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ガチャ、と音を立てて閉まる扉。
取り残された椿は呆然とその扉を見つめるしかできなかった。
「え?」
何が起こったのか未だに理解ができていない。
突然の事で体の温度は下がったくせに、まだ奥で熱が燻っている。
しかし、全てが夢だったかのような何も残っていないこの状況に、椿は宛もなくキョロキョロと辺りを見回してしまった。
まるで、シャボン玉が弾けてしまったみたいだ。
体にはまだ智の温度が残っている気がする。
けれど、もう遠い昔の温度のように感じてしまうほどわずかしか残っていない。
自分の体にまとわりついた自身の体液だけが、先ほどの記憶が虚像ではなかったと証明してくれる。
だが、すべて妄想だったのだと思えばそうだと言えてしまう。
夢が覚めたかのようだ。
夢?現実?
これは悪い夢か何か?
それならどこからどこまでが夢?
椿は慌てて立ち上がると、慌てて台所に駆けていった。
頬の痛みだけが自分がここに在ると証明してくれる。
台所に行くと、今朝の朝食が乗せてあった皿が立て掛けてあった。
それも確かに二つ。
これは自分の記憶と合致する。
ようやくここで椿はこれまで一連の流れが夢ではなかったのだと確認した。
確かに智はここにいて、自分を殴ってから出ていってしまった。
これは紛れもない事実で、悪い夢でもなんでもないらしい。
怒らせた?
今更打たれた左頬が痛くて椿はそこを押さえながらしゃがみ込んだ。
拒絶された。
全てを。
真っ向から。
何も望んではいけない関係だと承諾したはずだったのに。
こういうことだ。
すべてを望まない肉体関係とは。
思い知った。
頬が痛くてたまらない。
そんなに強く打たれた訳では無いのに痛くてたまらない。
頬から顔全体まで熱くなって、鼻の奥がツンとした。
「うっ、……ふ……うぅ……っ」
軽はずみで承諾した自分を後悔する。
恋人になることすら許さない関係を承諾した自分を。
だけど、じゃあ俺はどうしたらよかった?
あの時首を縦に振らなければ智と自分はそれっきりで終わりだった。
駄々こねたって、嫌だと咽び泣いたってきっと何も変わらなかった。
それが無理ならもうやめよう。
その言葉が返ってくるだけ。
自分がどうしてもと願っても、叶わない。
いくら理解できなくても、いくら嫌でもその通りにならないことだってある。
それを痛切に感じさせられた。
嫌われたかもしれない。
せっかくつなぎ止めたのに。
だけど、我慢出来ない。
俺は智さんが欲しい。
あれば望んでしまう。
冷めきった手。
興奮の冷めきった体。
自分を本気で拒絶する目。
全てを思い出した椿はとめどなく溢れてくる涙に思わず口を抑えた。
どうしたらいい?
苦しい。
こんなにも好きなのに。
こんなにも望んでいるのに。
相手はそれを受け入れてくれない。
自分の望むことを相手は望んでいない。
この事がこんなにも苦しいなんて。
辛いなんて。
俺が俺でなければ何か変わっていたのだろうか。
俺が、オメガじゃなかったらこんなにも苦しむことは無かったのだろうか。
子供を残せる体じゃなかったら、望むものも変わっていたのだろうか。
諦めがついたのだろうか。
苦しい、悲しい。
だって俺が俺である限り、きっとあの人を望むことをやめることなんて出来ない。
「苦しい、辛い……っもう、やめたい……っ」
人に恋することはこんなにも苦しい。
望むことはこんなにも苦しい。
辛い。
甘い熱と温度。
優しい記憶。
全てが脆く崩れるのはほんの一瞬。
夢も自分の一言で簡単に覚めてしまう。
愛しい、辛い、苦しい。
嫌いになれたらどれほど楽だろうか。
出会っていなければどれほど幸せだっただろうか。
全てを忘れられたらどんなに楽だろうか。
椿は暗くなった部屋で胸を押さえると一人咽び泣いた。
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