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動かなかったのは正解だったようで、迷子だった少年は母親と再会することが出来た。
「すいません、ほんと……助かりました」
「いえいえ」
「ほら、まーくんお兄さん達にお礼言いなさい」
「……ありがとう!」
母親にそう言われた男の子は、椿を見上げて無邪気な笑顔をみせた。
椿はその子に目線を合わせると頭を撫でて微笑む。
「もう迷子になっちゃダメだよ」
「うん!」
さっきまで泣いていたとは思えないほど幸せそうな笑顔を作りながら、母親の手を掴む少年。
椿はそれを眺めながら手を振ると、小さくため息を吐いた。
もっと一緒に居たかった、そんな感情を椿が抱くのは違う気がする。
しかし、椿はそれ程までに子供が大好きなのだ。
「でも、意外だったなぁ椿くん」
そんな椿のことはつゆ知らず智が椿を見た。
「なにがですか」
「んー?子供の面倒見いいっていうのがね。ほら、裕人君の話によるとさ、弟基質の甘ったれって感じがしてたから」
さらりという智の言葉に椿が眉間にしわを寄せた。
「さりげなくバカにしてますよね」
「そんなことないよー。君のそういうところすごくいいと思ってるよ僕。なんていうか、世話をやきたくなるというか守ってあげたくなるよね」
「……俺にはその言葉をどう受け止めていいのか分かりません。喜んで受け止めるところなんですかね?」
なんとなく嫌味のように受け取った椿は智を冗談混じりに睨みつけた。
そんな椿に智は口角を引きつらせる。
「そんなこと言わないでよー。」
「そんなことって、智さんがそういうこと言ってるんですからね?!まぁでもそうですね、裕人は妹がいますし、長男だから面倒見いいんです。幼馴染みだし気付いたら面倒見てもらってるみたいなとこはありますね。」
「へぇ、そうなんだ……。」
さっきまでとは打って変わって声のトーンを落とす智。
表情も先ほどとは違う。
椿から見る智の顔は、なんだか面白くないとでも言いたげな不機嫌そうな顔に見えた。
「……どうかしました?」
「あ、屋台がある。」
怪訝に感じた椿が問いかけるも、智は前方を指さした。
「ほんとだ!結構色々ありますね。いい匂いがすると思ったらこれかぁ」
椿がその指がさす方向に目を向ければ、椿達がいる場所より少し遠くにはなるが屋台が連なっていた。
特に催し物がある訳では無いが、人が多いからだろう。
この時期、この公園の紅葉を見に来る人は多い。
そこそこ名の知られた場所だ。
テンション上がった椿が嬉しそうに声を出す。
そんな椿につられて微笑んだ智。
「ふふ、なにか食べる?」
「いいですね!俺綿あめ食べたいです!」
「綿あめ?」
「はい!俺好きなんですよ。」
「ふふ、そうなんだ。」
2人は綿あめと書いてある屋台を探しながら屋台が立ち並んでいる場所に近づいていく。
香ばしい匂いや甘い匂い、色々な匂いが立ち込めるその場所は2人の腹を空かせていく。
「こういう所って不思議ですよね、凄くお腹すきません?」
「そうだね、ちょっとわかるかも。」
綿あめの屋台を見つけた2人は1つ綿あめを購入した。
幼い子供のように、雲みたいだなと率直な感想を抱いた椿はそれにかぶりついた。
「ふぁー、すごいふわふわ。甘いし溶ける……」
「美味しい?」
「すごい美味しいですよ!」
ニコニコと笑う椿に、智は思い出せないほど昔に食べた綿菓子を見つめた。
もう味すらも思い出せそうにない。
「あはは、そんなふうに美味しそうに食べられると僕も食べたくなるなぁ。」
「食べます?」
「うん、一口もらおうかな」
椿が智に差し出すより先に、智は椿の綿あめを持っている手を握ると口元まで近づけた。
不意の出来事に椿は心臓を跳ね上げさせながら目を丸くする。
「……っ」
智の口が開き、かぶりつかれる。
椿はその光景に今朝のことを思い出して、頬を染めた。
「あっまい、こんなの食べたのいつぶりだろう。懐かしい味」
「もっと……、いりますか?」
「うーん、もういいかな。すごい口の中あっまい」
甘い、と出される智の舌。
赤くて、唾液で濡れている。
その感触を知っている椿は体を小さく震わせた。
心臓がバクバクと鳴っている。
椿は慌てて智から顔を逸らすとほかの場所を指さした。
丁度そこにあったのはりんご飴の屋台。
「さっ、智さん!りんご飴とか売ってますよ!」
椿は綿菓子を持ったまま屋台に近づくと、りんご飴を指さして智を振り返った。
「また甘いものかい?甘いもの好きなの?」
「え?普通に食べますよ?」
「多分それは好きなんだよ。で?りんご飴が食べたいの?」
智を見るのをやめた椿は屋台を見つめて品定めを始める。
りんご飴、いちご飴、ぶどう飴、それからパイナップル飴。
色々なものが置いてある。
きょろきょろとする椿に歩み寄った智は、椿の腰にそっと手を添えて笑った。
「あ、じゃあいちご飴にします。」
「へぇ……いちご飴」
そんなのもあるんだ。なんて声を出す智に店の人からいちご飴を受け取った椿は、いちご飴を指さした。
「智さんも食べますか?」
「いや、僕はいいよ。しょっぱいものが食べたいな」
「向こうにイカ焼きとかありましたよ!」
夏祭りで見るほどの量が並んでいる訳では無いが、そこそこ並んでいる屋台にはいろいろなものがある。
椿も口の中が甘ったるくなったのを感じながら、香ばしい匂いに舌鼓を打つ。
「あー……お酒が飲みたくなるねぇ」
「あはは、なんだか遅めの夏祭りみたいですね!」
パクッと綿あめを食べると、手に持っていたいちご飴をぱくりと口の中に入れる椿。
ニコニコしながらくるりと一回転した。
夏祭り、智と行きたかった。
ふとそう思ってから椿は、夏が終わりかけているというのに夏が恋しくなった。
花火を一緒に見たい。
それから隣でお酒を飲む智さんも。
海沿いの河川敷まで他愛もない話をしながら歩きたい。
「そうだね……はは、やっぱり君と居るのは楽しいな。時間もあっという間に過ぎちゃうよ」
「本当、ですね。」
沈みかける太陽を見ながら、椿は智を見た。
絡み合う視線は何かを求めるものなのは間違いなく、ふたりが求めるものもまた同じなのだろう。
椿は唇が寂しくなるのを堪えながら、智に近づくと体が触れそうなほど近くをぴったりと歩幅を合わせて歩いた。
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