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威厳
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歩み寄る声に、緊張が走る。
自分は、本当に何をやっているのだろう。
周りに吐き出せなかった迷いに付け込まれ、無様な姿を人に晒す。
愛する人の顔を、真っ直ぐ見れるか?
「山代……………っ!!」
部屋に響き渡る、叫び。
ハッとした時には身体は引き離され、自分にのしかかっていた相葉の巨体が、目の前から消えた。
「何しとんじゃ、テメェ…………仲間に手ぇ出して、どう言う事かわかってんのかっ!」
「ぐっ……………誰や、お前っ!!」
大柄の相葉に負けない、長身。
驚く巨体を引き摺り上げ、胸ぐらを掴む腕力に息を飲む。
「さ……………桜井…………っ」
「大丈夫かっ、山代…………!」
「錦戸さん……………!?」
桜井と錦戸。
乱れたスーツを握りしめ、見上げた景色に、山代の声は震えた。
どうして、彼らが。
相葉を叱責する桜井に、自分へ駆け寄る錦戸。
思いもしない人間の登場が、瞬く間に状況を変える。
「何で、錦戸さんがっ!?か、勝手に部屋に入って来て、何の真似ですかっ」
桜井によって身体を囚われた相葉は、組長補佐である錦戸の顔を見るや、益々暴れるように怒鳴ってた。
「何の真似?お前、この状況でようそないな事が言えるな」
錦戸がいる意味。
それは、とてつもなく大きい。
竜童会の組員なら、組長補佐の錦戸が、嵩原の命令以外では動かない事を知っているからだ。
つまり。
コレが、嵩原の耳に入っていると言う証。
唖然とする山代の身体を支え、こちらを睨む錦戸に、相葉が焦るのも無理はない。
自ずと、我が身を守る事を考える。
「ご、ご冗談でしょっ…………私はただ、山代組長とそう言う雰囲気になっただけです。二人の邪魔、せんでもらえますか」
「な…………………」
苦々しく自分を見つめ、呆れるような台詞を吐き捨てる相葉に、山代は言葉を失う。
そう言う雰囲気。
口の中が、いまだに相葉の舌でおかしくなりそう。
味わいたくない唾液を味わい、身の危険を感じた顛末が、こんな自分本位の言い訳か。
悔しい。
悔しくて言い返したいが、これを導いたのは自分の愚かさだと思うと、山代は唇を噛みしめ俯いた。
「錦戸さん、コイツ殴っていいですよね」
ただ、桜井にそれは関係ない。
詭弁をたれる相葉を掴む手に力を入れ、怒れる顔に甘さは微塵も覗かず。
「ふっ、ふざけるなっ!せやから、俺らは同意やと言うて…………っ」
「山代の顔見たら、どう考えても同意には思えねぇよ。ナメた事抜かすな……………胸くそ悪りィ」
「胸く……………っ」
ジリジリと締め上げる強さに、相葉の顔からは余裕も消える。
桜井が嵩原付きだと知っている組員は、まだ少ない。
当然、相葉もその一人で。
錦戸ならともかく、見も知らない男から罵声を浴びる事に、苛立ちを露にする。
「お前に言われたないんじゃっ!俺が誰の指示でここへ来とんか、知っとんかっ!」
「誰?てめぇをよく知らねぇのに、そんな話頭にある訳ねぇだろ、ボケ」
「は………………」
てめぇをよく知らねぇ。
知らないけど、ぶん殴る。
自分に迫り、片腕を振り上げる男前に、さすがの相葉も絶句。
「すまんな、相葉……………そいつ新人やから、竜童の常識なんざ、通用せえへんで」
「にっ…………錦戸さ…………」
ニヤリと口元を緩め、蔑む錦戸の目付きが視界を埋めた。
これでも、竜童会の若手では腕が立つ。
喧嘩や抗争もそれなりに経験した。
だからわかる、自分の胸ぐらを掴む拳の強さ。
相葉は、額に脂汗が滲み出し、桜井の拳から逃れられない自分を悟った。
「ふっ……藤原さんに言いますよっ!!私の話をまともに聞かんと、一方的に手ぇ出して来よったと!!ええんですかっ……組内で揉め事を起こしても!!」
新人にヤられたなど、赤っ恥もいいところだ。
ヤクザなんて、箔が付いてなんぼ。
自分の部下にも笑われ、自分を推薦した藤原にまで恥をかかせては、自らの将来は無くなったも同然。
何とかしなければ。
天下の竜童会において、幹部の魅力は破格。
一度味わい始めた蜜の味に、すがる必死さ。
今更そこからの転落など、相葉には許されなかった。
「…………………藤原?」
しかし、桜井はその藤原すら知らない。
相葉の渾身の訴えも、首一つ捻って終わり…………。
知る気があるのか無いのか、末恐ろしい新人なのだ。
「アホか、お前!!本部長の藤原さんやっ!組のNo.3位頭に入れとけぇ!!藤原さんにかかったら、お前なんぞ直ぐ切られて終いじゃァ………っ」
終い……………とな。
嵩原の側近を、そう容易く切れるものなら見てみたい。
「…………………と、言うてます。親父」
え…………………。
親父。
それの一言で、世界は一変する。
冷めた表情で、背後へ意識を向ける錦戸に、背筋が凍り付いた。
「あ………………ぁ…」
少し薄暗くなった、入口へと通じる壁と壁の間。
真正面を見たまま固まる相葉の顔は、まさに蒼白。
ガタッ…………………
開いた口からは、聞き取れない程の異様な声を発し、見るも無惨に膝から崩れ落ちた。
「た…………嵩原組…………」
それを目の当たりにした山代も、緊張で呼吸もままならない。
ゆっくり振り返る首が、軽率な行為を責めるよう。
組のトップを動かしてしまった、罪悪感。
それでも、現れた長は、やはりそこに立つだけで空気が違った。
流れる煙草の香りに包まれ、威厳ある様に頭は垂れる。
「藤原藤原、煩いの………………煙草もおちおち吸えへんやないか。なんや、藤原が何じゃほざくんやったら言うてみい……………俺が、幾らでも聞いたるわ」
煙草片手に、見下ろす圧。
幾らでも。
幾らでも、言える度胸があるのなら。
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