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違和感の正体
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「知り合いが、今度こちらへ来させていただく事になりましてね……………学校の見学兼ねて、手続きの書類を取りに来たのですが、とても大きな校舎なので迷ってしまいました」
窓に映る空が、徐々に赤みを増してく。
見る限り、二人しかいない長い廊下で、颯は謎の来客人を案内しながら、その話に耳を傾けていた。
黒い髪をサイドに流し、一見日本人にも見える長身の男性。
アジア系。
それは直ぐにわかったが、これがどうしてか、何かが気になった。
今更だが、自分はなかなかの人見知り。
初対面の相手をこんなに気にするなんて、大和以来かもしれない。
ただ。
あの時とはそれの意味が全く異なるのは、確かだ。
「こちらへ…………そうなんですか。では、ご引っ越しか何かで?」
それでも颯は、違和感の正体が知りたくて、頑張って質問をぶつけた。
自分の疑念がバレないように、然り気無く……ごく自然に言おうと心がけながら。
「ええ……………まあ、引っ越しですね。日本で、仕事もあったので……………」
日本で……………。
「ああ、ではやはり外国の…………日本語お上手で驚きました。じゃあ、お国は……………」
颯の質問に、穏やかに答えてくれる男性は、身のこなしがとてもしなやかだった。
風すら起きないような、静かな歩き方で足を前へ運んでる。
風すら……………いや、違う。
横を歩く男性の動きに、颯はふと気付いた。
しなやかと言うレベルではない。
多分、これは訓練された身のこなし。
だって、この男……………さっきから、足音一つ立ててないじゃないか!
ドクンッ……………。
心臓が、大きく波を打つ。
全身を駆け巡る緊張に、教材を持つ手がじんわり汗ばむのを感じながら、颯はチラッともう一度横目で男性を見上げた。
あ………………。
「…………………中国です」
中国です。
それを聞くよりも早く、颯の目はある事を思い出す。
バサッ……………………
と同時に、手から教材の一部が滑り落ち、幾つかのファイルが廊下に散らばった。
「…………………どうされました?」
「あ、いえ…………すみません…っ」
自分は、男性の目付きを知っている。
知っているのだ。
慌てて教材を広い集め、身体が震えそうになるのを、颯は必死に抑えた。
片山さん……………っ。
心の中で、すがるように片山の名を呼んだ。
どうしよう。
斜めに見上げたあの角度。
以前、車から見た時と一緒だ。
「お手伝い致しましょう………………」
「だ、大丈夫です……………」
厚みのあるレンズ越しに見てくる、細めの瞳に恐怖を生む。
どうしよう。
逃げなきゃ………………。
パシッ…………………
「…………………っ!?」
しゃがんで教材を拾っていた颯の腕に、突如手が伸びる。
「…………………ありがとうございます。覚えて下さっていたのですね」
「え………………あ……」
身体が、動かなかった。
男性は颯の腕を掴み、ゆっくりとマスクを外した。
間違いない。
数ヶ月前、片山といた時に声をかけてきた、怪しい男だ……………!
ニッコリ微笑む姿に、言葉が出ない。
「お久し振りです、神崎颯様。私は、劉組織幹部スーと申します」
それが、違和感の正体。
「………………おせーなぁ、颯」
開いた窓からは、爽やかな風。
颯を待つ大和は、廊下の窓を開け、中庭を眺めながら風に当たる。
かれこれ、30分以上にはなる。
言わずと知れた、颯は先生達のお気に入り。
職員室へ行けば、ほぼ捕まるのはわかってる。
大和も、ある程度そこは頭にあったが、今日はまた一段と遅いじゃないか?
人が待っているのを知ってて、そんなに時間を潰す颯でもない。
「また先公達が、グダグダ言うとんやろう……………しゃーねぇなぁ、救出して来るか……………」
視線を振れば、玄関にも既に生徒は疎ら。
夕日が校舎を赤く染めるのを目に焼き付け、大和は足元に置いていた鞄を手に取った。
「大和………………っ!」
丁度、今いた場所から立ち去ろうとした時、玄関ホールに名前が響く。
「あ……………海………」
「お前も帰りか…………?」
相変わらずのクールビューティー。
仕事の後なのか、海はスーツを来て立っていた。
いかにも高そうな仕立ての良さが際立つ、細身の黒地にバーズアイ織の綺麗なシルエット。
そこに付く顔がまた嫌味のように、美しい。
これを見ると、自分と海や颯の住む世界の違いを思い知る。
とんでもねぇ、ボンボンやな…………。
育ちの良さは、やはり内面から溢れてる。
「帰りやけど……………颯と待ち合わせしとんねん」
「颯と……………?」
「ああ…………あいつ、職員室行く言うててな…………えらい遅いから、迎えに行こう思うてたとこや」
「そうか……………また、先生に捕まっているのかな」
「俺も、そう思うた」
二人は肩を並べ、颯が曲がって行った先へと歩き始めた。
大和にとっては、本当に数少ない同年代の友人。
今では、結構親しく会話も交わす。
事ある毎に助けられ、大切な仲であるのは否めない。
でも、思ってるだけでは駄目なんだと、片山の話を聞いて考えさせられた。
ずっと、自分はそこから逃げてた。
「なぁ、大和」
「ん……………?」
「颯、何かあったのか」
「…………………え」
暖かい夕日を浴び、おもむろに口を開く友の核心的な問いに、大和の肩は僅かにビクついた。
何か………………。
「あいつ、襲われた以外何も言わないんだ。いつもなら、片山さんに会えば、その話は必ずするのに」
「海…………………」
小さく溜め息をつく海が、らしくない颯を悩ませているのだと思った。
海に、何も話していない。
海だけには、何でも相談してきた颯が。
それだけ、颯の中では、まだ片山の事に整理がついていないのだ…………。
「いや………………それが、さ………」
「それが?………………何だよ」
ジロッと睨む海の怖いこと。
「怖えーよ、目が」
思わず、突っ込まずにはいられないが、海のこう言う所は気に入っている。
颯の事となると、絶対にブレない。
根本的に、自分が颯を守らなくてはならない事を、強く自覚している。
別れた時なんか、本気で殺されるかと思ってた。
「片山が言うてたんや……………ヤクザの自分が、これ以上颯の周りにおったらあかんて。颯の将来の邪魔になるって…………せやから、もしかしたら片山が…」
「はあ?何だ、それ」
しかも、お前はヤクザか!と言うくらい、海は腹が据わってる。
何を聞いても、誰が相手でも、基本同じ姿勢。
冷めた眼差しで、大和を見る目が益々厳しくなる。
「何だ、てっ…………俺らは、ヤクザやからなっ。お前らの将来とか世間体とか、気にすんや………」
「俺の忠告を無視して、最初に颯へ近付いたのは、お前だろ………………ヤクザだろうが、何だろうが、颯を幸せにしてくれたらそれでいい。世間体なんか、クソ食らえだ。俺が握り潰してやるさ」
「海………………っ」
その為に、自分は頑張っている。
実際、言うだけの力を手にした少年。
迷いのない瞳でそれを言い切る海に、大和は頭を殴られたようだった。
負けんなよ。
これほどの17歳が、世界にはいる。
自分の見渡す景色が、まだまだ狭いと痛感させられる。
「やっぱ、すげぇな……………お前」
「………………どこがだ」
「可愛くないのも、ピカ一やけど」
「うるさい」
目から鱗。
清々しい程変わらない姿勢に、完敗した。
そして、そんなやり取りをしながら廊下を曲がった大和は、妙な光景に足を止めた。
「……………………え?」
「どうした、大和」
5メートル位、先。
廊下に散らばった、見覚えある教材の数々。
アレ、確か………………。
確か。
颯が持っていた教材…………!!
「大和………………っ!?」
「颯ォ………………っ!!」
海が叫んだ時には、もう走ってた。
何で。
何で!?
しかも、駆け寄ると颯の鞄までもが落ちている。
「どう言う事や……………」
「これは、颯の…………っ」
鞄を手にする海の横で、周りを見渡す大和の目に、颯は映らなかった。
颯が、消えた。
颯が………………。
「颯ォォォ………っ!!」
校舎に反響する、叫び声。
どんなに叫んでも、返事が来る事はなかった。
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