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初詣(後編)
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人の群れは、何処までも。
これだけの人数が、よくも集まったもんだ。
大和のマンションから比較的近い神社は、ここいらでは結構大きな規模だった。
その為、大和達の周りにも多くの人が行き交い、参道は新しい年を味わう者達で溢れていたのだが、如何せん現れたのは竜童会ご一行様。
ヤクザが初詣なんて珍しくもないと思っていても、嵩原を筆頭に長身で質の良いコートを靡かせ歩く男衆は、やたらと目を引いていた。
振り返る参拝者達の数、多く。
チラチラ魅せる楽しげな笑顔が、またたまらない雰囲気を漂わせ、晴れ着の女性達を一層と魅了して収まらない。
時折聞こえる黄色い声も、それはこの集団に注がれてた。
「……………あれ?」
「ぁあ……………?」
だが、そんな晴れやかな空気も、偶然の鉢合わせには様相が一変する。
「上地やねぇか!」
「嵩原…………お前も来とったんか」
丁度、参道一の大鳥居へ差し掛かった時。
ほぼ同時に重なった声と、それに向き合う黒い塊二つ。
なんと言う悪戯か。
飄々と構える嵩原と違い、一気に引き締まる錦戸達の前に登場した、極道界No.2。
「え…………上地?」
さすがの大和も、これには耳を疑った。
父親の後ろからヒョイと顔を覗かせ、思いもしない状況を自分の目で確かめる。
有名な神社とは言え、こんな奇遇があるなんて。
あ、ホンマに上地や…………。
目蓋を擦り、思わず二度見。
一見ヤクザとはわからない父親と違って、上地の半端ない威圧感。
立っているだけで、もうヤクザ。
任侠映画を地でいく、ザ・組長である。
しかも、護衛に付いてる組員達も、ガタいが良くて目付きが悪い。
そりゃ、通行人達も自ずと幅を取って、異常な距離感を保つ筈。
怖くて近寄れる訳がなかった。
それでも、唯一救いになっているのが……………。
「おめでとうございます、嵩原組長…………まさか、正月早々お会い出来るとは思いませんでした。本年も宜しくお願い致します」
「おぉ、片山ァ………相変わらず、お前はええの。強面揃いの白洲会で、紅一点やで」
「ぷ…………ありがとうございます」
強面揃いの白洲会において、一際目立つ綺麗な顔立ち。
肩をポンポン叩き話しかける嵩原へ、深々と礼をする片山が、場をグンと華やかに変えてくれる。
白洲会・片山。
裏社会でも、最早名前一つで相手を怯えさせられる、大物。
「片山………上地の隣におっても、負けてへんな」
「恥ずかしいですけど、正直何回会うても少し緊張してしまいます」
極道の若手の中に、これほどの壁がある現実。
意外や優秀な人材が多くいながら、それだけの若手は竜童会にはまだいない。
近いようで、遠い。
嵩原や上地と並び話す圧倒的姿に、伊勢谷や花崎はポツリと本音を漏す。
「わかるよ、それ………俺も初めて会った時の圧が、今でも忘れられない。本気でヤれと言われれば躊躇なく行くが、勝てるかと言われればわからない」
「山代さん…………」
きっと、片山は自分達の事など意識してはいないだろう。
それが、悔しい。
立ち向かえるだけのヤクザになってやりたい。
若い者達の目標は、今年も上を向いている。
「片山、上地…………」
ただ、そう言った若手とは違う感情で、それを見る男も約一名。
「なんや、まだ気持ちの整理はつかへんか」
「……………高橋」
「らしくねぇな…………お前は、親父の右腕言うん忘れんなよ」
強張った表情で自分達より後ろに立つ錦戸へ、ソッと歩み寄る高橋の一喝。
わかってる。
上地や片山の苦しみは、とっくに承知済み。
自分が辛かったように、上地達も亡き兄の死に自らを追い詰めた。
わかってるんだ。
だけど、どうしても二人を見ると兄の顔が脳裏を過り、複雑な感情に心が締め付けられる。
「アホ抜かせ………誰が忘れるか。こないな事くらいで揺らぐ俺やねぇわ」
「フッ…………そうか?ならええけど」
嵩原が拾って来てから、10年。
その成長を見続けた、高橋。
互いに視線を合わせ、ニヤリとほくそ笑む顔がわかち合う想いを繋げる。
言葉を交わす事は少なくとも、俺はお前を見てる。
そう言ってる眼差しに、錦戸が胸を熱くしたのは誰も知るよしはない。
「上地、お前も初詣なん?」
しかし、周りの抱える想いとは裏腹に、我が家の坊っちゃんはあくまでも呑気だ。
「ガキも一緒か…………久し振りやの、若頭」
「悪かったな、俺も一緒で。今年も一応宜しゅう頼みますー」
「この俺に一応なんぞほざけるんは、お前くらいやぞ。ええ根性しとるわ」
父親譲りの肝っ玉は、上地を目の前にしても怯む事はない。
親戚のおっちゃんにでも話しかけるノリで、大和は唇を尖らせご挨拶。
「それほどでもー♪」
「誉めてへんやろ。俺のガキやなかったら、即シバかれとるで」
言えてる。
クスクス笑いを堪える片山の横で、ピクリともしない上地と呆れる嵩原が、唖然とする白洲会の組員達の視界に入る。
凄い。
あの親父が、怒らねぇ…………。
血は争えないとは、まさにこの事だ。
散々嵩原の登場で振り回されて来た組員達にとって、現れた息子の恐怖たるや。
空気を読まない所なんか、ソックリやねぇか……!
恐るべし、嵩原遺伝子。
嵩原の次にコレが待っているのかと思うと、急に頭痛がしてきた。
「あかん…………俺、嫌な未来が見えるわ」
「奇遇やな、俺もや」
組員達の悩みは、これからも尽きる事はないらしい。
そして、皆は忘れてた。
空気を読まないよりも、マズい男がいた事を………。
「おい、大和。お前、鉄仮面とやけに馴れ馴れしいやねぇか」
「え?鉄仮面って…………」
「俺のガキに近付くんじゃねぇ、鉄仮面。目付きが悪うなる」
「あ?ヤクザは、睨んでなんぼじゃ……悪い位でなきゃ使えるか。そもそも誰がてめぇのガキや、安道」
「お前のヤクザ道なんぞ、どうでもええねん。気安う名前呼ばんでくれるか」
「なら、てめぇも言葉使い気ィつけよ」
振り返る大和を挟み、白洲会・上地へ真っ向から喧嘩売ってます、一般人・安道京之介。
「は…………どう言うこと!?」
大和は知らない。
以前、偶々二人が出会い、父親への想いゆえに一触即発となったのを。
「ヤベ…………京がおったん、忘れとったわ」
「あ………安道さ…………」
恐いのはヤクザではなく、ヤクザより質の悪い堅気だ。
気まずそうに苦笑いする嵩原の奥で、片山はいつぞやの悪夢を思い出す。
「まあ、ええわ。京は大和に任せて、片山に紹介したい男がおんねん」
「ええんですかっ………嵩原組長……」
「かまへん、かまへん。大和が困ったら、高橋が出てくるしな…………それより、湊。こっち来い」
結局、我らが親父が一番マイペース。
凍り付く現場。
安道だけでも誰も手に負えないのに、上地まで火花を散らし始めては、もう皆目が点状態。
なのに、最も止められそうな嵩原は、犬猿なオヤジ達を尻目に今後の極道界を担う面通しにかかる。
「俺ですか…………?」
「片山、こいつは俺の新しい付き人でな、桜井って言うんや」
「付き人…………珍しいですね。嵩原組長が錦戸以外をつけるなんて………」
と言いかけて、引っ張られる桜井を見た片山は、ああ……と僅かに頷いた。
「なるほど…………これは、面白い」
「せやろ?まだまだこれからの男やけど、近いうちに必ずお前の前に立つ筈や…………大和共々、宜しゅう頼むわ」
「はい、その時は遠慮のう行かせてもらいます」
「え……………」
背後に氷河期を迎えながら、驚く桜井を見つめる片山の目は、ライバルとしてハッキリとその顔を焼き付けた。
「湊、よう覚えとけ。この片山を越えん事には、ホンマの天辺なんぞねぇからな」
「はい……………」
「言い過ぎです、嵩原組長。宜しくな、桜井」
先を見据えた道が引かれる。
新たな年、新たな顔ぶれが時代を作り始める。
が、大事なのは今を乗り切ること。
「もぉっ!!ええ加減にせぇよっ………俺は、初詣に来とんじゃっ!オヤジ二人のいがみ合いなんか、相手しとれるかァ!!ヤるなら勝手にしとれっ!アホんだらぁ………っ!!」
「若…………っ」
上地と安道の対峙に挟まれ続けた大和が、ついにキレた。
こうなれば、慌てふためく両組員など関係ない。
参道の空へ響き渡る叫び声の、なんと恐れを知らない無謀さか。
「もう知らんっ!!」
言葉を失うオヤジ二人へ膨れっ面を晒し、大腕を振って歩き出す大和が、嵩原の目を奪う。
「ぷっ…………最高、俺のガキ」
最高。
咄嗟に口を手で押さえ、ニヤける口元を隠すのが大変。
愉快だ。
「大和…………っ!」
「おわっ………な…っ…何!?」
まだ、たった17歳。
でも、あの上地や安道へ生意気言えるタマが、この息子にはあると言う痛快さ。
嵩原は、歩き始めた大和の名を口にすると、いきなりその肩ごと自分の方へ引き寄せた。
それから、バランスを崩した身体へ顔を近付け、ボソッと一言だけ呟く。
「さすが、俺の子や…………惚れ直したわ」
「へ…………!?」
惚れ直した。
他にはいない、こんな刺激的なガキ。
「今年も宜しゅうな…………大和!」
「お………親父………っ」
見つめ合う瞳に、溢れるのは誰にも負けない愛。
肌寒い北風が吹き抜けようと、今日もここは熱かった。
ガシガシ息子の頭を撫でる嵩原の笑顔と、顔を真っ赤にして照れる大和の姿が、それを見守る皆の笑みを誘う。
極道の道は、波乱に満ちた道。
昨年、苦しい事も哀しい事も経験した。
涙を流し、辛い現実を目の当たりにし、人の汚さに怒りを覚える。
そんな毎日の中で、忘れられない幸せや悦びも味わう事が出来た。
横を見れば仲間が笑い、前を見れば先人達が道を引いてくれる。
前を向け。
新しい一年、きっとまた大切な時が刻まれる。
何があっても、大丈夫。
彼らなら、必ずまた乗り越えられる筈。
さあ、いざ行かん。
夢は遥か彼方、選ばれし者のみが立つ天辺へ。
怒涛の一年が始まる。
(年明けのお忙しい最中、目を通して頂きありがとうございました。また、時間がある時に+らしいお話が書けたらと思います。また、本編は5日の夜位から再開になるかなぁと見ています。すみません…)
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