アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
3
-
「はぁ……」
(疲れた……。帰りたい)
店員さんに見送られて店を出て、コイツの背後を歩きながら俺は小さく息を吐いた。また荷物が増えたせいで両手が重い。
結局色違いの二着、どっちも買ってるし。試着室入らなくても良かったじゃんか! と恨みを込めて目の前の背中を睨む。
「……………………」
風にのって香ってくる香水の匂いに、またドキっとしてしまうのはきっと今日も不整脈だからだと頭の中で繰り返す。
試着室にいる時、できるだけ息しないようにしてたけど。若干、自分の体からも匂うのはやっぱりさっき密室にいたせい──、
「ぶっ……」
「ちゃんと前見ろよ。チビ」
イラッ!
「急に止まる方がいけないんだろ!」
顔面に当たったのは流木の背中だったらしく、振り返ってきたその表情は眉間に皺が寄っていた。
(マジでコイツのどこがいいのか分からない!)
今もすれ違う女の人、みんなチラチラと見てくる。
(あぁ、もう女子高生と買い物しろよ……。なんでわざわざ俺なんだ)
行き場のない感情を溜め息として吐き出す。
「何か食いたいのある?」
「え?」
食いたいの?
頭から降ってきた言葉に俺は俯いていた顔を上げる。
「昼くらい、お前の好きなの食わせてやるよ。何がいいわけ?」
マジか! やったっ。
「じゃあ、ラーメン!」
流木との買い物で、今日初めて笑顔が自然と溢れた。一番大好きな食べ物を口にして俺が行きつけの店へと向かった。
「は? 歌舞伎町?」
「うん。こっち」
渋谷から電車で歌舞伎町に着いて、駅のコインロッカーに荷物を預けてから一番街のアーチがある場所へと向かった。夜とは違って昼間の歌舞伎町は静か(そもそも夜なんて来た事ないけど)。テレビで見る限り、ホストの人が沢山いるイメージ。
「あ、ここ!」
アーチを潜って、ビルとビルの間、色とりどりな看板で埋もれてしまいそうな場所に〈ラーメン カトウ〉と書かれた暖簾を見つけた。
「……やってんの?」
「やってるよ!」
失礼だなっ。
怪訝な顔をする流木を置いて、横開きのドアを開ける。ガラガラと年季の入った音がした。
「らっしゃい! って、悠季か!」
「お久しぶりです」
久しぶりに来ても変わらない店主のおじさんに自然と笑みが溢れた。頭には白いタオルが巻かれていて、その姿が懐かしい。
「奥、大丈夫ですか?」
「おう! 連れの方もらっしゃい!」
店内は昼過ぎもあって、五席あるカウンターには男のお客さんが一人だけだった。テーブル席は三つあって、その一番奥に流木と向かい合って座る。
「悠季くん、久しぶりじゃないの! 元気だった?」
調理場から女将さんが水とおしぼりを持ってきてくれて、テーブルに置かれる。
「はい。加藤さんも元気そうで良かったです」
北桜に行く前は週に一度、土日のどっちかに来てたいたけど今は来たくても中々来れない。
(山奥だし、バスも一日一本。多くて二本しか来ないしなぁ)
そう考えると今日連れて来られたのはラッキーかも、と思ってしまう。荷物持ちだけどな!
「あらま、こちらお友達? カッコいい子ね!」
(中身は最悪ですけど!)
そこを強調したかったけどぐっと堪えた。
てか、それよりもっ。
「友達じゃな「悠季くん、いつものでいいかい?」あ、は、はいっ」
一番重要な部分を否定しようとしたらおじさんに遮られてしまった。
「お友達は?」
「俺も同じやつで」
「ふふ、ちょっと待っててね」
流木を見てなぜか嬉しそうにおばさんは厨房へ戻って行った。
あぁ、否定し損ねちゃったよっ。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………っ」
それにしても気まずい……!!
店内にはおじさんとおばさんの会話とラーメンを作る音がやけに響く。
(無音よりはマシだけどコイツもなんか話せよっ)
ここよく来んの? とか、ラーメン好きなの? とか! そう思って目の前の流木を見ても平然と水を飲んでるだけで。結局、口を開いたのは俺からだった。
「……そう言えば、ラーメンで良かったのかよ? お前は」
「あぁ。てか、今更聞く?」
軽く息を吐くようにそう言ってコップを置く。話しかけなきゃ良かったと後悔した。
(なんでだろ。言い方が一々ムカつく!)
また沈黙に戻ろうとした時、おばさんが来て頼んでない餃子を二皿持ってきた。
「えっ」
「サービスよ! たくさん食べなさい」
「あ、ありがとうございますっ」
やった! 餃子も美味いんだよな。
厨房にいるおじさんにも頭を下げると笑ってくれた。
テーブルに置いてあった味噌タレと酢をそのまま餃子にかける。熱々のうちに食べているとまだおばさんがいて、思い出したように声をかけられた。
「そうだ、先週お父さんとお母さんが来てくれたのよ! 悠季くん、今寮生活なの?」
「あー、はい」
「お母さん、心配してたわ。一人で大丈夫かしらって。たまには帰ってあげなさい! 連絡もしてないんでしょ?」
うっ……。
図星を突かれて食べていた手が止まる。
(そう言えば、北桜行ってから一回も俺から連絡してない。母さんからは電話来てたけど適当に返してたし……)
今思うと、一方的に俺が電話を切る度、悲しげな声だったのが今更罪悪感となって襲ってくる。
「まぁ、反抗期なら仕方ないだろうけどねぇ。あんまりお母さんたちに心配かけちゃダメよ」
「おい、ラーメンできたぞ」
「はいはい!」
おじさんの声にカウンターへラーメンを取りに行くおばさん。
一言も返す隙なかった……。
「はい、カトウ特製味噌ラーメン二つね!」
「ありがとうございます」
目の前に置かれた久々のラーメンに腹は鳴るけど、来る前より若干テンションが下がってしまった。
おばさんが厨房に戻った後、今度は流木から口を開いてきた。
「お前でも反抗期あったんだな」
「ち、違う!」
反抗期とか、そんなんじゃ……!
言い返そうとしたら流木がふっと笑って。
「あぁ、絶賛反抗期中だったね」
「なっ……」
はぁ!? 絶賛ってなんだよっ!
そう言って、頂きますと呟くように言うと先にラーメンを食べ始める。そんなコイツを睨みつけていたら、顔を上げてきた。
「食べねぇの? 伸びるぜ」
「っ、食べる! いただきまっ、あち!」
勢いよく啜ったら熱いし、喉につっかえるしで散々だった。そんな俺を見ておばさんは相変わらず食いしん坊ねぇ、と楽しそうに笑ってた……。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
25 / 236