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隠れた視線
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気付いたら、追っている。
そして、気付かないうちに、追われてる。
「はぁ…………………ガツン、だな………………」
まだ、外は明るい。
高級料亭の2階。
この店一番の宴会場があるその2階の廊下で、山代はトイレからの帰りに窓から空を見上げた。
会場では、組員達の楽しげな笑い声が聞こえ、料亭の仲居達がせっせと料理や酒を運んでる。
ヤクザの客なんて、恐くて接客もなかなかではなかろうが、竜童会は違う。
幹部の中でも若い連中が仲居達を手伝い、料亭へ迷惑をかけぬよう働きかける。
それがまた、山代の心を揺さぶる。
いつ見ても、どんな時も、竜童会は気持ちがいい。
上に立つ者の意識一つで、こうもヤクザで生きてきた事が悪くないと思えてしまう。
嵩原と言う男のスケールの大きさに敬服す。
「上には上がいる……………………組員の質もレベルも、勉強させられるばかりだ」
小さな組を持つ、組長山代の課題。
自身も出来るからこそ、その凄さが嫌な程わかる。
しかも……………………。
「高橋さんには、相変わらず歯が立たなかったな」
高橋さんには。
先の高橋の錚々たる様。
この素晴らしい組で、レベルは確実にトップ。
2万も超える組員の、トップ。
あの嵩原が頷いた時は、さすがに痺れた。
高橋は、本当に凄いヤクザだ。
負けたくないと思っていても、まだまだ自分のレベルでは、同じ土俵にさえ上げさせてもらえない気がした。
悔しい。
でも、これが現実。
「世界は、広い……………………」
山代は、目の前に広がる果てしない空に、多くの強者を宿す極道の世界を見る。
果てしない空。
どこまで追っても、そこに終わりはない。
追う事に疲れ、立ち止まる足に終止符を付けてしまったら、その世界はそれだけのちっぽけなもので終わりを遂げる。
嵩原や高橋の足元さえも、見えないままだろう。
「…………………山代組長も、素晴らしいですけどね」
え………………………。
不意に背後から聞こえて来た、落ち着いた物言い。
山代はビクッと僅かに肩を揺らし、慌てて振り返る。
「誰………………………」
「申し訳ありません、驚かせてしまって…………」
いつの間にいたのか、山代の2、3メートル後ろに、一人の男。
見た事のある、顔。
確か、伊勢谷の地区の幹部。
70人の幹部達を抱える支部において、若い幹部はその3割程度。
自ずと目には入っていた。
失礼ながら、名前も素性も知らないが………………。
「ただ、悩む組長をお見かけして、ついお声かけしとうなってしまいました………………」
「は……………………?」
悩む、俺…………………?
ドキッとした。
いつから見られてた?
全く気付かなかった。
それでも男は、そんな戸惑う山代を気にも止めず、言葉を続ける。
なんと言うか、やっと話が出来たと言わんばかりに、嬉しそうにベラベラと。
「私の中での山代組長は、格好ええ方なので…………」
「いや………………格好ええって……………」
「ホンマです!嘘はありません………………支部立ち上げの日の、山代組長の発言。アレは、とても痺れました!!」
強まる語尾。
前のめりになって訴える男に、思わず半歩下がる、山代。
男の言う、アレ。
大和が決めた地区長にざわついた、70の幹部達。
それを黙らせた山代の発言は、明らかに支部にその存在を知らしめた。
「関西人ばかりの中で、関東勢として大変やったろうに、騒ぎ出した幹部らをバシッと一蹴されはった。若手の私らからしてみたら、革新でした……………こないな若い組長がいてはるんやと、心揺さぶられる思いやったです」
「あ………………ありがとうございます」
「頑張って下さい…………………地区が違うんが、残念ですけど………………ずっと応援しとります!ずっと、ずっとです…………………!」
ずっと。
そう言い張る男の熱い眼差し。
まるで、鬼気迫るかの如く。
もう少し近付かれたら、手の一つも掴まれそうで、山代は息を飲む。
何だか、おかしい。
「あの………………………」
「私は、山代組長の味方ですからね……………貴方の様な美しく気高い組長は、もっと称賛されるべきだ。それがわからん連中は、カスや………………」
「…………………………え?」
カスって………………………。
自分の為にそこまで言ってのける男に、山代の不安は募る。
この男の感情は、普通ではないかもしれない。
「………………………私は、見てますよ…………………」
ゾクッ………………一瞬、背中に冷たいものが走った。
囁く、含み声。
見てますよ。
それは、どれだけの視線を意味する?
「貴方は………………………」
山代は、自分を見据える男の真意に疑問を投げ掛けようとした時、近くの襖が開いた。
「山代………………っ!何しとんねん?」
席を立った大和が、会場から顔を出したのだ。
「若頭……………………」
その顔に、笑みが溢れる。
愛する人の姿は、いつでもホッとするもの。
自ずと身体は、そちらを向いた。
「お前と呑もう思うたら、なかなか帰って来えへんから心配したやん。どないしたんや………………」
「すみません…………………今、彼に………………」
話しかけられた。
そう答えようとして目を向けると、男は既に離れた所から中へと入ろうとしていた。
「……………………いつの間に」
「ん?………………相葉が、どうかしたんか?」
「相葉……………………?」
「ああ、本部の藤原が抱える緒方組のナンバー3。使える若手をこっちへ引っ張る時、若頭までは動かされへんけど、ナンバー3なら大丈夫やろうって、藤原が推薦してきた男や。実績は、悪うなかったな。ただ……………俺もそないに親しゅうないさかい、性格まではよう知らんわ」
相葉。
突然現れた得体の知れない男は、相葉と言うのか。
会場内に消えていく、その男を見ながら話す大和の説明に耳を傾け、山代は自分の中に出来た不安を押し殺した。
「そうですか…………………藤原さんが…………」
竜童会総本部長の藤原が関わっている男に、疑いの目は余り良くない。
これから先も、竜童に身を置くなら尚更。
単に、親切なだけ……………………。
気のせいだ、そう思おう。
「何や………………何かあるんやったら、藤原に探り入れてみたろうか?」
「いえ、心配いりません。いきなり声をかけられたので、少し驚いてしまっただけです」
「ホンマに……………?」
「はい………………………」
自分の顔を覗き込む大和へ、山代は笑顔で返す。
「でも、お前……………顔が、気持ち引きつってたで」
「あ………………………」
「襖開けた瞬間、それが見えたから声張ったんや」
「……………………若頭」
見ていないようで、見てくれている。
ほんの些細な事だが、嬉しくて頬が微かに熱くなる。
「同じ組やからって、遠慮すんな………………性格も知らへん者同士が集まっとんや、何かあるなら直していかなあかんしな」
「………………………はい、ありがとうございます」
高橋の事で落ちていた気持ちが、少し上を向く。
良かった。
大和の目に、まだ自分が映っていて。
自然と、笑顔になる。
大和といるとそうなれる自分が、好き。
山代は綺麗な瞳を細め、大好きな姿を焼き付ける。
「ほな、呑むぞ!付き合えよ~、山代っ」
「了解です、負けませんからね」
「ぅお………………言うてくれんなぁっ、もう!」
頑張らなくてはならない。
この人の為に。
相葉の事は、気にならないと言えば嘘になるが、今の自分に周りを見る余裕はない。
関わらなければいい。
大和の賑やかさで視界を埋め、山代は蟠りの残る気持ちを奮い立たせた。
だが、小さな望みが叶った男は、その感情に異常な悦びを味わう。
「相葉ぁ………………お前、何処行っとったんや?」
「急に席立つから、ビックリしたで」
「すんません………………ちょっと………」
酒のゆく進む、宴の席。
ビールから日本酒に入っていた幹部達は、戻って来た相葉に早速空のグラスを渡す。
並々と注がれる、日本酒。
揺れる水面に映る、自分の顔。
「若に比べたら、下の下やな…………………」
決して、ハンサムとは言い難い風貌。
大和とは、天と地。
でも、山代は自分を見てくれた。
「………………………俺の話を、聞いてくれた」
俺の話を……………………。
それだけで、イケそうな程身体が昂った。
相葉は注がれたグラスを眺め、ポツリと呟くと、躊躇うことなくそれを一気に口へと運んだ。
ゴクゴク…………………喉を通る、熱い感覚。
「ぉおおっ、ええぞー!相葉っ!」
何も知らない幹部達は、相葉の呑みっぷりに盛り上がる。
「ぷは……………………やっぱり、ええ…………………」
眩いばかりに美しい、組長。
支部の立ち上げ以来、頭から離れなかった男。
山代組組長、山代将士。
近くで見ると、本当に綺麗だった。
ああ……………………あれの肌に触れられたら、どんなに幸せだろう。
触りたい。
触りたい、山代組長。
「若なんか止めて、俺にしたらええんや………………貴方を幸せに出来るのは、俺だけですよって」
酒で濡れた唇を拭い、相葉は口元を緩める。
華の影に、異質な火種あり。
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