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「あれ?珍しいな椿」
「……おはよ」
裕人の声で机に伏せていた椿は、ゆっくりと体を起こした。
昨晩一睡もしていないせいで体が酷く重く感じる。
椿は結局あのあと家に帰ったが一睡も出来ないでいた。
智の痕跡が残っているあの部屋で1人で居るのは、全てを思い出して苦しいばかりだった。
泣いては智とのやりとりの履歴を見て、連絡を待ってみたりして……。
そうこうしているうちに朝が来ていた。
裕人が椿の隣に腰を下ろす。
教室にはまだ人が10人足らずというところ。
椿がこの教室に入った時には誰もいなかったのだが、だいぶ増えたらしい。
「珍しいな、雪でも降るか?」
1限帯に椿が遅れずに来ることすら珍しい上に、授業が始まる20分前には着席しているという珍しさ。
裕人は冗談半分に椿をおちょくるように言った。
しかし椿はすぐに体を伏せると顔を逸らしてしまう。
「裕人来るの早いね」
「いつもこんぐらいにはきてるよ」
「そーなんだ。最近俺のこと迎えにこなくない?」
「……それは……なに、まだねみーの?」
寝ぼけているとでも思われたのだろう。
たしかにいつも椿は、裕人にお節介するなと甲斐甲斐しく世話されることを嫌気していた。
そんな椿に裕人は携帯を取り出しながら問いかけた。
少し困ったというような声色。
ゆるく頷く椿を見て、裕人は笑った。
「でもまぁ、偉いな椿。ちゃんと起きれてる」
「子供扱いしないでよ……」
ほんの少し寂しそうな声を出す裕人。
椿はそんな裕人の手に軽く触れた。
「ん?なに?」
「ううん」
「ううんって」
ぴくりと反応した裕人が少しだけ呆れたような、まいったような声音を出す。
そんな裕人に椿は少しだけ声のボリュームを落とした。
「こうしてたいだけだから、こうさせて」
裕人のゴツゴツとした手。
その手に触れながら椿は胸がぎゅうっと締め付けられる感覚を覚えた。
やっと泣き止んだ目からまた涙が出てきそうで、椿は唇を噛んだ。
「どうした椿。なんかあったのか」
裕人の指に撫でるように触れる椿は机に伏せたまま何も言わない。
裕人は不思議に思って椿の頭を軽く撫でた。
ぴょんぴょんと跳ねているアホ毛を撫で付けるように裕人が椿の頭を撫でれば、椿が顔を上げた。
椿と目が合った裕人は目を見開いた。
椿の泣き腫らした目をみて、裕人が何も言わないわけがなかった。
「おま……椿……また泣いてたのか」
顔を逸らそうとする椿の顎を掴んで、裕人は椿の顔をしっかりと見つめる。
「またあいつか」
「……、違うよ……」
「嘘だな。あいつ以外にお前が泣く理由がない」
裕人の口から憎々しげに放たれる言葉。
椿は目を伏せてから唇を震わせた。
「そんなふうに言わないで」
「そんな風ってどんな風だよ」
「悪い人みたいな言い方」
「悪い人だろ、俺にとっては罪人だ」
裕人がそう言えば、椿がむっとした顔をする。
そんな顔を見て裕人は口を噤む。
「……」
「悪かったよ。」
椿が裕人を睨めば、裕人は大人しく謝った。
ぷっくりとした唇を裕人が親指で軽くなぞれば、椿は開けていた目を閉じた。
そして二つほど瞬きをすると視線を落とした。
「…家、帰るか?」
「失恋で学校休んでたら単位取れないよ……」
「……そーかよ……」
本当は休みたい、けど家に居たくなくて。
向き合わなくちゃいけない現実から目を逸らしたくて。
今はただ何もかもから開放されたい。
そればかり。
「手、触ってていい?」
椿は裕人の指に自分の手を絡めたり、握ってみたりを繰り返した。
「……それでお前の気が紛れるなら」
「ずっとだよ?この授業中。」
「……邪魔になるな」
そんなことを言っているくせに、裕人の口調はどこか他人のことを言っているよう。
自分のことではないようなその言い草は、本当は思ってないんだろう。
「邪魔しなかったらいいの?」
「んー……」
曖昧な返事をする裕人の手を、椿はぎゅうっと握った。
すると、裕人はその手を握り返した。
それだけではなく、椿の手の甲を余った指で優しく撫でる。
「裕人は優しいね」
「優しすぎるなぁ」
「うん……。そんな裕人くんにお願いごとしていいかな」
「……まだすんの。」
「うん」
頭がぼうっとする。
顔が火照って、体がすごく重たい。
それなのに指先はとても冷えている。
歪んでくる視界に椿は袖に顔を押し付けた。
「あとで……一緒に帰ろ」
「おう」
「裕人の家がいい……」
「わかったよ」
椿の声がくぐもるのを聞いて、裕人が椿の手を握り返す力が強くなる。
椿は鼻水を啜ると、目を閉じた。
授業の始まりのチャイムが鳴っていた。
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