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素晴らしき日常1
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(島田語り)
夢を見た。
久しぶりの暗くて重い夢だった。
こいつは心の奥底に住んでいて、忘れた頃にいつもやってくる。僕は暗い狭い檻の中に閉じ込められて、声も出ない状態だった。一糸纏わぬ姿で胎児のように身体を丸くしてひたすらそれに耐えている。呼んでも叫んでも誰も来てくれない。痛くて、苦しいのに、声すら掻き消されてしまう。
気が遠くなるような果てしない時間の中、恐怖の感覚に襲われ続ける真っ黒な夢だ。
過去の経験からこの夢を見ることも、それから逃げられる訳がないのも痛いくらいに分かっていた。
消えることの無い忌々しい記憶が僕にはある。
「真理、まさみち……」
揺さぶられて目が覚める。視界には心配そうに僕を伺う彗さんが写った。
この夢を見た後は、何が現実か分からなくなる。怖くなった僕は目の前の彗さんにしがみついた。躊躇いもなく大きな身体が僕を包んでくれる。
「またあの夢を見たんだ。久しぶりだけど、怖かった。」
ぐりぐりと彼の胸板に頭を摺り寄せると、スウェットからは僕と同じ柔軟剤の匂いがした。彗さんは温かい。そして優しい。
「そっか。かなりうなされてたよ。最近無かったから俺も油断してた。大丈夫か?もっとこっちおいで。辛かったな。」
「うん。この夢は忘れた頃にやってくる。次はもっと先かな……消えちゃえばいいのに。暫くこのままで、ぎゅってして。」
優しく背中を撫でられ安心を得ることで、現実に戻って来たのだと実感できた。落ち着くまで腕の中で深呼吸を続ける。慧さんは何も言わずにただ抱いてくれた。
ベッドから出ると、時刻は午前9時を過ぎていた。今日は授業が午後からで、僕はゆっくりしていてもいい日だ。慧さんも11時に出勤なので、2人でゆっくり朝食を食べる時間がある。
慧さんが買ってきた豆をフィルターに入れ、コーヒーメーカーにスイッチを入れた。カフェの店長だからエスプレッソマシーンとか買えばいいのに、慧さんは昔から使っているコーヒーメーカーを好んで使う。その方が豆の味が分かるのだそうだ。店で使う豆はいつもこれで試飲してから決めるのが慧さん流だ。
僕がコーヒーを淹れている最中に、フレンチトーストを焼くいい匂いがキッチンに広がった。彗さんがいる時は、大体ご飯を作ってくれる。だから僕は洗濯と掃除をやる。
「真理。先週の金曜日、うちの車で葵君と海に行ったんだって?楽しかった?」
突然の彗さんの言葉に蜂蜜をかける手が止まった。熊谷先生から聞いたのだろう、その言葉には毒があるように思えた。変なこと言いやがって。
「た、楽しかったよ。寒かったけど、綺麗だったし。それに……」
「それで、俺に内緒にしてたんだ。後ろめたいことがあるのかと思った。また葵君に好きだとか、付き合ってくれとか言って困らせたんじゃないかと。そういうことをやっちゃ駄目っていつも言ってるよね。俺と葵君、どっちが大切?あまりに頻繁だといい加減怒るよ。」
う……図星だ。バレてる。眼鏡の奥にある綺麗な二重が僕をしっかりと見据えていた。
呆れるを通り越すと、人は怒るものらしい。
「だって……彗さんが最近忙しくて構ってくれないから……葵君に慰めて貰おうかと思ったの。深い意味は無いから……ごめんなさい。僕には彗さんしかいません。本当です
。」
「それは何度も聞いた。俺しかいないって言ってる割に葵君にちょっかい出すのが気にくわないんだよ。真理、よく聞いて。今度やったら俺にも考えがある。俺だって、いつも黙って見ている訳ではないんだ。ったく……熊谷さんから1度真剣に怒ってもらおうかな。」
ひぃぃ、それは勘弁してください……
葵君が関わると、ただでさえ僕に風当たりが強いのに、怒られるとか真面目にヤバイ。
熊谷先生は割と怖い先生で有名だったから、できれば避けたい。
フレンチトーストの端を突きながら、僕は彗さんを見上げた。
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