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ちょっとだけ、昔の話(嵩原、高橋編②)(後編)
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(長めです…)
古ぼけたアパート。
二間しかない、間取。
よく、クモやヤモリが現れる。
でも、それが最高の城。
「たーかぁーはぁーしぃぃぃーっ」
まだ、太陽が高い位置から地上を望む、時間帯。
アパートのドアの前で、大和の声がこだまする。
ガチャ……………………
「や…………………大和…………………?」
慌ててドアを開け、高橋は視線を落とす。
「ただいまぁ♪今、幼稚園から帰って来たでーっ」
「あ…………………あ、うん………………お帰り」
不思議な、日課。
何故か、高橋が隣に越して来てからと言うもの、大和は毎日幼稚園からの帰りを報告に来る。
最初は、どうしたら良いか戸惑ったが、とりあえず笑顔で『お帰り』を言うと、大和は嬉しそうにしてくれるので、高橋も頑張って笑顔を振り撒く事にした。
笑顔。
何年も笑えなかった日々を送っていた高橋には、中々の試練である。
「高橋ぃー。今日な、友達連れて来てんっ♪」
しかも、『高橋』。
この時から、既に高橋呼び根付く。
そして、高橋もまた『大和』と呼ぶ。
黒河から離れたばかりの高橋は、まだ極道に足を入れていない。
嵩原が、何がしたいか考えてみたらいいと言って、時間をくれた。
だから、主従関係も何もなく、二人はお隣同士の友人みたいな付き合いが続いていた。
「……………………友達?」
大和の友達。
高橋は、てっきり幼稚園の同級生だと思い、コンクリートで固められた玄関先へ目を向けた。
子供……………………いない?
「大和ぉ…………………誰や、こいつ」
え。
大人の男の声。
自分の横から聞こえて来た怪訝そうな声に、高橋はビクッとしながら顔を上げた。
「もう、京之介ぇ…………………言うたやんっ!お父ちゃんが助けたお兄ちゃんが、隣におるって!」
京之介。
そう、京之介。
大和が呆れた様に話しかける男は、入院した多香子の代わりに大和を幼稚園へ迎えに行っていた、大学院生の京之介だった。
「あ?そう言や…………何か言うてたな。帰りに晩飯の話で盛り上がっとったから、スッカリ飛んでたわ」
片手にスーパーの袋をぶら下げた、京之介と言う男を見て、高橋は目を奪われる。
爽やかな水色の麻シャツに、ややダメージの入ったデニム。
シンプルなスタイルだが、背が嵩原位に高く、綺麗な顔立ちとそれに合う明るい茶髪が、物足りなさを感じさせない。
こんな人が、嵩原の知り合い…………………。
類は友を呼ぶ。
まさに、そんな華のある京之介に、高橋の胸はざわついた。
自分だけじゃない……………………わかっていたけど、自分より近い存在が、羨ましいと思ってしまう。
「…………………………俺、何を……………」
衝撃的な嵩原との出会いは、高橋の心をぐんと嵩原へ向けさせていたのだった。
暗闇を生きてきた高橋にとって、嵩原の放つ強烈な光は、やっと見付けた道を照らす大切な灯火。
ダメだと思っていても、どうしてもすがりたくなる気持ちが、京之介の登場でチクリと痛む。
自分のそんな変化に戸惑い、高橋は京之介を直視出来ずに俯いた。
「…………………………お前、飯作れんの?」
「は……………はい……………?」
一瞬、静まり返るアパートの玄関。
自分の登場に、急に黙り込んでしまった高橋を見かね、京之介が声をかける。
「これから一人暮らしすんねやったら、料理くらい上手に出来ひんと身体壊すで」
「え………………………」
「これからは、俺が教えたるわ…………………ようこいつらの飯作ったんねん。腕には自信あるさかい」
スーパーの袋を持ち上げ、高橋へ微笑む京之介に、高橋は言葉に詰まる。
今、会ったばかりなのに…………………。
嵩原の友人とは、本当に嵩原みたいだ。
人の優しさに困惑しながらも、高橋の身体はフワッと温かさに包まれる。
温かい。
………………………人って、こんなんやったんや。
「京之介のご飯、めっちゃ美味しいんやで!!高橋も、料理上手うなるなぁ!」
嬉しそうな、大和の笑顔。
京之介から、料理を教わる。
高橋の料理の原点は、京之介である。
完璧な男の前に、もう一人の完璧な男、あり。
カンカンカン………………………
辺りが闇に染まり、路上の外灯がチカチカと寿命の終わりを告げる様に点滅する。
そんな夜も深まった頃、鉄筋の錆び付いた階段を上がる、軽快な足音が辺りに響く。
「やべ………………遅うなってしもうた……………京の奴、怒ってるかな……………」
アパートの小さな電灯に照らし出され、嵩原が姿を見せる。
駆け出しの嵩原に、自由は少ない。
今日も一日、先輩達に連れ回され、多忙を極める。
ガチャ………………………
「京ぉ…………………すまんっ、また遅うなっ……………」
バツが悪そうに顔をしかめ、勢い良くドアを開けた嵩原は、目の前の光景に固まった。
あれ?
「…………………………た、高橋?」
台所に、高橋が立っている。
「嵩原……………………お帰り……」
「へ…………………どないしてん、お前。京、おらへんのん?」
水道の蛇口から水を出し、何やら手を洗っている高橋を見つめ、嵩原は不思議顔。
二間の奥には、大和が嵩原の布団で爆睡中。
とりあえず、一番に大和の寝顔を見に行き、お父ちゃんは一日の疲れを癒す。
「あ………………えと、安道さんは、実家から電話が入って………………帰らんとあかんようになったて………それで、俺が………………」
寝ている大和の前にしゃがみ込む、嵩原の背中を見ながら、高橋は状況を説明する。
「そうか…………………あいつも忙しいさかいなァ…………また、無理して時間作ってくれたんちゃうやろな」
声だけで、今嵩原が滅茶苦茶笑顔なのがわかるような、広い背中。
僅かだけチラつく、大和の髪を撫でる仕草一つ、嵩原が我が子をどれだけ愛しているのか、伝わってくる。
高橋はタオルで手を拭き、息子を眺める嵩原の後ろ姿に見とれていた。
「…………………で?お前は、何でそないに必死に手ぇ洗っとったん?」
振り向き様に訊ねる嵩原に、高橋はドキッとして、思わず持っていたタオルを落とした。
「顔……………………怖かったで」
「た………………嵩原…………………」
この男には、敵わない。
ミシ………………………
板張りが、嵩原の重みで軋み、自分へ近寄る姿に緊張する。
「手、どないしたんや」
「あ………………………」
足元に落ちたタオルを拾い上げ、嵩原は目を伏せる高橋の手を掴む。
手を。
それだけで、身体が熱を高める。
高橋はギュッと唇を噛み、何とか平静を保とうと踏ん張った。
「怪我したとかや、ないんやろ?」
「ち、違……………………その……………」
「その…………………………?」
息がかかりそうな程近い、嵩原の身体。
高橋は目眩がしそうで、後ろにあった流し台に助けを求める様にもたれた。
「き、汚ない気ぃして………………」
「……………………………汚ない?」
「大和が、とても純粋で綺麗やから……………自分の手が、血に染まっとる思うたら、触るんも汚ない気ぃして……………俺……………………」
「高橋…………………」
大和を寝さそうと、身体をとんとん叩いてやって、ハッとした。
可愛い大和の寝顔に、自分のこの汚れた手で触れて良いのかと。
良いわけがない。
そう思ったら、必死に手を洗っていた。
必死に、必死に……………………でも、染み込んだ汚さは、どんなに洗っても落ちる事はない。
それが、自分が犯した罪だから。
「ごめ…………………こないな暗い話……………」
そう言って、高橋が手を振りほどこうとした瞬間、嵩原の唇が手の甲に柔らかな感触を伝える。
「嵩…………………………っ」
「キレイな手やな……………………その辺の女より、よっぽどキレイやで。俺には…………………それしかわからん。それで、ええやろ」
「は………………ぁ………………」
視界を埋める、優しい笑み。
高橋は唇を震わせ、嵩原の真っ直ぐな眼差しに、瞳を揺らした。
「何があっても、俺が支えたる…………………お前は、前だけ見とき。その先に、必ず光は見えるから」
「嵩原…………………ぁ…………っ」
嵩原の胸に顔を埋め、高橋は大和を起こさまいと、声を殺す様に頬を濡らす。
もう、見えとる。
見えとるよ、嵩原。
絶対に迷わない、強い光が。
その数日後、高橋は竜童会へ入る事を決める。
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