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「じゃあ君が入ってきて何か解決する?それとも僕がダメだから僕の代わりをする?」
智が反撃、というように口を開いた。
智が顔を上げて裕人をみる。
感情がないような柔らかい笑顔。
そんな顔でメニューを裕人に差し出す智。
裕人はそのメニューには目もくれず、智を睨んだ。
何も解決しない。
だからこんなに俺は怒ってるんだ。
「……あんたはそれでいいのかよ」
「すればいいと思うよ。それに君の方が椿くんのことを幸せにできるんじゃないかな。」
「おちょくってんのか」
「僕は本気。そう思ってるよ。今ならまだ間に合う。彼は僕を忘れられる。僕もそれがいいんじゃないかって思うよ」
「……っ」
忘れられる?
俺が幸せにする?
椿はこの男しかダメだというのに。
この男は椿でなくてもいい。
その言い回しに裕人の頭の中のどこかがプツりと音を立てた。
「僕がどう思っても僕の自由じゃないか。」
「よくそんな口が叩けるな!!この前独占欲丸出しで俺のことを威嚇したくせに!!」
「……少し意地悪しただけだよ。君が可愛くて」
「気色わりー事言ってんなよ!!椿はなぁ?!あんたに出会うためにこれまで生きてきたんだよ!!」
オメガに生まれた椿。
数々の災難に塗れて、普通だったら生きることを諦めてしまいそうなそんな中でも一つの希望を抱いて笑っていた。
そんな椿が毎日言っていたこと。
願っていたこと。
夢が叶うと幸せにしていた顔を思い出して、裕人はガンッと机を殴った。
「僕に出会うため……」
きょとんとしている智。
そんな智に裕人は苦虫を噛み潰した。
「あんただって気づいてんだろ。運命の……っ番だなんて……ベータの俺には分かんねぇけど……っあいつはあんたじゃなきゃダメなんだよ。」
「……今どき……運命の番なんて……」
心当たりがあるのだろう。
バツが悪そうに目を逸らす智。
「俺だってそう思うよ。でも、あるんだろ…どうして、あんたなんかと椿が……」
「……知らないよ。僕に言わないでよ」
「分かってんだろ、アルファなんだから分かってんだろ。あいつじゃなきゃダメだって、あんただって椿じゃなきゃだめなんだろ!?」
こんなこと言いたくない。
それなのに裕人の口からは智の気持ちを椿に傾けるように諭すような言葉しか出てこない。
自分では無理だとわかっているから。
それなのに智は裕人から目を離したまま目頭を揉むと首を振った。
「僕はもう結婚してるんだ。無理だよ」
「何が無理なんだよ」
「子供も妻もいる」
「よく言うぜ。指輪してねーじゃん」
智の薬指には指輪がない。
椿がそれをチェックするとも思えないが、それも理由の一つだろう。
それに、これ以上関係を持ちたくないという人が、結婚指輪を付けたくないというわけが無い。
「今どきしない人珍しくないよ」
「嘘つけ。そうじゃないならなんでアイツとふたりで遊んだ?連絡取り合ってる?セフレにでもするつもりだったか?あんなに好意を持って純粋に慕ってくるあいつをヤリ捨てにするつもりだったのか。」
「……っちがう」
「違うならなんだよ。実際あんたがしてることってそうだろ。」
「もうやめてよ、僕そんな年じゃないんだよ。」
智が自分の指を撫でた。
結婚指輪があったのだろうその位置を撫でると、唇を引き結んだ。
「どういうことだよ」
「愛だの恋だのそんなものに全てを掛けられるほど僕は若くないんだよ。そんな確証のないものに人生翻弄される覚悟ないんだよ。君たち子供はいいかもしれない。だけど僕はもういい年したおじさんなんだよ。」
君たち子供はいいかもしれない。
その言葉に裕人は眉をぴくりと動かした。
「へぇ……若ければどれだけ恋心踏みにじってもいいと思ってんだなあんたは。傷付けてもどうにかなるって?」
自分は傷つきたくない。
だから代わりに椿を傷つけたのか、こいつは。
「……椿くんはまだ若いから、僕よりいい人にたくさん巡り会えると思うんだ。僕で手を打つのは良くない」
「あんた逃げてるだけじゃん」
「僕は椿くんのことを考えて」
椿のことを考える?
どの口が言ってんだよ。
家庭を捨てて椿を選ぶ覚悟がないだけ。
椿と一緒になるのが怖いだけじゃねぇか。
それを偽善者ぶってあーだのこーだのめんどくせぇ。
「あのなぁ、椿の事考えるとか言ってたらそもそも一目見た時点で振ってんだろ。次の機会とか与えずに木っ端微塵に玉砕させてんだろ。」
大人はずるい。
すぐにすべてから逃げようとする。
「ついた傷は消えることなんてねーんだよ。いつまでもそこに刻まれるんだよ。若かったらそりゃ治るペースもはえーかもしんねぇけどさ。痛みの感じ方も全部あんたと違いなんかねぇんだよ。中途半端はやめてくれ」
「……。」
「あんたがそんな考えならそれでいい。俺が椿を幸せにする。運命の番なんてクソくらえ。椿をこれ以上苦しめるな。そんな考えならさっさと連絡先も削除してあいつの全てを忘れちまえ。これ以上あいつに近づくな」
裕人はそのまま机を叩くと、出口に向かった。
そして外に出る。
残暑の熱風が裕人を包み込む。
その不快感がまるで裕人の心の中をそのまま表出しているような感覚になって、裕人は舌打ちをした。
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