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拭られた過去
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消したくても消えない。
捨てたい記憶ほど、よく蘇る。
竜童会の去った徳新会。
日本一の組とは、よく言った。
何もかもが桁違い。
無惨に散った残骸が、格の違いを見せつける。
「大藤…………………」
パキと足元の木片が、身体の重みでくの字に折れ曲がる。
4階の砦に辿り着いた守谷が見た世界。
分厚い扉がブッ飛ばされた組長室は、桜井の暴れた痕跡と、窓辺にヘタり込む大藤だけが、一連の出来事の激しさを物語っていた。
そこに、組員達はいない。
皆、各々片付けや仲間の手当てに追われてる。
予想だにしなかった事が起きてしまった。
「お笑いだな………………」
「え……………………」
歩み寄る守谷に、大藤の力ない声が耳へと届く。
お笑いだな。
組長と銘打つ、立派な机の先。
一家の親分が立つ事も出来ず、頭を垂れる。
こんな大藤を見るのは、何年ぶりだろうか。
男気あった大藤が、ここまで打ちのめされるとは、思いもしなかった。
それだけ、相手が強かった。
「自分なりに組を持ち、箔を付け、やれる事はやって来たつもりだったが、天下の嵩原には、何一つ敵わなかったわ。情けねぇ………アレで歳下とはな。天辺を掴んだ男は、何もかもが桁違い過ぎた」
「ああ……………この歳になって、すげぇモン見ちまったな。必死にやってきたものが、一瞬で消えちまった気がしたよ」
あの男だから、あの組が出来る。
竜童会と言う組織のレベルを知れば、自ずと親の顔が浮かぶ。
嵩原でなければ、今の竜童会はなかっただろう。
組員の風格も、他の追随を許さない存在感を放っていた。
あれこそが、頂点。
なりたくてなれるものではない。
「組員らは、幻滅してんだろ……………馬鹿な親父だ。大事にしていた桜井まで傷付けちまった………欲に目が眩んだんだ。限界が見えてたからさ……………金さえ手に入ればどうにかなるかと、頭を過ぎったんだ」
「大藤、お前………………」
項垂れた顔を上げ、微かに茜色に染まりゆく空を望む。
自力で駆け上がった人生がある。
必死に、必死に毎日を生きて来た。
組を持てた時の感動は、いまだに記憶に新しい。
何としても、守りたかった。
「でも、もう潮時か…………竜童なんて見たら、俺の後なんか誰も付いて来ねぇよな」
「下らねぇ事言ってんな、組員らは皆残ってるぞ」
「守谷………………」
「また、一から頑張ったらいいじゃねぇか。いいものを見せてもらったんだ………目標が出来たと思おうぜ…………小さくても、竜童みたいな組は作れるさ」
しゃがみ込んだ大藤へ差し出された手。
苦楽を共にした仲間は、まだある未来に希望を見出す。
底辺から天辺へ。
数えきれないヤクザが鎬を削る。
華は咲かぬか、咲かせるか。
いつか目にする日を夢見て、過酷な道を歩み行く。
素晴らしいヤクザを見た。
幾つになっても、男達は憧れを抱き天を見上げる。
「海………………いつも悪いな、ホンマ助かる」
中心街に一際目立つ、大病院。
その救急病棟の片隅で、大和は数少ない堅気の友へ頭を下げる。
今、奥では桜井が治療に入ってる。
間近で浴びた銃弾。
闇医者より、腕の立つ優秀な治療を頼みたかった。
しかも、警察沙汰にならない事が鉄則。
大和は、直ぐに海へ連絡を取った。
海の経営する病院しかないと思ったからだ。
「全くだ……………毎回急過ぎて、医者を確保するのに手を焼くよ」
「悪りィ………………」
溜め息をつきながら答える、綺麗な少年。
ブツブツ言ってはみても、こいつなら必ず力を貸してくれる。
それがわかっているから、大和も躊躇わない。
海や颯は、言う。
『利用出来るものは、利用したらいい』
何かある度に、それを口にしてくれる有り難さ。
普通なら、近付く事さえ許されない二人が、今や親友。
何とも頼もしく、何とも嬉しい存在か。
「ところで………………」
「あ…………………?」
そんな頼れる親友が、辺りを見渡し視線を落とす。
大和の周りには、高橋や山代が廊下の少し離れたベンチで待っている。
海にこれ以上迷惑がかからぬよう、数人しか連れて来なかった。
誰か探してる?
海の眩しい瞳に、大和はピンときた。
「…………………錦戸か!」
「え…………………」
「そっか、そっか!錦戸かぁーっ!あー、しくったァー!錦戸、親父と先に帰ってしもうたわ」
「な………………っ」
廊下に響く、大和の懺悔。
錦戸だけでも連れて来れば良かった……………!
バチンッと太股を叩き、本気で悔しがる大和が、海の顔をみるみる赤くする。
「べっ…………別に俺はっ…………ただ、最近お忙しそうだから、お元気かなと思っただけで…………っ」
「わかっとる、わかっとるって!一目会いたかったんやろ?そう言うのあるさかいな………」
「いやっ、だから……………」
「だってお前、顔赤いで………………珍しく」
「は……………………」
珍しく。
そ、珍しい。
クールビューティな海が、頬を赤く染めてるのだ。
有り得ない光景が、目の前に広がっている。
「むっちゃ可愛い…………錦戸に見せてやりたかっ…」
バコッ………………!!!
「いっ………………」
鉄拳、大和の顔面にメリ込む。
「お…………おま………っ………武道やってんやろ!殺す気かっ!!」
細くとも、幼い時から鍛えられた身体は、パンチ力も破格。
呆気なく、大和は顔面を押さえ撃沈。
「お前が、下らん事言うからだ。ほら、治療済んだみたいだぞ………早く、部下に会いに行ってやれよ」
奥から大和を呼ぶ看護師を指差し、海はいつものクールへと変わる。
「す…………素直じゃねぇ………」
ここの恋は、前途多難。
いや、これが恋になるのかも最早不明。
大和は殴られた顔を擦り、呼ばれた診察室へと歩いて行った。
コンコン……………………
「入るで、湊……………」
こう言う時、ヤクザは楽だ。
大事な話をしようが、周囲に人はいない。
治療をしてくれた医者は、必要な事を話して早々に消え、看護師達も下手に関わらまいと席を外す。
「大和…………………」
ホッとしたような桜井の微笑み。
腕に包帯を巻かれた桜井は、上半身裸で無駄のない肉体美を晒し、背中には輝かしい程の刺青が、灯りに照らされ光ってた。
美しい。
やっぱり、湊はかっけぇ………………。
若いながらに、身体一つで生き抜いてきた青年。
少々生意気だが、培って来たものは大きい。
「竜童へ、ようこ………………」
パシッ……………………!
「その前に、俺の昔話……………してもいいか?」
「湊……………………」
竜童へ、ようこそ。
そう言いかけた大和の手を掴み、桜井は真剣な眼差しを向けた。
「俺の全部を、知って欲しいんだ」
全部を。
知って欲しい。
「これから、俺は死に物狂いで竜童会を駆け上がってやる。嵩原組長やお前に近付く為に、死に物狂いで生きて行く………………だから、お前にだけは俺の過去がどんなもので、未来がどんなものになったか見届けてもらいたい。必ず、今よりも男前になったって、言わせてやるから」
自分が、何故竜童会へ入れたか、桜井にはわかっていた。
自分には、他の奴にはないものがある。
あの嵩原さえ引っ張る気になった、他の奴にはないものが。
「みな…………………」
「俺を……………知ってくれ」
それを、存分に利用してやろうじゃないか。
ただ一つ、愛する人を支える為に。
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