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見えなかったもの
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誰にだって、過去はある。
それが、良い思い出かどうかは別として。
「いらっしゃいませ…………っ」
天井の高い、コンクリート打ちっぱなしの店内。
入った瞬間に、ど真ん中に吊るされたシャンデリアが目に飛び込み、黒で統一されたポールには、程よい間隔で高そうな服がかけられている。
アクセサリーは、装飾のされた硝子ケースの中。
店員達も皆、イマドキなお洒落を着こなしているのに、何故か清潔感を漂わす。
「へぇ……………………」
偶然出会った桜井に、強引に店内へ連れ込まれた大和は、ウインドウで見ていた以上の好印象に思わず声を漏らした。
嫌いじゃない。
なんだか落ち着くし、ゆっくり見れそうな雰囲気が、一番に気に入った。
「いいだろ?お前なら、気に入ると思った」
「湊………………………」
「一見チャラそうだけど、中身はしっかりしている。普段、大人ばかりに囲まれてるお前は、同世代より明らかに上いってるからな」
ボーッと周りを見渡す大和へ微笑みかける、桜井の嬉しそうな顔。
どんだけ笑うんだ。
そんなに喜ばれたら、本当に照れ臭い。
「よ、よう知らんくせに、わかったような事…………」
大和は口を尖らせ、咄嗟に近くへあったディスプレイへと目をやった。
見てられないと思った。
桜井の積極さに、心臓はずっと激しく波打ち、顔はどんどん熱くなる。
このまま見てたら、茹で上がりそう。
なのに桜井は、逸らしても逸らしても自分を見続ける。
しかも。
「これから、沢山知るからいいんだよ」
「は……………………」
その引き出しからは、一層と照れる言葉が溢れてく。
呆れる自分なんか、完全に無視。
これから。
これから、って。
自信たっぷりに言いきった。
また、2度は体温上がったかも?
大和は開いた口が塞がらないまま、桜井を見上げた。
戸惑いが、渦を巻いて身体中を駆け巡る。
俺、ぶっ倒れるかもしれん………………。
「なになに………………ラブラブだな、お二人さん」
ラブラブ?
何とも言い様のない空気の大和達を眺め、笑みを浮かべながら歩み寄る男性。
「匡彦………………………」
「まさ………………ひこ?」
桜井が名前を口にしたのを見て、大和もそちらへ顔を向けた。
あ、さっきの…………………。
ウインドウから店内を覗いた時に、手を挙げていた桜井の友人。
無精髭をオシャレに生やし、ジャケットに帽子。
思い込みかもしれないが、店長だけあって、佇まいに貫禄さえ感じる。
それを大和は、職業病?と言うべきか、少し警戒気味に観察した。
「いきなりラブラブって、何やねん…………失礼やろ」
いえ、思い切り怪訝気味に。
自分達を誤解する友人に対し、大和は桜井の隣であからさまにムッとする。
ラブラブじゃねーし!
どこ見て言ってんだ。
「クスクス………………ごめん。だって二人、店入ってからずっと手繋いでるから」
「はい……………………?」
手、繋いでる?
手………………………。
顔を下げた大和の視界に入る、桜井に握られた自分の手。
え。
苦笑いする桜井の友人に指摘され、大和は初めて気が付いた。
そう言えば、手を握られて店内へ拉致られたっけ。
バンバン来る桜井LOVEに押され、全く意識が別に行ってたよ。
ずっと、握られてたんだな。
どこ見て………………。
そこ見て言ってました。
「ぅおおおおっ!!!みっ、湊!!何しとんや!離せっ…………離せ、アホ!!」
どうりで身体が熱い筈。
体温、2度くらいは上がるよね。
大和は慌てて腕を振り回すと、急いで掴まれていた手を引き離す。
「なに…………………大和、今気付いたの?普通に、受け入れてくれたと思ってたな」
「誰が受け入れるかっ!!お前がゴチャゴチャ抜かすから、手まで神経行ってへんかっただけやっ」
さすが、お父ちゃんの子。
その天然っぷりは、抜かりなし。
「ハハハ…………………何だよ、湊。まだお前の片想いか…………………と言うか、いつから男に目覚めたの?昔から、女に不自由なかったのにな」
「不自由ないのと、満たされるのは違うよ。こいつから男に目覚めたの………………今回は、マジだから」
「目覚めんでええしっ!!早よ、女に戻れっ」
自分は、戻れないけれども。
桜井と友人の匡彦と言う店長が話をする後ろから、大和はやんややんやと言葉を被せる。
「ところでさ………………この前、崇さんが来たぜ?」
「え…………………」
「聞いてへんやん……………っ」
聞いてない。
それよりも、匡彦が発した名前に、桜井の顔つきがハッキリと変わった。
「…………………みな…………」
崇って、誰。
決して、喜ばしいとは言えない桜井の表情が、大和の目に焼き付く。
出会って、まだ3回目。
そりゃ、知らない事だって山のようにある。
でも、そこにある顔は、どこか見過ごせない姿を晒してる。
「最近、湊は来ないかって…………然り気無く訊ねられたけど、あれ、相当心配してるっぽかったな。『もう何年も来てません』て言うの、胸痛かったわ」
「…………………それは、悪かったな」
「崇さんにくらいは、連絡してやれよ。今じゃ、たった一人の兄貴だぜ。噂によると、もうすぐ家元らしいし……お前に戻って来て欲しいんじゃない?」
今じゃ?
家元!?
何の話だ。
二人の神妙な面持ちに、大和は声をかけそびれたが、思わぬ単語の連続が興味を駆り立てる。
ひょっとして、桜井はどえらいお坊っちゃま?
「元、兄貴だよ。俺とあの家は赤の他人、関係ない………………大体、ヤクザやってる奴が、どの面下げて帰るんだ」
「んん……………まぁ、そうだな。それ言われたら、何も言えないわ。じゃあ、俺は向こうにお客様待たせてるから、後でまた来るよ。ゆっくり見ててな」
「ああ…………………」
ポンッと桜井の片を叩き、匡彦は軽く溜め息をついた。
元、兄貴だよ。
立ち去る友人の背中を追う桜井の瞳は、曇ってる。
「湊………………………」
大丈夫か………………。
今まで桜井の強引さに抵抗していた大和も、あんなに笑っていた笑顔が消えたら気にはなる。
自分は、いない方が良かったかも。
人間、人の数だけ人生がある。
特に、極道に入る連中は、一段とそれは色濃い。
桜井湊も、例外ではない。
ほんの一瞬の話だったが、大和はどう会話を切り出すべきか考えた。
「はぁ……………………ごめんな、大和。せっかくのデートが台無し」
「いや、デートちゃう。サラッと恐ろしい既成事実を作んな」
そこは、譲れない。
油断大敵だったな。
桜井の事は心配だが、大和はキッパリ切り返す。
「ぷっ……………お前のそう言うとこ、大好き」
「はあ!?あのなっ、人が心配して………」
「お前見てると、あまりに真っ直ぐ過ぎて、親父さんにどれだけ愛されて育ったかよくわかる」
「………………………は?」
親父…………………?
口には出来ないが、それはもう、溺れ死ぬほど愛されてますが?
「あの親父さんなら、絶対に言わないだろうな」
「言わないって、何を…………………」
首を傾げる大和へ、微かに目を細める、桜井の優しい眼差し。
綺麗な顔。
この顔に暗い過去なんて似合わない。
単純だが、そう断言したくなるような美しさ。
ただ、現実は違う。
「………………死ねば良かったのに、て………………」
誰にだって、過去はある。
「な……………………」
桜井湊にだって、過去があった。
死ねば良かったのに………………。
大和と桜井の距離が、また少し近付こうとしていた。
そして、それを知るよしもない二人もまた、新たな動きを迎える。
「おい、京…………………」
「あ?何や、竜也」
一緒に食事をしようと街中へ繰り出した、嵩原と安道。
結構歩いたんじゃない?
行き先を知らない嵩原は、周囲を見渡しながら安道へ話しかけた。
「飯……………………何処行くねん。なんや、随分歩いた気ィするけど」
もう、安道のオフィスビルは遥か向こう。
そろそろお腹空きました、お父ちゃん。
「もうすぐ着くわ……………………最近、オープンした店でな。内装、俺がデザインしとんや」
「は!?デザイン?お前、そないな事も出来るんか!どんだけ荒稼ぎすんねん!」
「人聞き悪い事言うな……………言うとくけど、1級建築士やぞ、俺」
何でもこなします、安道様。
やりたいと思えば、とことん追求する。
出来るまで、努力は惜しまない。
だから、安道がここまで成り上がった。
荒稼ぎ……………あ、違った、立派な実業家なんです。
「えぇっ!!お前とこんだけ一緒におって、初めて知ったわ」
だが、此方は失礼極まりない。
嵩原の、この驚きよう。
そのお金が、貴方の為に流れていると言うのに。
「……………………お前、本気でシバくぞ」
さすがの安道も、そうなるよね。
「ったく、腕もええから紹介したろう思うてたのに…………………今度、大和にも食わしたれや」
それでも、大和を気遣う。
第二のお父ちゃん、大人だな。
「そうなんか?何料理になるんや?」
「和食やけど、創作和食やな。若い板前が、せっせと頑張っとんねん」
「へぇ……………そら、楽しみやな。で、店の名は?」
店の名は。
これまで、安道の仕事を肌で感じた事はない。
大事な心友が内装をしたなんて、嵩原も是非見てみたいと思った。
「創作和食…………………よし田」
……………………創作和食、よし田?
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