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侮蔑の眸であしらわれてしまった凪は、それ以上引留める事などできなかった。
その眸が目に染みて、ぽっかりと心に大きな穴を空けたようだった。
凪の掌から腕がすり抜けて、車に乗り込む斎をぼうっとした頭で見送った。
あぁ、引き留めないと。
ここで斎と別れてしまったら、もう二度と会えなくなるのでは。そう、思っているのに、情けない心は打ち砕かれていて、身体を動かそうとはしない。手からすり抜けていった、斎の感触だけが妙にはっきりとしていて、次第に暗くなっていく視界から、色が消える。喪失感と虚無感が綯い交ぜになって凪の心に絡み合い、そのまま深い水の底に沈んでいくようだった───。
「…凪、帰ろう」
祐也の言葉が聞こえて、半ば強引に腕を引かれた凪は覚束ない足どりで地を踏みしめたのだった。
気がつくと祐也の家に着いていた。部屋に立ち尽くしたまま動こうとしない凪を、祐也がソファに座らせる。気の抜けたように黙りこくる凪を見て、祐也が静かに腕に抱いた。包まれた腕のなかは、暖かかった。同時に、水の膜が泪となって眸から零れ落ちる。ぽろぽろと留まることを知らない泪が、祐也が着ている衣服を濡らして淡いシミを作っていく。
「…………」
祐也は何も言わずに、ただ泣き続ける凪の身体を抱き寄せて、子供をあやすような優しい手つきで頭を撫でる。その手は情に満ちていて、掌から伝播すると、瞬く間に温かいものが凪のなかに流れ込んでくる。その温かさが自分の浅ましさを余計に強調させるのか、胸を強く締めつける───泪が止まらなかった。
しばらくして祐也が立ち上がり、何かを棚から持ち出した。働かない頭でその姿をぼうっと眺めていると、祐也が臙脂色の冊子を手に戻ってくる。
「…なに、これ……?」
震える声で祐也に尋ねた。
祐也が堅い表紙を開いて見せた。
「…これって――」
泣き腫らした顔で祐也を見る。
「うん。…覚えてる?」
「凪とは家が隣で、夏になったら俺の家の庭でプールしたりさ」
「母ちゃんに切ってもらったスイカを二人で食べて種飛ばしあったり」
祐也が懐かしさを噛み締めるように笑う。
「花火したり、家族でバーベキューしたり、冬には雪だるま作ったり」
色んなこと二人でしたよなぁ。と少し寂しそうに笑った。
そこには、笑顔で写る幼い頃の二人の写真が所狭しと並んでいた。
祐也が当初言っていた見せたかったものって―――
「……っ」
屈託のない笑顔の二人に、思わず目頭が熱くなる。
鮮やかな思い出が凪を突き動かしたのか、心の内が自然と零れていく。
「俺…祐也にひどいことした」
「…うん」
「祐也がもう会わないって言ったから、俺…好きって言った」
「うん…」
「でも…っ、友達として好きだって言おうと思って…だけど、祐也に二度と会えなくなるのは嫌だから、言い出せなくて、」
「うん」
「ごめん…っ、俺…祐也を傷つけた……ごめんなさい…ほんとに、ごめん……っ」
崩れ落ちるように、祐也にしがみつく。
「…知ってたよ」
諦めを孕んだ、優しい声音だった。
「はじめから凪が俺のこと恋愛の意味で好きじゃないってことわかってた」
「だけどそれでもいいと思った。凪が近くにいてくれるならそれでいいって。それだけ凪のこと好きになってた」
「だから気づかないフリをしたんだ。……俺、卑怯だよな。凪にあんな二択突きつけて、凪を俺のものにしようとした。凪の気持ちなんか少しも考えてなかった…謝るのは俺のほうだよ」
「ごめんね」
真っ直ぐな眸が貫いた。頼りなく、痛々しかった。
「っ…」
眦を染めてふるふると頭を横に振る。
「ごめん…ごめん、祐也……っ」
謝っても謝りきれない。何度も謝る凪を見て、祐也がもういいから、と優しく頭を撫でる。
「凪は、あいつのことが好きなんだろう?」
あいつ、とはきっと斎のことだ。
こくりと静かに首を縦に振る。
もう、嘘はつきたくなかった。
祐也が眉を下げて笑う。
「だったら、行ってこい」
「…え?」
「あいつに会って、ちゃんと気持ち伝えてこい」
「…っ、でも…行ったら、祐也に会えなくなるんじゃ……」
「心配すんな。もうそんなこと言わねぇから。てか俺が凪に会えなくなるほうが嫌だ」
「祐也……」
「…仮にも好きなんだ。アイツが凪を泣かせるようなことがあったらその時は容赦なく凪を俺のものにするから覚悟しておいてよ」
にこりと祐也が笑った。
「ほら、行ってこい」
座りこんだ凪を立ち上がらせると、頭をぽんぽんと撫でる。軽く背中を押された凪は、首を捻り祐也を見据える。
「…祐也……ありがとう」
凪は微笑むと、勢いよく家を飛びだしたのだった。
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