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水時計
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「……で、真絋は結局就活してねーの?」
圭太が退屈そうにドリンクのストローをくるっと回しながらそう言った。
「まぁ……してないな、うん、してない」
「合説くらい参加してこいよ」
「俺スーツ持ってないし」
俺も自分のドリンクのストローに視線を落とし、圭太がやったようにくるっと回した。カップの中の細かな氷がかき回されてじゃらじゃらと音を立てて崩れていった。
大学四年生の夏ともなると、内定の一つや二つ取っている学生が多い。圭太もどっかのベンチャー企業から内定を貰ったと春先に言ってた……気がする。
なんて名前だっけ。
ストローでジャラジャラと音を立てながら「ねえのかよ」と呟く姿に、忘れた名前を探ろうとすれば、「あっ」と声をあげ視線を寄越してきたから、ばったり目が合ってしまった。
俺が持っていたドリンクの氷が、じゃらっと小さく跳ねた。
「入学式ん時のやつは?」
「あー……」
あったね、そんなの。
入学式にはスーツを着た。
普段ライブやイベントをやるような大きなホールには茶色く染められた髪の毛に真っ黒なスーツが集まっていた。
開式ギリギリに会場に入った俺はその光景を見て、ただただ不気味に思った。
あれから三年経った今でも、やっぱり不気味だなと思う。
「捨てた」
「はぁ?」
圭太の眉間に皺が寄った。なんとなく居心地が悪くなって俺は視線を逸らした。
「いや、だって……就活の時にはまた買うだろうと思ったから、スーパーの5000円しないやつにしたんだよ……。それが悪いとは言わないけど、やっぱりそれなりなんだよ」
お前だって就活が始まる頃に新しくリクルートスーツ買ってたじゃん。
世の中には本当に色々な流行りが存在するけれど、それはスーツにも言えることであって、数年したらリクルートスーツの流行りも少し変わる。ジャケットの丈だとかスラックスの細さだとか。
ちょっとずつちょっとずつ。気付かないうちに変わっていって、数年前のものと比べて初めて違うと気づくような変化だ。
流行を追うようなオシャレ男子ではないけれど、みんながみんな流行りのスーツに身を包んで一か所に集まることを考えれば、同じ物を纏いたいと思う。
そんなちょっとの変化でも、違うことにはかわりない。ある時突然その違いが目に付くようになるかもしれない。
要するに周りと一緒がいいのだ。足並み揃えて、決して浮くことのない、目立たずひっそりとみんなの輪の中に紛れ込みたい。
入学式の光景を不気味だと思ったのは本心。でもそれはあくまで、集団の外から見た感想であって、自分がその中に入ってしまえば気にならない。
流れにのって、溶けて、馴染んで、消える。理想的だ。
圭太は信じられないというように大きくため息をついた。
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