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大切な約束(前編)
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(リクエスト。大和と京。そして、亡くなる前の多香子と京の話です)
「なんや、今日は雲一つない快晴か………」
いい男は、佇む姿も絵になる。
オフィスビルから一歩外へ踏み出し、空を見上げる
安道は、午後から久し振りに休暇を取った。
多分、約3ヶ月振り。
有り難い事に、次から次へと来る仕事は、安道に休む暇も与えない。
爽やかな風と、澄みきった青空。
たまの休暇もいいもんだ。
都会のわりに、今日ばかりは息をするのも気持ちが良い。
「ええ天気やの……………」
呟く声も、何だか明るい。
清々しいほどに、美しい景色の眩さよ。
こんな日は、いつも決まって思い出す事がある。
安道にとっても、忘れられない一日。
「…………………多香子さん、まるであんたの笑顔みたいやな」
多香子さん。
それは、嵩原の絶大な愛を独り占めし、大和と言う宝物をこの世に残し、僅か20代そこそこでこの世を去った、嵩原の亡き妻・多香子の事。
安道の思う晴れた空とは、彼女と最後に語り合った、あの日の記憶。
大切な思い出……………。
『堪忍やね、京ちゃん…………無理言うて』
古い市民病院は、いたる所が古い。
壁にはヒビが入り、床は角っこが捲れ、周りを見渡せば、年寄りばかりが入院している。
そこに、若い美人がいれば、当然よく目立つ。
『ええよ、竜也は組の事で忙しいし、大和は幼稚園や………………俺は、大学も落ち着いたから、手ぇ空いてるしな』
『良かった!……………京ちゃんなら、そう言うてくれる思うた♪』
『調子ええな、多香子さんは』
一つの紙袋を、ベッドに座る多香子へ手渡しながら、安道は口元を緩める。
美しい人。
心友・嵩原の妻、多香子。
いつも明るく、賑やかで、強い女性。
嵩原が何故この人を選んだか、考えるまでもない。
眩しい位の笑顔。
彼女が笑うと、周囲が一気に華やぎ、空気が変わった。
嵩原は、そんな彼女に一目惚れ。
美男美女カップル。
誰が見てもお似合いで、その睦まじさはいつまでも続くと、信じて疑わなかった。
『ノートなんか、どないするんや?』
この日、安道は多香子から連絡をもらった。
ノート、買うて来てもろうてもいい?
ノート……………?
何だろうとは思ったが、あまりベッドから動けない多香子の為に、安道は何も言わず買い出しに行った。
ちょっと、嫌な予感はした。
本来なら、多香子はもっと大きな病院に入院した方がいい程容態は悪い。
でも、まだヤクザの下っぱである竜也に、それだけをしてやれる金はなく、正直難しかった。
たっちゃんには、言わんで………………。
病室に来た先生との話を、偶々見舞いに来て聞いた安道は、多香子に口止めされていた。
言わんで。
そう言った多香子が、初めて泣きそうな顔を見せたのを、今でもハッキリ覚えてる。
『うん……………たっちゃんにね、お家の事色々書き出しとこうと思うてね』
『え………………』
『ほら、たっちゃん不器用やから、大和の方が困ってしまいそうやもの』
何言うとんや………………。
ズキンと胸の奥が痛くなった。
あと、どれくらいだろう。
多分、もう多香子は自らの死期を悟っている。
天使のような女性が、何故こんな目に遭わないといけないのか。
安道は、細い指で一生懸命シャーペンを握る多香子を見つめ、唇を噛みしめた。
神様は、何を見とんねん……………。
『ねぇ、京ちゃん……………』
『あ………………?』
『たっちゃんと大和の事、お願いね』
『は?何や、いきなり……………図々しいな』
少しだけ開いた窓から入る、隙間風。
白いレースのカーテンが揺れ、軽く束ねた多香子の髪が風に靡く。
それの乱れた髪を耳にかけ、微笑む多香子が、殊の外綺麗に思えた。
『クス……………だって、京ちゃんが一番適任やもん』
『……………………アホか』
『京ちゃん、ありがとう……………少しの間、たっちゃん独り占めさせてくれて、ホンマに幸せやった。ありがとうね……………』
ありがとうね。
『ボケ………………礼言う位やったら、さっさと退院せえや』
『へへへ……………それもそうやわ♪』
眩し過ぎる笑顔に、華が咲き誇る。
それから数日して、多香子の体調は瞬く間に悪くなった。
弱った命は、なんと儚いか。
嵩原から連絡を貰った安道が、病院に駆け付けた時には、もう多香子の息はなかった。
安道の買ったノートを枕元に置き、多香子はシャーペンを握ったまま、意識を失ったと言う。
たっちゃんと大和の事、お願いね。
『アホんだら……………っ』
古い壁に打ち付ける拳が、悔しさを物語る。
記憶にあるのは、誰にも負けない笑顔。
最期まで、青空のような女性だった。
「京之介ぇ……………っ!」
そして、現在。
忘れ形見は、多香子と同じ笑顔を振り撒く。
「大和………………っ」
今日は、大和とデートなのです、安道。
(後編へ続く)
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