アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
68
-
椿が目を覚まして一番最初に目に入れたのは、レースカーテン越しに見た月だった。
そして項に感じるピリッとした刺激。
痛みを思い出せばひりひりと痛んだ。
「起きたか。」
「ん、裕人……おはよう。」
携帯を見ていた裕人は椿が起きた気配を察知すると、ベッドで横たわっていた椿の方に目を向ける。
そして、ゆっくりと歩み寄るとベッドに腰を下ろした。
「楽になったか」
「んー、少しマシかな。それより喉乾いた。」
「そういうと思ってほら、リンゴジュース」
「さすが。」
手渡されたペットボトル。
ストローが挿してある。
裕人はいつも椿に飲み物を差し出す時はストローが付いたものを渡す。
紙パックではない時はこうやってストローをあえて挿して渡してくる。
飲みやすいからいいのだけど。
そのストローに口をつけて吸い込めば、甘いりんごの味が口の中に広がって頭が幾分すっきりする。
しばらくすれば辺りが明るくなって、裕人によってカーテンが閉められた。
「やっぱり俺には裕人が必要だよ。」
ふと、そう思った。
椿はペットボトルを両手を包み込んで目を伏せた。
「椿……怒ってないのか。」
「怒ってるよ。痛いもん」
項を噛むのは番の契約をするため。
オメガはアルファに項を噛まれることによって番という関係を結べる。
しかしベータが項を噛んだとしてもそれは何にもならない。
ただの、傷。
「悪かったよ。興奮した」
「ゴム無しでいれるし」
「外でちゃんと出したじゃん」
「あのね?!お前の出すがまん汁でも妊娠することあるんだからね?!妊娠したらどうしてくれんだよ」
「責任取るよ。」
冗談半分に言いながら、あくまでそんなに咎めるつもりはない調子で言った椿。
それなのにあまりにも真剣に裕人が言い返してくるもので、椿は開いていた口を閉じてしまう。
いくら真剣に好意を向けられたとしても、椿には裕人が恋愛対象には見えない。
家族なようなものでしかないからだ。
家族とセックスをするのかと咎められれば返答に困ることは間違いない。
けれど、親友以上家族未満のような立ち位置でしかない。
沈黙が辛い。
喋らなければ。
「ばか、俺は智さんの子供しか妊娠したくねーよ……。」
茶化すつもりだった。
けれど語尾に向かうにつれて椿の顔から笑顔が消えていったのは明確だった。
終いには声が震えていた。
「椿?」
「ううん、なんでもない。」
「なんでもねーわけねぇだろ。何があった。聞いてやるから話せよ。」
裕人の手が優しく椿の頭を撫でる。
敏感になった体で軽く反応を返した椿は、持っていたペットボトルを裕人に押し付けた。
沈黙が続く。
指一本でも動かせば震えそうな空気の張り詰め具合。
そんな沈黙を破ったのは椿だった。
「……俺がさ、オメガじゃなきゃ何か変わってたのかな。裕人だって思ってたんだろ。俺がオメガじゃなきゃ良かったって」
「椿、それは」
「違うんだ。俺も思ったんだ。俺はずっと父さんと母さんみたいに運命の人を見つけて、子供を産んで幸せになるんだって思ってたんだ。信じて疑ってなかった。」
椿の両親は椿を挟んでいつも幸せそうに笑っていた。
いつ見ても愛し合っていた。
運命の相手なんだっていつも幸せそうに話を聞かせてくれていた。
そんな幸せな家庭で育った椿は、自分もいつか自分の家庭を持って子供にそう話すことが出来る。
そう信じて疑っていなかった。
「夢見てた。俺夢から覚めたんだよ。世の中……そんなに甘いものじゃないよな。みんな幸せになれる世界なんてどこにもないんだ。」
けれど世の中そんなに甘いものではない。
両親から聞かされていないだけで、外から入ってくる情報は残酷なものも多かった。
けれど椿にとってはどこか遠い話で、違う世界の話を聞いているような感覚でしかなかった。
「あの男となんかあったのか」
「智さんは結婚してた。子供もいるんだって。」
椿は智から聞かされた話を思い出しながら、緩む視界に瞬きをした。
自分の世界が壊されたような感覚だった。
信じてきたもの全てが壊される感覚。
もう、未来を見たくないと思った。
「……。」
「オメガをたくさん飼ったりしてさ、本妻はアルファなんてアルファの人沢山いるよ。珍しい話じゃない。だけどさ、あまりにも理想と現実のギャップがすごくてさ」
アルファは能力が優れている。
だから大企業の社長のような重役についている人が多い。
たくさんのオメガと番の関係を結んで、養っている。
そういう話を聞いたこともある。
自分の経済力や能力を、見せびらかすためにたくさんの子供を作る。
けど、体裁のためにアルファの妻を持っていたりすることが多い。
オメガは所詮子供を産むための機械のようなもの。
「俺が愛せるのはあの人だけなんだ。きっと俺のこともちゃんと愛してくれるよ?だけどさ、俺、苦しくって……。オメガじゃなきゃベータの方がまだマシだったかもしれない。まだ、幸せになれたのかもしれない。」
それに比べれば智はマシだ。
無下に扱われなかっただけまだ良かったのかもしれない。
いつだって椿を優しく扱っていた。
ちゃんと椿のことを尊重して話してくれたことだったのかもしれない。
だけど、自分の描いていた未来とはあまりにもギャップが大きくて椿にはなかなか受け入れられる事実ではなかった。
「あいつ、許せねえ」
「え?」
「そんな男やめちまえよ椿。俺のこと好きじゃなくてもいい。あいつよりもお前のこと絶対幸せにできるよ。絶対幸せにしてやる。」
裕人が椿を強く抱きしめる。
それを感じて椿は自分がオメガでなければ。
そう強くもう一度思った。
運命の番。
あんなにも憧れていたのに今はこんなにも煩わしくて仕方がない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
68 / 131