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波瀾な人事
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天辺を目指す。
この仲間で。
「若………………先程は、ありがとうございました」
防弾の大きなガラスが片側を埋める、長い廊下。
その長い廊下を、祝いの席へ出席する組員達を従えながら歩く大和の横で、高橋はソッと囁いた。
「え…………………」
「親父らから、助けていただいて……………」
「あ……………ああ…………」
高橋から、礼を言われる。
何だか擽ったくて、大和は青空が眩しい窓を見上げた。
いつもは、逆。
物心ついた時から、何か問題を起こす度に、高橋には助けられるばかりだった。
「………………これからは、俺がお前を守るから」
「はい………………?」
「なんて……………親父やったら、当たり前の様に、格好よう言ってのけられるんやろうけど…………でも、そうありたいって思ってる」
「若…………………」
そうありたい。
少しだけ顔を動かし、大和が視界の端で捉えた高橋は、ちょっと驚いていた。
そりゃそうだ。
高橋と、17歳のヤクザ。
その力は、まだまだ足元にも及ばない。
あの父親の次に実力があると言われる高橋を、守る。
どの口が言ってるんだ。
「俺……………頑張って、お前に恩返ししたいねん」
大和がヤクザに足を入れ、2年。
それは、高橋と二人三脚で歩んだ、2年。
恩を返したい。
「………………はい」
そのお言葉だけで、充分です。
高橋は、そう叫びたい気持ちを抑え、僅かに声を震わせた。
毎日喧嘩を繰り返す、ただの不良から、若頭。
日に日に光を増す大和の成長は、高橋の心に溢れんばかりの幸せをもたらす。
「あー、ただ……………な」
互いの胸が温かい気分になり、しっとりした空気が二人を包み込んだ様に見えた時、大和はバツが悪そうに高橋へ目を向けた。
「ただ……………?何でしょう…………」
「今回の人事……………お前のフォローが、必要になるかもしれん……………」
「フォロー………………?」
フォロー。
仕事の面でだろうか?
それなら、今までと何も変わらない。
これまでだって、まだ慣れない大和が、組でも血の気が多い武闘派を率いる事になった際も、高橋は持ち前の力で荒くれ達を黙らせた。
それが、七千人になろうが、一万人になろうが、高橋にとっては同じ事。
大和の為になるよう、動かすだけ。
「……………若…………その事でしたら………」
「精神面をな………………」
「…………………は」
精神面。
大和がそれを口にすると、廊下の奥に構える大きなドアが開き、聞き返そうとした高橋の言葉を遮った。
「若ァ……………っ!!おめでとうございます!!」
関東支部一階に設けられた、広い一室。
これからここで、大和を中心にした関東支部幹部達との、関東制覇への戦略が繰り広げられる。
今日はそこに、関東支部に作られた70ヶ所のトップと、関西からの選ばれた幹部が集まり、大和の支部長姿を祝うのだ。
大和の登場に、待っていた組員達は一斉に声を上げ、新しい門出へ拍手で出迎えた。
「………………さすが、迫力が違いますね。全国一とは、集まった顔ぶれからして目を見張る」
満場の拍手に埋もれる大和を見つめ、山代は佐々木の葬儀を思い出す。
あの日も、この幹部達の圧に、柄にもなく緊張した。
全国一でなければ、経験出来ない世界。
大和と挨拶を交わす、関西本部総本部長藤原や事務局長榊とて、その名は全国に高い。
下手したら、飲まれる。
仮にも組長をしている山代さえ、気を引き締めなければと思わさる空気に、深い息を吐いた。
「私も、慣れるまで時間がかかりました」
「伊勢谷さん……………」
「俺かて、そうです。これで、親父が主役の日なんか、今でもビビりますよ……………幹部の方々なんて、ホンマ敷居が高過ぎて、粗相せんよう気ィ付ける事だけで精一杯ッス」
いつの間にか両脇に立つ、伊勢谷と花崎の話に、山代は心なしかホッとする。
そして、改めて思う。
大人である自分達がこんな状態なのに、それを真っ向から受け止める大和は、なんと腹が据わっているのか。
自分の目に、狂いはない。
やはり若頭は、素晴らしい。
「………………あの隣へ、私も早く行きたい」
隣へ。
山代の美しい瞳に映る、高橋の背中。
病のせいで、道を見失っていた山代の人生に訪れた、生きる希望。
大和がいなければ、生きたいなんて思わなかったし、生きられるなんて知る事もなかった。
大和がいなければ……………。
「若頭……………」
生きるとは、欲が心に巣を作る。
高橋に、負けたくはない。
自分も、大和の為に生きたい。
新たな道を見出だした山代の胸にも、秘めた闘志が、消えない火を点す。
「………………山代さん?何か言われました?」
「いえ……………何も………」
微かに耳をかすめた声に伊勢谷が反応すると、山代は何事もなかった様に微笑む。
秘めた闘志は、見えないからこそ、よく燃える。
ザワッ…………………
そんな中、会場の目が、一点に注がれる。
「お………………ついに、大和の出番か…………」
「みたいですね………皆が、若へ注目してはります」
会場が一際沸いた頃、周囲に気付かれないように、嵩原と錦戸がドアの隙間から顔を出す。
自分が入ると、どうしてもこちらへ視線が集まる。
大和の門出の邪魔はしたくない。
嵩原は、錦戸と後ろのドアからわざと滑り込んだ。
「さて…………どんな采配を、見せてくれるかな」
会場の片隅から遠い我が子を眺め、嵩原の口元は緩む。
ヤクザながらに、子育てをしてきた日々。
ヤクザのくせに。
ヤクザが親なんて。
何度、影で言われてきたか。
しかも、息子までヤクザ。
救いようのない、馬鹿親だ。
でもこんな時、その馬鹿親は、我が子の門出に目を細める。
結局、頑張った息子を、誇りに思ってしまうのだ。
「しゃーない……………これが、俺の子育てや」
一つ言えるのは、我が子への愛だけは、誰にも負けない自信がある。
「皆………………今日は、この関東支部立ち上げの席に集まってくれて、ホンマにありがとう。皆が力を合わせてくれたお陰で、やっとここまで来れた。感謝してもしきれんて、心の底から思うてる」
七千の兵。
支部の為だけに集められた数。
それは、父親の力あっての数。
大和だけでは、到底集める事は出来なかった。
今日、大和はそれを一手に引き受ける。
感謝しかない。
感謝しかないからこそ、大和は腹を決めていた。
「そして、この言葉を関東全域70ヶ所で聞いている組員達にも、伝えたい」
関東全域70ヶ所。
そう、大和の言葉はマイクを通し、70ヶ所の事務所で待つ組員達へも流された。
「目指すは、関東制覇。どんな敵が現れようと、見るのは前だけや…………関西本部に負けへん支部を作り上げたる。せやからその為には、俺も妥協はせえへん…………関東を、4つの地区に分けて成果を上げていく」
4つの地区。
誰も聞いていなかった発案に、会場はざわつき始めた。
4つの地区。
それは、一体………………。
「ええか……………4つには、互いに切磋琢磨し合うてもらうからな、根性入れぇよ。そこに振り分けられた事務所は、地区のトップに報告を怠るな。勿論、トップはそれ相応の才を発揮せなあかんぞ」
大和は会場中を見渡し、怯む事なく自分の考えを述べていった。
「地区の、トップ……………」
トップ………………?
全てを大和に託した嵩原もまた、組員達と同じ様に頭を捻る。
厳つい幹部達の上に、またトップを持ってくる。
これは、予想外の発想。
………………面白い。
組長として、嵩原の期待は、早くも大きく膨らんだ。
「地区は、東西南北。東に、伊勢谷」
ザワザワッ………………
「え………………っ!?」
会場の空気が一気に騒がしくなり、同時に伊勢谷が驚きの声を張る。
しかし、驚くのはこれだけではなかった。
「西に、山代。南に、高橋。北に、花崎…………この4人で、関東支部を仕切ってもらう!!」
東に、伊勢谷。
西に、山代。
南に、高橋。
北に、花崎。
大和は、勝負に打って出た。
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