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関東の桜
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触れて良いのか?
その桜。
「…………………………何か、良い事でもありました?」
閑静な住宅街に、一際目を引く屋敷。
山代組拠点兼組長山代の邸宅。
重厚な門構えの奥は、数千万は下らない日本庭園。
広縁を歩きながら眺めるその庭園の美しさは、いつ来ても気持ちを落ち着かせる。
大和は、穏やかな日差しに照らされた緑を見つめ、今日の海達を思い出す。
なんだか、心もほっこら温まるような、嬉しい出来事だった。
「え………………………?」
「だって、若頭…………………うちに来てからずっと、優しい表情されています」
優しい表情。
学校での事を考えていた大和へ、山代からの一言。
でも、それを言う山代の笑顔も優しくて、美しい。
そして、生命力に溢れてる。
ほんの数ヵ月前まで、毎日のように見舞いに訪れていたのが、嘘のよう。
この笑顔一つで、周りの景色もこうも明るく見えるのだから、命とは素晴らしい。
あの頃は、山代に会うのが本当に怖かった。
約束をしていたから連日顔を出したが、日に日に顔色が悪くなってく山代を見る度に、このまま会えなくなったらどうしようと、大和なりに苦しんだ。
今考えても、医者を見つけてくれた海には、感謝してもしきれない。
「優しいって…………………普段の俺は、優しゅうないみたいやん」
少し唇を尖らせ、大和は後ろを歩く山代へ目を向けた。
「クス……………………すみません、優しいですね」
「いや………………それも、俺が言わせたみたいやし」
「あ………………確かに」
ほのかに紅い唇へ手を当て、苦笑いする山代の上品な佇まい。
これで、ヤクザ。
ヤる時はヤる男なのだから、人は見た目ではわからないものだ。
わからない…………………。
「そう言や、山代………………アレ、どうなった?」
アレ。
広縁の先にある山代の部屋へ辿り着き、慣れたように近くのソファへ近寄る大和は、ふと二人で交わした約束を思い出す。
支部が立ち上がって、バタバタしていたから、うっかりしていた。
ヤクザ=アレ。
つまり、ヤクザの象徴とも言うべき、刺青。
病を克服した山代に頼まれて、大和が嵩原のアドバイスの下に悩み出した、騎龍観音。
彫り上がったら見て欲しいって、言ってたよね?
「アレ……………………?」
ああ、アレね。
ソファに座る大和の方へ振り返り、部屋の障子を閉めていた山代は、『アレ』の言葉にわざとらしく首を傾げる。
だって、『アレ』…………………約束して、もう随分経ちました。
忘れているかと思いましたよ、若頭。
「…………………………あ、もしかして怒っとる?ずっと放ったらかしにしとったの…………………」
はい、怒ってます。
「いいえ、怒ってませんよ………………全然」
…………………言いませんけど。
山代は、満面の笑みで大和の問いかけに答えると、その正面へゆっくりと腰を下ろす。
「そ…………………………?」
それでも大和の瞳は、自分の顔色を伺ってる。
………………………可愛い。
そんな目されたら、益々独り占めしたくなる。
今日、帰したくないな……………………。
自分の邪さに、山代の心も揺れる。
「なら、ええねんけど…………………さ………」
しかし、大和の心は、違う意味で揺れていた。
綺麗な山代の、綺麗な満面の笑み。
何だろう、背筋が冷たく感じるぞ………………?
怒ってんな……………………これ。
怒ってんだろ、これ。
来た早々、地雷踏んだんじゃね?
然り気無く、制服のポケットから煙草を取り出し、おもむろにそれを口へ咥える大和の目は、泳ぐ。
ヤベ………………………どう、機嫌取ろう………………。
「ふぅぅ……………………っ」
山代が怒るなんて、今まであったっけ……………。
それはまるで、新婚夫婦の喧嘩みたいな初々しさ。
美人妻のご立腹に、うろたえる夫。
免疫なくて、動揺する気持ちを落ち着かせようと、ただただ無駄に煙草を吹かすしか術がない。
「火…………………点いてませんよ」
うん、点いてないけどね。
「へ…………………おわぁっ!!ホンマやっ!」
ジッポ、握ったまま開いてもなかったよ。
さすが、お父ちゃんの子ですな、大和くん。
美人の側近には、とにかく弱い。
「ま……………まぁ、なんや………………その…………後で見たるから、時間作れや」
「はい……………………?」
それでも、やっぱり若頭。
「俺以外、見せてへんのやろ?…………………拝んだるわ、お前の背中」
俺以外。
大和も、そこはわかってる。
煙草に火を点けながら、上目使いに鋭い眼差しを晒す大和の姿に、山代の顔は綻ぶ。
もう、ズルい方だ。
たったこれだけの事で、怒る気持ちも消え失せる。
「………………………わかりました。では、後で」
返事をする声を落ち着かせるのが、大変。
嬉しくて、胸が高鳴る。
妻は大人しく、三つ指立てて待ちましょう。
「あ、そうだ……………すみません、若頭。何か飲まれます?組員に、直ぐ用意させますから」
「んー、なら珈琲でええわ。悪いな、山代……………」
あれ?
心なしか、内線電話を持ち、此方を見る山代の語尾に音符が見える…………………。
機嫌、直ったな。
大和は、少しだけ出来た煙草の灰を灰皿へ落とし、とりあえず胸を撫で下ろした。
「……………………………何でや」
ただ、何が良かったのか、あまり読めてはいない。
そう言うとこ、相変わらず鈍いんです。
それから10分ほどして、組員がオシャレなカップに珈琲を注いで持って来る。
竜童会の若頭を前にして、若手の組員は緊張したのか、やたらとカップを揺らしてた。
若干17歳と言えど、大和は大物。
幼い時から、父親があの嵩原であり、有能なヤクザばかりを見てきた大和の目は、下っぱ組員を見る視線も厳しい。
何か粗相があれば、組長である山代に、恥を掻かせてしまう。
たかだか、珈琲を運ぶだけの仕事も、組員にとっては大仕事なのだ。
「………………………すまんな」
大和のそれで、組員はようやく息をする。
「ありがとうございます!!では、失礼します!」
90度に頭を下げて声を張り上げた後、身体を起こすと見える、山代の目を細めた姿。
まさに、体育会系。
ドキドキの大仕事が、OKを貰えた瞬間。
静かに障子を閉め、広縁に出た組員は無言でガッツポーズ。
いい組は、そうやって鍛えられていく。
「………………………今日、お砂糖は?」
「半分でええかな……………………ミルクはいらんし」
「はい。では、お作りします」
当たり前の様に大和のカップを手前に引き、好みの味を仕上げる山代の甲斐甲斐しさ。
出来た女房である。
煙草の煙を吐き出す大和の目の前で、山代は嫌な顔もせず、その手を尽くす。
山代とて、名の知れた組長だ。
相手が大和でなかったら、まずしない奉仕だろう。
「で………………………今日の目的は、何です?」
「あ……………………?」
「私の顔を、見に来て下さっただけではないですよね?」
作った珈琲を大和へ差し出し、山代は本来の目的を探りに入る。
予定になかった、大和の突然の訪問。
電話を貰った時は当然嬉しかったが、それの理由も気にはなる。
忙しい大和が予定を急に変えるには、中々の調整が必要だからだ。
「ああ………………………ん……」
「…………………………若頭?」
自分が手を加えた珈琲を口に含み、何やら考え深げに頷く大和に、山代の表情も止まる。
何があった…………………?
高橋が一緒でなかったと言う事は、自分でないと出来ない事?
些細な行動だとしても、大和の事となるといつも以上に気が逸る。
山代は、自分の珈琲へ入れかけたミルクを置き、大和の顔を視界から逃さぬよう、じっと瞳へ映した。
「なぁ、山代……………………」
「…………………………はい」
「桜井湊って……………………知っとる?」
「え…………………………」
部屋の窓から見える、茜色が迫る空。
それを見上げ、大和はどこか遠くを見ているようにも思える姿で、その名を口にした。
桜井湊。
まさか、若頭の口からこの名前が出るなんて…………。
大和の横顔に目を奪われていた山代は、思わぬ言葉に顔色を変えた。
「やっぱ、知っとんや…………………桜井湊……………」
名前しか知らない、ヤクザ。
一体、あいつはどれ程の人物なのか。
名前を聞いただけで、山代の目付きが鋭くなるような、男。
余計に、知りたくなる。
大和は、自分を見たまま固まる山代へ微笑みかけ、自らの興味と向き合う。
それが、自分にとって吉と出るか、凶と出るか…………危うい賭けになろうとも。
「教えてんか……………………あいつの事………………」
「若頭……………………」
目指すは、関東制覇。
相手が強者であればあるほど、どうせいつかは出会っていた筈。
ならば、早いに越したことはない。
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