アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
98
-
薄い胸板。
智さんに比べたら骨だ。
魅力もクソもない。
しかしそんな胸で泣き止んでしまった。
泣き声がやんだからか、椿を抱きしめる腕の力が弱まって頭を撫でる手も止まった。
「泣き止んだかよ」
「……っぐす、……」
なんだか気に入らなくて、椿は顔を慌てて拭うとそのまま佐々木の腕から抜け出した。
何かいろいろと罵倒されるのかと思い、椿は身構える。
しかし佐々木は、素知らぬ顔をして自分の服を見た。
「くそ、服ビチャビチャじゃねーかお前鼻水つけてねーだろうな」
「あんたが抱きしめるあんたが悪いんです……」
「……うっるせー、抱きしめたんじゃねーよ!気色わりーな!こんな静かな場所であんなワンワン泣かれたら人が集まんだろーが」
ムッとした顔で放たれる言葉もいつもの様に刺々しいとは感じない。
どこか照れ隠しの言葉のような気がしてくる。
……この人、こんな優しいところもあるんだ。
今まで片鱗すら見せなかったその姿に椿は呆気に取られていた。
しかし佐々木に慰められたという事実が気に入らなくて、椿はふいっとそっぽを向いた。
「今の声がうるさいと思いますけど」
「うるせーな!」
「うるさい」
大きな声を出す佐々木に、椿が耳を塞ぎながら咎める。
するとバツが悪くなったのか、佐々木は少しだけ黙ってから声のボリュームを小さくした。
「男の癖にびーびー泣きやがって……。男ならシャキッとしろ」
「それならあんたの方が……」
男らしくないネチネチ具合。
バイト先ではお局さんかと思うほどの粘着質具合。
それのどこに男らしさがあるというんだろう。
「佐々木さん、だ佐々木さん。」
しかし佐々木はその言葉の意味はよく分からなかったようで、話を逸らした。
「……偏見だらけのあんたに敬称なんか付けたくないです」
「てっめ、人が下手にでてりゃ……。」
「……」
突然佐々木が喋るのをやめたせいで沈黙が走る。
ずび、と椿が鼻をすする音だけが静かな公園に響いた。
「お前オメガなの気にしてたんだな」
「はい?」
「いや、お前気にしてねーんだと思って。いつもヘラヘラしてっからよ」
……自分がオメガであること。
気にしてないというよりも、気にしないようにしていたというだけ。
自分がオメガであることは、自分が幸せになるための一つの要素だと思っていたから。
だから何を言われても気にならなかった。
「いつもヘラヘラはしてないし……それなりに傷つきます」
「悪かったな、俺……こういう性格なんだよ」
椿が思わず目を見開く。
初めて聞いた謝罪な気がする。
この人、謝れたんだな。
なんて思いながらも、そこで「別に気にしてません」なんて言うつもりもない。
この人には数々の暴言をぶつけられてきた。
「最低ですね」
「あ?!さっきまでビービー泣いてたくせに」
「……しつこいですよ……」
言われて恥ずかしくなる椿。
顔を背けると素っ気ない声を出した。
「別に、……いーじゃねぇかよオメガ。」
予想もしていなかった言葉に椿はまた驚いた。
あんなに俺を罵倒しておいて……。
またおちょくっているのかと椿は佐々木の顔を盗み見たが、佐々木は真面目に言っているようだった。
「……あんたに言われても説得力無さすぎますけど」
「俺は、お前がいつも羨ましかった。つーか、アルファとオメガが羨ましい」
佐々木がベンチに腰を下ろしてポツリと言う。
少し遠くにはなったものの確かに聞き取れた言葉に、椿は背けていた顔を佐々木に向けた。
「……へ?」
そんなこと誰よりも思ってないと思っていたのに。
「ベータなんかよくねーよ。なんもねぇ。一番劣ってる」
「一番劣ってるのはオメガでしょ……」
「んなことねーよ。オメガはすげー優秀だ。だけどアルファみてーに完璧じゃねぇ、物理的に弱い存在だから攻撃されてるだけだ。結局生き物ってのは子孫繁栄能力が高いやつが一番強い。それなのにオメガがこんな待遇を受けるのは生物学的におかしい。」
ベンチに座った佐々木が、タバコを取り出すとそれに火をつけた。
カチ、という音が聞こえて椿は顔を歪めたが話の内容が内容のために咎めることは出来なかった。
「オメガは……たとえ正式な相手になることに出来なくても、大事なヤツのためになることが出来んだろ。」
「……」
「ガキが作れるっつうのはデケェよ。生き物は子孫繁栄がそもそものするべき仕事なんだ。」
「子供を作るってのは元来女の人の仕事で男の人は女の人を好きになるように出来てます。男のオメガなんて確かにイレギュラーで避難される対象ですよ。」
無理やりにでも自分に興味を引かせるため、発情期にはフェロモンが大量に出るのかもしれない。
だけど、やっぱり昔からそうであったように男と女がくっつくのが自然のことで。
男のオメガなんて無駄なものがくっついてるようなもの。
必要ないものを持っていて、さらに人並みのことも出来ない。
そりゃ、避難されて当然だ。
「それはそうかもしんねぇな。だけど男で子供作れるなんて相当すげーことだろ。俺だってすげー羨ましい。……あいつはアルファなんだよ。アルファとベータしかも男同士、くそほど生産性のねぇ関係だよ。」
色の抜けきった茶髪がそよ風に揺られている。
少し眺めの前髪から覗く瞳が椿をしっかりと捉えていた。
ベータの男にも、アルファの男にも自ら妊娠するということは出来ない。
確かに男同士という観念から見たらオメガは……強いのかもしれない。
ほんの少しだけ気分が晴れた椿は、強ばっていた顔を緩ませた。
「オメガだったらまだアイツを自信もって大事にできた。けど俺にはそんな資格がねぇ。……だから、何があったのかしんねーけど俺よりお前は生きる価値がある存在だよ。そんなに死にてーなら俺にその性別よこせ」
大丈夫だよ。
そんな無責任な励まし方よりも、断然スッキリする励まし方だ。
「……別に死にたいなんか思ってませんけど……。何かあったんなら話ぐらい聞きますよ」
「あ?!てめーに心配される筋合いなんざねーんだよ。てめーはてめーのことだけ心配してろ!くそオメガが」
「……。」
すっかり元に戻ってしまう軽口も、なぜかあの言葉を聞いたあとだとどこか安心してしまった。
「ガキは帰って大人しく寝ろよ」なんて言う佐々木を見送りながら、椿は空を見上げた。
空には星が輝いていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
98 / 131