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刺青と、嫉妬
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同じ人を愛すとは、酷な選択である。
そして、それはイイ男であればある程、運命の悪戯を呪う。
ガチャ……………………………
「あぁ……………………疲れた……………………」
台風の目一つ、ようやくご帰還。
既に時刻は、深夜。
当たり前だが、マンション内は静まり返ってる。
嵩原は玄関の壁に手を突き、緩めたネクタイを襟から抜きながら、溜め息を漏らす。
「京の奴……………………結局あれから、錦戸も誘うてバー行きよって……………………俺が疲れとるからって、全く労ってないやんけ……………………」
ええ、しっかり捕まりました、お父ちゃん。
気心が知れた仲に、遠慮はない。
もう、朝からの疲労も加わり、クタクタです。
「ま…………………巻き込まれた錦戸が、一番災難か」
元々酒の強い嵩原と、楽しい酒大好きな安道に囲まれ、錦戸潰れる。
安道から、ウォッカサービスされました。
錦戸、御愁傷様……………………。
最後は、安道の第一秘書が、二人を送り届ける。
台風の目。
過去最大規模上陸の恐れ。
「…………………………お帰りなさいませ、親父」
は…………………………?
しつこいが、今、深夜。
靴を脱ぎかけた嵩原は、思いがけない声に、思わず顔を上げる。
「高橋………………………どないしてん?まだ、おったんか…………………大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。もうそろそろ、帰ろう思うてたとこです」
こんな時間でも、きちんとネクタイを締めて出迎えをする、高橋の律儀さ。
外したネクタイと、安道に頼まれた紙袋を高橋へ渡しながら、嵩原はそれを気遣う。
「大和は、どうしとんのや…………………こないに遅うまでお前をおらして、どうしようもないな。何もない時くらい、早よう帰したらなしんどいやろ」
「いえ、私は構いません。若も、色々頭を悩まされとってたんで………………お手伝いを」
「悩む?……………………大和が、何を……………」
二人は、慣れた様に会話を重ね、高橋が開けていたリビングの中へと足を入れる。
深夜でも、煌々と明かりの点いたリビング。
「…………………………あ?」
嵩原の目に飛び込む、可愛い我が子の寝顔。
え?
「大和………………………何しとんや?」
目の前のテーブルへ沢山の本を並べ、ブランケットを掛けられて、ソファにご就寝。
沢山の本。
沢山の。
…………………………大和が?
「………………………明日、嵐か?」
有り得ない姿に、お父ちゃん、我が目を疑う。
いや、それ失礼。
「もう、親父……………………若、怒りますよ」
さすがに高橋も、苦笑い。
大和だって、本くらい見ます。
「………………………ん?…………………刺青………………」
ただ、まともな本ではないですが。
寝ている大和の脇に座り、嵩原は益々首を捻る。
何がしたいんだ、息子よ。
「なんや、これ……………まさか、またどっか彫ろう思うてんのと違うよな?俺、今度こそブチ切れんで」
この、若くて美しい肉体に、まだ刺青を入れる。
誰がさすか。
俺の身体やぞ。
意味のわからない行動に、お父ちゃんの眉間にシワが寄り始める。
「違います、親父…………………山代に頼まれたんです、若……………………」
「頼まれた…………………?」
渡された紙袋を食卓へ置く高橋を見上げ、嵩原はテーブルへ広げられた本へ手を伸ばす。
細かい刺青の画が載った本の数々。
よくこれだけ集めたとは思うが、山代が頼むって、何を?
山代の背中に、いまだ刺青の無い事を知らない嵩原には、話が全く読めない。
「山代、ずっと身体が弱かったんで、刺青を入れてへんかったらしいんです。せやから、病気が治った暁に背中へ入れたいと………………………それを、これからを共にする若に、何がええか決めて欲しいて、頼まれたみたいなんです」
一生モノの刺青を、大和に託す。
嵩原もまた、穏やかに説明する高橋の言葉の中に、山代の想いを垣間見る。
「へえ………………………そうか、山代はまだ入れてへんかったんか……………………」
そんなに、大和の事を……………………。
「…………………………はい」
頷く、高橋。
でも、その僅かに視線を落とした返事の仕方を、嵩原は見逃さなかった。
「……………………で?お前は、ヤキモチ妬いたんか?」
「え………………………」
ソファに眠る大和の髪をソッと撫で上げ、口元を緩める嵩原に、高橋の目は留まる。
「珍しゅう顔に出てんで」
「あ………………………」
咄嗟に、高橋は頬へ手を持って行き、微かに熱くなった肌に触れる。
「………………………すみません」
「別に、謝る事やないやろ。らしくなくて、俺は好きやけどな」
「親父…………………………」
それだけ、高橋が大和を想っている証。
山代と高橋。
これはまた、大和も随分いい男達に愛されたものだ。
嵩原は、らしくない高橋を見つめながら、まだ17歳と言う息子の罪深さに、笑うしかなかった。
その罪に、一番溺れているのは、紛れもなく自分なのだから。
「でも……………………お前と山代が脇を固めとったら、何や安心するわ……………………俺も、ずっとここには居てやれへんやろうしな……………………」
「親……………………………」
それって………………………。
高橋は、大和の頭を優しく撫でている嵩原へ目を向け、出しかけた言葉を飲み込む。
脳裏に浮かぶ、関西本部。
関西。
何を言っても、嵩原本来の、本拠点である。
まさか、その関西に?
居てくれる安心感に慣れ、居なくなる事なんて、今は頭にも入れてもいなかった。
「関東は、俺がおる場所違うさかい……………ええ加減帰ったらな、藤原らの負担もデカいわ」
「ですが…………………………若は………………」
最近、一段と嵩原を必要としている様に見える。
組員の前では我慢していても、大和の嵩原を捉える目を見れば、それはよくわかる。
近々立ち上がる、関東支部。
関東支部が立ち上がれば、数千の組員を関東へ入れ、より大和は責任と課題を突き付けられる。
不安定になるであろう大和の心情を思うと、それはまだ避けたい……………………高橋は、そう思った。
「高橋………………………お前には、酷な事ばかり課してしまうけど……………………お前は、大和の右腕や。何があっても、支えんのが仕事やぞ」
「は………………………申し訳ありません……………」
愛しそうに大和を眺めながら、自分をたしなめる嵩原へ、高橋は直ぐ様頭を下げる。
甘えそうになる自分を、見透かされた気がした。
大和を導く身である高橋の、唯一敵わない男。
壁にぶつかりそうになる度、嵩原の然り気無い手に掬われて来た高橋にとって、その姿はすがりたくなる光を放つ。
頼ってはいけない。
迷惑をかけてはいけない。
わかっているのに、たまに脆くなる。
「でも………………何かあったら、言うて来い。他には見せられへん弱味は、俺が全部受け止めたるから」
「…………………………親父」
完璧である事の大変さ。
どれ程の努力をして来たか。
嵩原は立ち上がると、組で最も努力して来た男を称える様に、笑顔を向けた。
どんなに見透かしても、見透かした全ても受け入れる覚悟で、高橋を救い出した。
何年経とうと、あの時の決意は変わる事はない。
地獄だった高橋の毎日。
二度と、あんな思いはさせまいと誓ったのだから。
「では………………………親父、一つ…………………」
「…………………………ん?」
「若に……………………アドバイスを」
山代の刺青。
大和が決めたものが、山代の背中へ刻まれる。
とてつもない嫉妬を覚えるが、大和の為なら最善を。
高橋は、うっすら笑みを浮かべ、右腕としての顔へと切り替わる。
「さっきまで、刺青の事悩んではりました。どうか、ええアドバイスをしてあげて下さい。経験の浅い若には、少々難儀な題目の様です」
「………………なるほど………………わかった、話するわ」
「はい…………………ありがとうございます」
嵩原の返事に礼を述べると、高橋は近くに掛けていた自分のジャケットを取り、帰り支度を始めた。
もう、丑三つ時を過ぎる。
これから帰り、お風呂に入って寝れば、明け方。
それから、数時間の後、また大和達の朝食を作りに来るのだと思えば、高橋の一日は本当にハードだ。
「高橋………………朝食はええから、ゆっくりせえよ」
それに、つかさず嵩原がフォローを入れる。
ゆっくり。
こんな組長は、本当に稀だ。
自分よりも、組員。
普通なら、まず有り得ない。
そんな所が、側近達をより惹き付けて止まない所以。
「……………………………はい」
ジャケットを羽織る高橋の顔も、自然と綻ぶ。
嵩原がいるから、竜童会は強い。
強い。
そこは、決して揺るがない。
「あ、そうや……………………」
思い出した様に顔を上げ、嵩原は食卓の上に置かれた黒い紙袋へ視線を流す。
「はい?まだ、何か………………?」
「いやな……………………ちょっと、おもろいニュースがあんねんやけど……………………」
「おもろいニュース………………ですか?」
口元へ手を当て、ニヤつく嵩原の表情に、高橋は動きを止める。
何だろう。
こう言う時の嵩原の顔は、結構とんでもなかったりする……………………。
一抹の不安を感じながら、高橋はそれへ耳を傾けた。
「京が………………………関東来たで」
静まり返っていたリビングが、一層と静まり返る。
「…………………………はい?」
今、何と?
「ぷっ………………………錦戸も、おんなじ顔したわ」
固まる高橋の姿に、嵩原は必死で笑いを堪える。
京之介、あんたはどんだけ有名人。
「賑やかになるで、これから」
「いえ…………………賑やかと言いますか………………」
嵐と言うべきか。
嵩原と長い付き合い。
当然、安道の事は、よく知っている。
一抹が、一気に束になって頭を埋める。
「ま、宜しゅう頼むわ……………………大和は喜ぶやろうし…………………………下手なヤクザより、あいつは頼りになる。何が起きようと、力になってくれるで」
「はい、それはもう重々承知してます」
分け隔てなく。
まるで嵩原の様に、手を差し伸べてくれる。
大きな存在である事は、間違いない。
「……………………わかりました。またお会いした時に、挨拶させて頂きます……………………親父、お疲れ様でした……………それでは、失礼致します」
やや戸惑いつつも、高橋は嵩原へ顔を伏せ、長い一日の仕事を終える。
「……………………ん、ご苦労やったな。ありがとう」
リビングを後にする高橋を優しく労い、嵩原の一日もなんとか終わりを迎えようとしていた。
バタン…………………………
遠くに聞こえる、玄関の閉まる音。
「はぁぁ………………………」
嵩原はその場にしゃがみ込み、気持ち良さそうに寝ている大和を見据えた。
クッションに顔を沈め、うつ伏せに眠る姿の堪らない、可愛らしさ。
胸が、キュンと締め付けられる。
「やっと、二人きりやで………………大和……………」
やっと……………………。
今日一日、我慢してきた。
愛が、瞬く間に溢れてく。
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