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「泣ける話だね」
篠原がタバコの煙をふかしながら興味なさげにいう。
裕人はその煙草の煙を見ながら苦虫をかみ潰したような顔を作った。
「……」
「それで一発ヤらせてもらってスッキリした話でしょ」
「ちっげーよ馬鹿、違わねぇけど」
結局あの後椿と裕人はなし崩しに体を重ねてしまった。
前と言い今回と言い、言い方を悪くすれば弱みに漬け込んでいるようだと思ってしまう。
けれど椿も悪いのだ。
好きと言っている男にそんな弱みを見せるのが悪い。
「うわ最低」
「うるせぇ……」
「なんだっけ、何年片思いしてるんだっけ」
「今年で14年、いや15年か」
裕人が椿と出会ったのは5つのときだった。
恋とはなんぞというまだまだ小さく生意気なガキだったが、その頃から思えば好きな気がする。
自覚したのは9つぐらいの時だったが。
「よくそんなに長い間恋してて報われないよね。逆にすごくない?神様に嫌われてるんじゃないの?」
生憎俺は神なんか信じない質だが。
裕人は篠原の言葉に顔を歪ませる。
神がいるなら神頼みなんてとっくにしてる。
けれど昔から椿の「運命の番と結婚して幸せになる」その言葉を聞いて育った裕人は、例え魔法のランプを持った非科学的な人物が現れたとしても、「俺と椿を両思いにしてください」なんて頼んだりはしないんだろう。
報われないからと言って簡単に諦められるのならそれは恋ではない。
それでやめられるなら裕人はとっくに椿とは違う大学に居るだろう。
両思いになることを望んでいないわけじゃない。
椿が自分に夢中になればいいとは思っている。
けれど、それは椿の幸せがなくなるということを意味している。
「俺はお前に傷口抉ってもらうために話してんじゃないんだけど。」
「そういえばこんな話するの初めてだね。好きな人がつばきゅんだって話は聞いてたけど」
そういえば去年の飲み会の時に、佐々木への片思いをこじらせた篠原に話した覚えがある。
その時は二人して飲みすぎて帰りながら吐いていた記憶もあるが。
「その呼び方やめろよきっしょい」
「嫉妬ですか?男の嫉妬は醜いよー?」
「キモい」
「裕人が決めることじゃないじゃん、椿くんがいいって言ったんだし〜?」
「我ながらいいあだ名考えたよね?」なんていう篠原は呑気なことだ。
「はいはい。」
「で?なんだっけ。」
「別に、話聞いて欲しかっただけ。」
一人で抱えすぎるにはしんどい。
かと言ってこんな話する相手もいない。
ベータがオメガを欲しがるなんて別に珍しい話ではないが、笑い話にされるだけだ。
ただ募りに募ったこの胸の詰まりを、出したかっただけ。
別に救われることを望んでいるわけではない。
「うっそだー。女子みたい。恋愛の成功を成し遂げた俺に勝利の法則聞きたいんでしょ?」
「どこから目線だよ。別に俺はそんなこと望んじゃいねーよ」
「うっそだー。望みのない恋愛して耐えられるほど人間強くないでしょ。」
「俺は椿が幸せならそれでいいよ」
椿が幸せなら。
裕人は口に出しながら頭の中で反芻した。
この時がいずれかは来ることがわかっていた。
来るかもしれないことはわかっていた。
それに、もし運命の番を見つけなくても椿はアルファと一緒になるだろうことは覚悟していた。
いざ来てみると、寛容に受け止められないところが自分のガキなところだと裕人は薄ら笑う。
「それ本心から言ってるならすごいよね。神になれるよ」
「んなやつなんぼでもいんだろ」
裕人はどこか他人のことのように言うと、篠原の顔を見た。
篠原は納得出来ないというような顔をしながら、唸り声をあげた。
「……んー、椿くんは好きな人がいてーそれは不倫でー、裕人はそんな椿くんのことが好きなんだけど椿くんには友達にしか見られてないと。でもエッチはする仲だと。」
「聞くとすげー爛れてんな」
「ぐちゃぐちゃだよもう」
「……うるせぇな……」
茶化すように言う篠原。
ストーカーの力ならこいつも大概だと思うのだが。
先輩の佐々木と付き合えたのだって、執念の賜物と言ったところだ。
篠原の行動を去年ずっと見ていた裕人は、なかなかに気持ちの悪いものだったと思い返した。
「はぁー、俺もヒロくんといちゃいちゃしたいなー。」
「これヒロくんが吸ってる銘柄なんだよ。いつでもヒロくんと同じものを体内に摂取できるなんて最高だよね。」なんていう篠原をみて、裕人は開いた口が塞がらない。
相変わらず気持ち悪いみたいだ。
「別に俺はいちゃいちゃなんてしてねーよ」
「エッチしてんじゃん?!」
「ばっかお前声デケェよ!!お前暴露したからって惚気けすぎじゃね」
ぎり、と裕人が篠原の太ももをつねれば、篠原は「イタタタタ!!!」と大げさに声を出す。
「不快さは裕人よりマシじゃん……?裕人ただのクズだし。」
「あ?!」
「だってそーじゃん!弱いところ漬け込んでヤって自分の形覚え込ませてんでしょ!」
「言い方……」
自分でもそう思っていたところだった裕人は強く反論できずに声を小さくした。
自分の形覚えさせるって……。
俺は長い間椿とセックスしてきたけど、きっと椿は俺との何十回ものセックスより、あの男のセックスなんだろう。
ふとそう思ってしまった裕人はやるせなさを感じて額に手を当てた。
俺の方が椿の体のことを知っているはずなのに。
チクチクと嫉妬をしながら裕人は自身にだめだ、と言い聞かせる。
覚悟していたことだ。
ちゃんと告白して、振られて、区切りつけたじゃねーか。
俺は、あいつの一番の理解者でいるって。
それが俺にできることで、俺にしかできないことだ。
「はー、ヤダヤダ男って。まぁ、その話はさておきさー俺は別に全く可能性がないわけじゃないと思うよ?」
「変な慰めなんていらねーよ」
「運命の番だっけ?そんなのさ、結局どうとでもなるんじゃないの?」
「……」
篠原の言葉に裕人は眉をぴくりと動かした。
篠原はアルファだ。
問題の渦中にいる人物だとは思えない発言に、裕人は「何を馬鹿な事言ってるんだ」と言いそうになる。
「叶わない恋愛なんて俺はないと思ってる、自分の努力でどうにでもなるもんなんじゃないの?諦めたら何もかわんないっしょ」
「お前は運命の番に会ってないからそう言えるんじゃないのか」
アルファはベータよりもオメガに惹き付けられる。
運命の番じゃなくてもだ。
それが運命の番となれば、どれ程までに惹き付けられるものか。
こいつはオメガの発情期に居合わせたことがないんじゃないのか。
裕人は一抹の不安を覚えながら篠原を見つめた。
「んー?」
簡単に言わないでほしい。
オメガとアルファの繋がりには絶対に立ち入ることの出来ないベータ。
それは絶対で、逆らうことが出来ない。
裕人は篠原を強く見つめながら口を開いた。
「お前が運命の番に出会った時、お前はその相手を必ず選ぶ」
「選ばないよ。俺ヒロくんが好きだもん。ヒロくんが俺の人生だもん。ヒロくんのためなら何でもできるから。運命だって変えるよ」
強い口調で言う篠原。
絶対だという有無を言わせぬ口調に感じる威圧感。
アルファ独特のさっきを感じた裕人は目を逸らした。
肌がピリピリとする。
「どーだかな。……あ、椿……食堂で待たせてんだった」
「え、なにやってんのー。俺も行こ」
裕人の言葉に、篠原は短くなっていたタバコを灰皿に押し付けるとポケットに手を入れた。
雰囲気はもういつもの柔らかい篠原に戻っていた。
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