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一人じゃない
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見てくれてる人は、必ずいる。
そう信じたって、いいだろう。
「あ?何や、お前………………顔、真っ赤やな」
周りのざわつきも、この人の前ではかき消される。
焼酎グラス片手に、煙草を咥える姿も格好良い。
見た目もピカ一、中身もピカ一。
きっと、後にも先にも、ここまでの男に出会う事はないと断言出来る。
「あ、は………………はい。すみません、親父」
我らが、親父様。
敬愛する、特別な人。
自分にとって、かけがえのない先駆者。
なのに、今の自分は、上の空。
花崎、大好きな嵩原に見つめられているにもかかわらず、遠くを見る。
「いや……………すみませんやのうてな…………」
「……………………すみません」
「お前…………………話聞いとる?」
「…………………………はい?」
完全に、聞いてません。
て言うか、頭と身体が熱くて熱くて、ボーッとしてます。
「花崎ィ……………………」
「あ…………………………」
呆れる嵩原の笑みに、花崎はようやく我に返る。
今から遡るほど、約5分前。
伊勢谷との話を終えて会場へ帰って来た花崎は、嵩原に呼ばれた。
『俺の酒の相手しながら説教』
有言(?)は実行される。
皆の前で言った通り、高橋の酌が終わった嵩原は、花崎をまず呼びつけた。
嵩原なりに、花崎と色々話がしたかったから。
ただ、呼びつけたまでは良かったが、面前に座らせた花崎の様子は、先に書かれたように放心状態。
明らかに、変。
「どないしたんや?何かあったんか………………?」
会話も儘ならない花崎を心配する、優しい眼差し。
「親父……………………」
ほかでもない、嵩原の優しさの何とも言えない身に染みよう。
花崎は、自分に対して気遣いを見せてくれる嵩原に、みるみる瞳を揺らす。
「親…………………………」
瞳を………………………。
「は……………………!?」
そうなるよね。
嵩原にしてみれば、自分を見たままいきなりウルウルさせる花崎の姿に、目が点。
本当に、何があった…………………!?
それは、ややこしい事、5分前のさらに遡るほど20分前。
花崎は、美人な先輩伊勢谷に告白された。
『好きや、花崎………………俺、お前に決めたんや』
バルコニーに連れられた花崎の視界を奪う、伊勢谷の男前な告白。
お前に決めた。
何を………………………!!
しかも、心臓が爆音中の花崎の身体を、伊勢谷は有無も言わさず抱きしめた。
「いっ…………いせ……………いせ……………っ」
いせ………………………何だ。
その先が出ない程、花崎のパニックは限界を超える。
「ああ……………腹に抱えとったもん口に出したら、スッキリしたわ…………………」
「え…………………………」
「いっそ、このまま連れ去られたらええのにな…………………そんくらい、お前が好きや」
「………………………えっ!?」
これは、夢かもしれない。
自分みたいなしがないヤクザが、伊勢谷のような見るからに美しいヤクザに好かれるだろうか?
好かれないに決まってる!!
夢だ。
花崎は自分より少し背の高い伊勢谷の腕に抱かれたまま、なんとか腕を曲げて自らの頬をつねってみた。
おや?
激しい動揺と顔の火照りで、痛いかどうかもわからない。
…………………………あ、やっぱり夢?
んなワケない。
「…………………………なぁ、花崎」
「はっ、は…………………はいっ?」
「今夜……………………お前を、持って帰ってもええ?」
持って帰ってもええ?
持って帰っても…………………?
持っ…………………………。
抱きしめられているが故に、耳元に響く伊勢谷の声のなんと甘い囁き。
「…………………て帰っ…………………」
何だってぇぇぇぇぇ………………っ!!?
伊勢谷、まさかの肉食系!?
会場の下りから、まだせいぜい15分位だろう。
伊勢谷のお持ち帰り発言、見事に投下。
なんて、早さだ!
竜童一の美人と言える先輩のあまりのギャップに、いたいけな後輩は脳内崩壊寸前。
もう、立っているのがやっとです。
「ぷ…………………可愛い、花崎」
それでも伊勢谷は、マイペース。
狼狽える花崎の顔をその綺麗な笑顔で見ながら、やんわりと髪を撫で上げる。
ヤクザが、純情。
花崎の真っ直ぐな心に、胸がキュンとする。
「か、可愛………………いやいやっ!伊勢……谷…………さ……………」
「たまんない…………………」
花崎の戸惑いなんて、想定内。
伊勢谷は、髪を撫で上げた指を少しずつ滑らせると、それを背中まで下げ、一気にグッと自分の方へ押し寄せた。
「え、あ…………ぁ……………っん、んん………っ!?」
瞬く間に、伊勢谷の美しい顔へ吸い込まれる、花崎の唇。
抵抗する隙もない流れの良さで、花崎はアッサリ伊勢谷に唇を奪われた。
「んぁ………い……せ…………待っ……………は……ぁ…っ」
「待たへん…………………待てへんよ、花崎」
一度口にした想いは、堰を切ったように溢れ出る。
花崎の口の中は、伊勢谷の舌で犯された。
「一生、大事にする…………………」
一生。
まるで、プロポーズ…………………。
赤い夕日が、伊勢谷の燃える恋にさえ見える。
「………………………俺の側におってくれ」
「は………………っ…………ぁ…伊勢谷…………さ……ん」
とろけるような口付けに、重なる強い愛。
花崎は、ただしがみつくだけで精一杯だった。
身体中の神経すらも、伊勢谷の愛撫に支配されていく。
側に。
伊勢谷さんの側に………………………。
「伊勢………………谷………さん…………っ……」
そんな言葉、俺なんかが貰ってええんですか………………?
こうして、バルコニーでの密かな情事は、花崎の脳裏に強烈に焼き付いた。
あれから、花崎はどうやって会場へ戻ったか覚えてはいない。
『ほな、後でな』
襖を開け、嵩原に呼ばれたら、後ろにいた伊勢谷にそう声をかけられた。
後でな。
俺………………何か、返事したっけな?
後でな。
「へ…………………お持ち帰り決定………………!?」
嵩原と向き合う花崎が、放心状態になったとて無理もない。
「ふぅぅん……………………伊勢谷がね…………」
「は……………………はぃ………………」
そして、花崎は嵩原に腑抜けな自分の事情を説明した。
さすがに突然瞳をウルウルさせたら、嵩原も聞かない訳にはいかなかったし、悩める花崎自身も、嵩原に頼りたくなる部分もあった。
花崎にとって、嵩原は親でもあり、唯一の柱。
何か起きれば、嵩原に相談するのは当たり前。
でも、プロポーズのような囁きとチューは言わなかった。
そこまで暴露したら、多分全身が溶ける……………と、花崎は思ったから。
「ええんちゃう?相手が伊勢谷なら、俺も安心や」
「でっ………………ですがっ、俺なんか………………」
「俺なんか……………………?」
「俺なんか、まだまだ実力も足りひん駆け出しです。伊勢谷さんのお気持ちは、ごっつ有難いですけど…………………とても釣り合いません」
これからも伸びていくであろう、伊勢谷の邪魔になるのではないか。
邪魔だけにはなりたくない。
伊勢谷がそれでも良いと言ってくれても、花崎はとてもじゃないが踏み込む気にはならなかった。
お持ち帰り…………………どうやって、断ろう。
本気でお持ち帰りかどうかは不明だが、そんな考えが悶々と頭を飛び交ってる。
「ようわからんな………………俺なんかって、どう言う意味や?俺から見たら、お前も伊勢谷も………………山代だって、同じレベルやで?そら、いくらなんでも高橋と一緒にせえ言うて来たら、そこは違うやろって言うたるけどな」
「親父………………………」
驚く自分を見る、嵩原の微かな笑み。
伊勢谷や山代と、同じレベル。
冗談?
言われた事もない話に、花崎は目を丸くする。
「周りの評価やお前の思うとる実力は、知らん。俺の見立ては、三人同等。悪いけど、てめぇの見立てが一番やと、俺は思うてる」
てめぇの見立てが一番。
でないと、竜童会のトップなんて務まらない。
過信はしないが、自分の力量は踏まえてる。
実際、嵩原のそれで固められた本部幹部達は、群を抜いて優秀だ。
「せやから、お前が奴らに引けをとる必要は、何もないわ…………………もっと堂々としたらんかい。俺は今日、お前にそれを話したかったんや」
「ホ…………………ホンマですか?」
組長の言葉すら、不安げに聞き返す自信なさ。
周囲には、どんどん出来る連中が現れて、花崎の焦りは増すばかり。
今の自分がどの位置にいるのか、上を目指すなら自ずと気にはなる。
「クス…………………俺に『好きや好きや』言うてた奴が、えらくちっさなったな」
「そっ………………そ、それは……………」
好きや、好きや。
関西にいた頃、ずっと嵩原にベッタリだった、花崎。
嵩原に憧れ、嵩原に近付きたくて竜童会の敷居を跨いだ花崎には、嵩原しかすがる所がなかった。
だから、いつも思ってた。
嵩原になら、身も心も捧げたい。
抱かれたい、って。
この人に抱かれたら、それだけで死んでもいいって。
思ってた……………………な。
ニヤニヤ笑う嵩原の目線が、花崎の顔から湯気が上がるほど沸騰させる。
「……………………い、言いました、けど…………親父は、抱いてくれへんかったやないですか」
当然と言えば、当然。
嵩原レベルに抱いてもらおうとした自分も、大馬鹿野郎だ。
若気の至りとは、恐ろしい。
「俺が抱いたら、他の奴と寝られへんようなるで?」
「な…………………………」
ゴク。
手にしていた煙草の煙を吐き出し、口元を緩めてる嵩原の色気に、花崎は息を飲む。
嵩原に抱かれる。
夢描いてはいたが…………………それって、どんなセックス!?
麻薬のようなものだろうか。
一度足を入れたら、抜けられない……………みたいな?
嘘か真か。
そうなりそうだから、嵩原の魅力は計り知れない。
うん、現に被害者が、約1名。
「ま、それはさておき……………………」
さておき…………………!
余計に気になる!!
だが、嵩原の表情が真剣みを帯びた事で、花崎の気持ちは引き締まる。
花崎は姿勢を整え、改めて嵩原を見据えた。
トンッと、軽く煙草の灰を灰皿へ落とす音。
そこへ目をやりながら、嵩原は口を開いた。
「お前は、顔もわからん親に捨てられた事が、心の隅っこに潜んどる。自分には、何もないと思うとるやろ………………………」
「あ……………………はぁ…」
何もない。
幼いながらに家族も何もない事を知らされる、残酷さ。
常に、なんかスッキリしない。
言葉にならないモヤモヤからグレて、孤児院の先生達にも迷惑を随分かけたが、まだまだどこか隙間風。
不思議なもので、一度自分は必要とされず生まれたんだと思ったら、それは何年経とうと身体の片隅に根付いてる。
いまだに。
いまだに、花崎は無意識に愛に飢えていた。
「内藤先生……………………お前の話したら、毎回嬉しそうやで」
「は…………………………」
思いもしなかった、名前。
「な、何故…………………内藤先生……………」
内藤先生。
花崎が、孤児院で最もお世話になった恩師。
中学から夜中まで遊び歩き、明け方に院へ帰っても、先生は必ずロビーのソファで寝ていた。
竜童会に入りたいと院を飛び出した時なんか、とても哀しそうに泣いて止めに来た。
その、内藤先生。
「お前を引き受けてからな、定期的に会いに行っとんや、俺。折角、ここまで育ててくれたのに、挨拶もせんとヤクザにさせるんは申し訳のうてなァ…………………ヤクザの親分が、綺麗事やと言われたらそれまでやけど、せめてもの償いやな。俺に会いに来たお前を突き放せなんだ、てめぇの弱さに」
「お………………………」
人の情の深さの幸せよ。
知らない所で、知らない愛が動いてる。
嵩原が、わざわざ自分の出た孤児院へ行ってくれてたなんて。
何も知らなかった。
「内藤先生、ええ先生やないか…………………頭を下げに行った俺を、快う受け入れてくれてたで?あれから、もう何年や……………………毎年、ニコニコしてお前の現況聞くん待ってくれてはるわ。たまには、お前も行ったり…………………お前の事、皆待っとるから。血の繋がりだけが、家族やないやろ」
皆、待っとる。
一人じゃない。
社会のはみ出し者でも、待ってくれている人がいる。
今の親と昔の親に、花崎は目頭を熱くした。
「親………………父………………っ」
「大事な人が出来たって、堂々と言うたったれ。ろくでもない奴なら、まず俺が承知せえへんとこやったが…………………伊勢谷は、ええ男や。あいつは竜童入って直ぐに密偵へ放り込んで、高橋より厳しい男に教育させたさかい、根性は誰よりも据わっとるし、この世界の闇もようわかっとる………………一緒におれば、お前を伸ばしてくれるで」
微笑む嵩原の目に映るもの。
伊勢谷の言葉が嬉しくて頬を赤くした、恋に目覚めた花崎の明るい未来。
背中を押してやろうと、親なら想う。
「俺で……………………俺で、ええんですか?」
「お前やないとあかんのやろ、伊勢谷は」
俺じゃないと………………………。
隙間風が、ピタリと止まった。
「はい………………………っ」
親のいる、心強さ。
好きだと言ってくれる人がいる、嬉しさ。
血は繋がらなくとも、家族。
立派な親が、ここにいた。
嵩原に頭を撫でられながら、花崎はその愛に包まれる。
ガシャン…………………………。
「相葉………………大丈夫か?」
空になったビール瓶が、転がる。
温もりある愛があれば、歪な炎を燃やす愛もある。
山代を見る目が鋭さを増す相葉は、仲間達と呑んでいる最中、荒々しくグラスを置いた。
それの勢いで倒れた瓶を、仲間達に直してもらっても、相葉の視界は上座を見る。
「ちっ…………………いつまで呑んどんや……………」
笑顔の絶えない、山代。
大和と酒を交わす山代は、幸せそうに唇を濡らしてる。
絵に描いたような、上品さ。
美しくて、色っぽくて、ちょっとした仕草の一つもそそられる。
それを見るだけで、グルグルと喉が鳴る。
山代組長……………………。
カランッ…………………………!
相葉は、近くにあったまだ中身の残るビール瓶を勢いよく掴むと、急に席を立った。
「俺…………………若に、酌してくるわ」
「え、おいっ……………………相葉っ」
酌。
驚いて見上げる仲間達を尻目に、相葉の視線を捉えるのは、恨めしい程の仲の良さ。
何で、若やねん。
それは、狂気に迫る嫉妬。
支部立ち上げの日以来、相葉の毎日は山代で埋まった。
酔いもあってか、少しばかりふらつく足取り。
「…………………………クソ」
届かない想いの苛立ち。
進んでも、進んでも、遠い人。
近付きたい。
近付きたい。
愛すれば、自然とそう想うのが、恋。
例え、その想いが異常な形になろうとも。
相葉は一心不乱に前だけを見て、大和達の元へと歩みを進めた。
「どないしたんや、あいつ………………」
「………………………わからん」
「こっち来て、何かおかしゅうないか?」
立ち去る相葉を眺め、仲間達は眉をひそめる。
その原因が山代とは誰も思わないが、最近様子がおかしいのは、なんとなく感じてた。
「相葉の奴、思い詰めたら激しいさかいな…………」
誰かが、ポツリ。
激しい。
片鱗は、早くも覗いているのかもしれない。
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