも一生懸命働いとる人間が誠心誠意頭を下げとんのを見て、平気で罵声を浴びせるガキに、人前に立つ資格はねぇ………………人を罵る前に、挨拶一つから学び直して来い」
ヤクザ達が、こぞって憧れを抱く嵩原が、唯一『心友』だと選んだ男。
何も変わらない。
堂々たる姿に、嵩原は俯いて笑みを浮かべる。
どうしようもない若者に、説教。
もしも、これが大和なら、多分安道は迷う事なく拳の一発でも食らわし、共に周りへ頭を下げさせただろう。
安道とは、そんな熱くて、真っ直ぐな男だからだ。
「何が、親は大臣じゃ………………てめぇのガキもまともに育てられへん大臣に、国政が育てられるか!!雀部の先も、知れたわ……………今後一切支援は断る」
ガタンッ…………………………
自分の視界を遮る男が、本物の安道京之介かはわからないが、親の名前だけで強がる若者をビビらせるには、充分過ぎる迫力だった。
とんでもない事をしでかした。
あんなに意気がっていた若者は、近くのテーブルへぶつかりながら、尻餅をついた。
政界へも多大な影響力をもたらす、安道京之介に匙を投げられた政治家の未来は、暗い。
例え道楽息子と言えども、特に気を付けなくてはいけない人物位は、聞かされていた。
結局、軽はずみに親の名前を使っていた息子は、その軽はずみさに自分だけではなく、自慢の様に大物だと言っていた、親の首をも絞めてしまった。
「………………………話は、終わりや………………帰ろうで、竜也。皆さんにも、えらい不快な想いさせまして、すみませんでした………………………おい、お前もしっかり頭くらいは下げて帰れよ」
尻餅をついた若者をたしなめ、安道は嵩原の肩を優しく叩いて、目で出口へ促した。
「せやな…………………すみません、お詫びにワインでもプレゼントさせて下さい。店員さん、全てのテーブルに、上手いワイン一本ずつお願いします」
「え……………あ、は…………はい……………っ」
嵩原は店員へ微笑みかけ、自分達を見つめる客達に会釈しながら、再びレジへと向かった。
微笑みかけられた男性店員の顔が、思わず赤く染まる。
然り気無く、ワイン一本。
金がある。
顔がいい。
でも、それだけじゃ惹かれない。
それ以上のものがあるから、格好良く見える。
誰もが、立ち去って行く二人にしばし見とれた。
「京………………何も全部払う事ないやろ。俺、金出すつもりやってんで?」
店先の石畳を歩き、嵩原は安道へ話しかける。
支払い、ワイン代含め百万超え。
席はそう多くはなかったが、高級店のワイン一本はやはり大きい。
レジに立った安道は、何事もなかった様に、嵩原に財布を出させなかった。
「うっさい……………………今夜は、俺が藤原に無理言うて、席を設けさせたんや。疲れたお前を付き合わさせて、金まで出させる訳にはいかへん」
「………………………ったく、お前も言い出したら聞かへんからな………………………なら、また何かで返すわ」
やれやれと言った感じで、嵩原は息を漏らす。
まあ、自分が安道でもそうしただろう。
似た者同士。
付き合いも古過ぎて、頭の中は見透かせる。
「…………………………じゃあ、俺……………アレがええ」
ライトアップされた木々へ目を向けていた嵩原の手を掴み、安道は急に立ち止まる。
アレ。
阿吽の仲も、突然の『アレ』には、首を傾げる。
「アレ?………………アレ…………って……おわぁっ!?」
ガバッ…………………………
と、嵩原が聞き返そうとした途端、いきなり掴んだ手を引っ張られ、視界が暗くなる。
「ちょっ…………………京………………っ」
嵩原の視線を塞ぐ、安道の首筋。
身体が、あっという間にその腕に包み込まれてしまった。
「返すて、言うてくれたやろ…………………」
「は…………………………はい?」
慌てる嵩原の耳元で囁く、安道のやや低い声。
「これがええ、俺は…………………これが」
「き…………………京……………………」
安道の『アレ』は、これ。
嵩原を、より感じられる事。
「お前がいたから、今の俺があるんや…………竜也」
ここまで頑張れたのも、自分がブレずに前を見て来れたのも、たった一人の心友がいてくれたから。
側にいる事が、こんなにも安心する。
安道はそれを噛み締める様に、抱きしめた嵩原を中々離せなかった。
「でも……………………天下の嵩原竜也の身体を抱きしめんのは、百万じゃ足りひんな……………………残りは、また融資に上乗せして払うとくわ」
背中に伝わる、安道の徐々に入る力。
嵩原は、それをはね除ける事が出来ず、ゆっくりと顔を肩へ付けた。
よく言うよ。
安道京之介の身体も、決して安くはない。
「アホか………………どんだけお前に集らすねや。金なんか取れるか………………お前が関東に来てくれただけで、心強い思うてんのに………………」
この歳になっても、素直に自分を出せる友の大切さ。
敵に回せば、厄介。
だが、一生味方だと思えば、これ以上の頼もしさはない。
「ありがとうな…………………京………………」
心地好い嵩原の声が、安道の身体へ染み渡る。
「…………………………ズル」
「え…………………………」
「そないな可愛い事言われたら、手ぇ出せへんやん」
「…………………………あ?」
…………………………手って。
「変わらへんな、竜也………………………お前のそう言うとこ、めっちゃ好きやわ」
安道は嵩原から身体を離し、自分好みな顔へ指を滑らせる。
「京…………………………」
「関東………………楽しみになって来た。これから、宜しゅう頼むわ…………………」
何が待ち受けるか、関東。
新しい風が、吹く。
「安道さん……………………っ!!」
月が高さを増し、一段と辺りを照らし出す頃。
店先の駐車場で嵩原を待っていた錦戸は、一緒に出て来た安道を見て、目を丸くする。
「おー、錦戸!久し振りやな………………元気にしとったか?相変わらず、竜也の尻叩いとんのやろォ」
「えっ……………あ、いえ……………………そ、そんな事より、最後のダンベエって、安道さんやったんですかっ……………………藤原さんがえらく濁すさかい、大物やとは思うてましたけど………………………」
錦戸が、アッサリ圧されてる。
竜童会幹部でも、頭が上がらない。
安道、有名人です。
「すまなんだな………………藤原には、口止めさせとったんや。俺やて、わからんようにしてくれてな。その方が、会うた時おもろいやろ?」
「お、おもろい………………ですか…………」
「いや、知らされんこっちは、迷惑なだけやし……」
ええ、本当に。
唖然とする錦戸を囲み、嵩原は呆れ気味に愚痴を溢す。
「堅い事言うなや、竜也……………………しばらくは関西ん時みたいに、気軽に会えるんやさかい」
「は…………………………」
関西ん時?
気軽?
状況の読めない錦戸は、二人の様子に『?』が並ぶ。
「聞いて驚け、錦戸………………………安道な、当分こっちにおるらしいわ」
「へ…………………………」
へ…………………………!?
「えぇぇぇ…………………っ!!」
「せやろ、せやろ…………………そうなるよな?普通」
「台風の目が二つに……………っ!!」
「そうそう、台風の目が二つ………………ん?二つ?」
うん、二つ。
頭を抱える錦戸を見つめ、嵩原は眉をひそめる。
二つって………………もう一つは、誰?
「ちょい、錦戸。台風の目が二つって、何…………」
「ぷ……………竜也ぁ…………ホンマ変わらんな、お前」
変わりません、この方は。
ヤクザで、父親で、恋する組長。
だけど、どこか抜けてる、自由人。
自分で自分がわかっていない嵩原の肩へ腕を回し、安道は楽しくてニヤニヤ。
「もっ……………………京っ!」
そこがまた、堪らなく可愛らしい。
「最高や……………………」
ヤクザより恐い男も、つい口が緩んでしまう。
「……………………やっぱ、来て良かったで」
来て良かった。
ほのかに香る恋もまた、台風か…………………?
しかし、安道。
ホントに、謎である。
(皆様、いつもありがとうございます。この度は、私の体調不良により、更新遅れまして申し訳ありませんでした。そして、至る所でお気遣いのお言葉をいただきまして、本当にありがとうございました(T^T)皆様の優しさに、心から感謝致します。この想いは、これからの恋男で必ずお返しさせていただきます。内面から温もりを頂きました事、忘れません)
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