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親父の顔
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親に見放され、親に捨てられる。
でも、それを救うのもまた、親。
「極道の世界とは、なんとも厄介な世界よ」
静けさだけが広がる、荒れ果てた部屋の中。
『俺が、終わらしたる』
桜井へそう宣言した嵩原は、周りを囲む組員全員に語りかけるように、口を開く。
「この親と決めたからには、下のモンは何があっても付いていかなあかん。異論を唱えれば、それは面倒な奴やと目ぇつけられる………………結局、子は反乱を起こすか、てめぇを押し殺すかに選択を余儀なくされて終いや………………しょうもねぇ」
しょうもねぇ。
今や、その頂点に君臨する男の意外な言葉。
若いながらに、誰よりも激動の人生を歩んで来た嵩原が、自らの道さえも否定するかのような捨て台詞。
親の存在が絶対的に見られがちな世界に、生粋の異端児の視点が物申す。
「そんなんやから、若い芽潰すねん。上に立っとるからてめぇが正しいなんてツラ、下らねぇ驕りじゃ………………組をでこうすんのに、ガキ犠牲にして平気な親に誰が気ィ許すんな。腹割って話も出来ひん組の未来なんざ、先が知れとるわ」
組員を犠牲にしてでも掴みたい、力。
何処の組長でも有りがちな、貪欲な向上心。
大藤だけではない。
誰もが、桜井のような犠牲を生んでいる。
だから、厄介な世界。
何年経とうと変わらない極道の世を、嵩原は根底からバッサリと切り捨てた。
「あの上地かて、てめぇのガキに情は持っとるで……組をでこうする意味、履き違えんじゃねぇぞ。俺達に迫る組が出てけえへんのは、度量に欠けた連中が、威張り散らして親しとるからや」
あの上地かて………………。
極道のツートップ。
冷酷と謳われる白洲会上地が、組員から慕われる理由。
厳しさの中に、尊敬すべき姿がある。
上地は上地のやり方を確立し、組の将来を念頭に身を削る。
実際、組員だけを犠牲にさせるような真似は、上地が組長になってからさせた事はないのだ。
その為、自分にも甘えのない上地を組員達は見て育ち、自ずと共に歩む気持ちが芽生える。
嵩原が、上地を認める所以。
冷酷上地は、不器用ながらに『親』である。
「親父と言わせたからには、拾うたガキの人生に責任くらい持てや…………………銃口向けるなんぞ、話にもならんな」
「くっ………………」
迷いのない、真っ直ぐな瞳。
自分を見据え、己の持論を展開する嵩原に、大藤の心は屈辱感で埋まっていく。
自分だって、昔は思ってた。
組を立ち上げ、微力な親父なりに、少ない組員達と頑張って行こうと。
でもそれは、直ぐに挫折した。
現実は、甘くない。
汚ない事もしなければ、生き残れなかった。
嵩原や上地とは、何もかもが違う。
理不尽な筋道の前に、ドス黒い腹の探り合いだけが自分を救う術だった。
それが、罷り通るのが極道だ。
極道とは、美しいものじゃない。
「き、綺麗事言うな…………俺達は、あんたじゃねぇ。組を守るには、多少の犠牲も目を瞑らなきゃ、やっていけねぇんだよ」
大藤は、額に脂汗をかきながら、どうにもならない力量の差に悔しさを滲ませた。
あまりにもデカい。
言うだけの事をしてきた男は、あまりにもデカ過ぎて、立ち上がる力までもぎ取るかのよう。
なのに、どうして。
そのデカ過ぎる男は、まだこれでもかと容赦ない叱責を浴びせてくる。
「それの犠牲が、てめぇを慕ってくれたガキか…………だったら、そないな組潰してしまうんやな」
潰してしまうんやな。
これには、さすがの大藤の表情にも怒りが満ちる。
「な………………きさ…っ」
「組は、死ぬ気でやりゃあなんぼでも甦る。でも桜井の命は、一度消えたら二度と戻ってはけぇへん……一人の命も守られへん奴に、多くの組員の命が守れるか………………勘違いすなよ。親は、絶対やない。組の為に働いてくれた人間を、ただの駒やと思うとったら、てめぇもいずれ足元掬われて泣き見んぞ」
思わず掴みかかりそうになる身体を、微動だにしない嵩原の眼差しが止める。
憎たらしいほどの不屈さ。
何処からこの強さは生まれるのか。
「わかったような事を……………っ」
「わかってるわ………………俺の親父が、そうやった」
「は…………………」
ザワッと蠢く空気が、一斉に嵩原への興味に変わる。
俺の親父が。
嵩原がそう言った時、にわかに高橋の表情が険しくなり、大和は父親の顔をまじまじと見つめた。
「親父…………………?」
嵩原の言う、親父。
それは勿論、竜童会の先代の事。
先代…………………。
「そう言えば、まともに聞いた事無かったな………」
自分がこちらの世界に入った頃には、既に父親が組長だった。
知っているのは、極道社会に残る伝説。
嵩原竜也が、化け物と言われる程の恐ろしさで、一気に頂点に立った事実。
どんな人やったんや………………。
不思議な事に、今いる幹部達は皆、先代の話を大和にしては来なかった。
疑問に思う大和の目の前で、嵩原の一言が、その場にいた男達の感情に大きな衝撃を落とす。
「俺の親父も、お前みたいに…………いや、お前以上に、下を人とも思わん人間やった………………それが、あんまりにも最低やったから、俺が食ったんや」
ザワ……………………
俺が食ったんや。
経験したからこそ、言える。
淡々と恐ろしい言葉でシメる嵩原に、一端のヤクザ達が黙って唾を飲み込んだ。
嵩原の顔色一つ変えない様が、本当に化け物に見えた。
「お前に、湊は勿体無いわ………………こいつは、俺が貰う。今後一切、ウチのガキに近付くな」
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