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課せられた壁
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東に、伊勢谷。
西に、山代。
南に、高橋。
北に、花崎。
高橋以外は、まだ幹部にもなれていない、若手。
幹部の上に、その若手を配置する。
大和の勝負は、会場中を動揺で包み込んだ。
「…………………勝負に出ましたね、若」
会場の一番後ろで、様変わりしていく景色を眺め、錦戸は隣に立つ嵩原へ話しかけた。
勝負。
これが、どちらへ転がるか?
上手くいく保証はない。
実力はあっても、まだ未知数。
見るものによっては、無謀とも言える若手の起用。
嵩原の右腕として、組の運営に携わる錦戸にとって、関東支部の先行きは、ただでさえ組の将来を左右する大きな出来事。
「ただの賭けでは、あかん……………」
莫大な資金を投資した支部を、潰す訳にはいかない。
若、どうかお願い致します………………。
厳しいかもしれないが、錦戸の目は、常に組の先を見据えて頭を働かせていた。
「幹部らも…………それなりの結果を出して、今に至るさかいな。いくら大和の側近やからって、高橋以外の若いんが上に来るんは、気に入らんやろ」
「………………親父」
錦戸の思いを悟る様な、嵩原の言葉。
そうなのだ。
高橋だけなら、有り得る話。
自分達以上に結果を出し、本来なら若頭に最も適していると感じる高橋なら、異論はない。
でも、あとの3人となると、意味合いが全く変わってくる。
病から復帰したばかりの、山代。
密偵No.1でも、集団での活動は少ない、伊勢谷。
若手実力トップクラスと言えど、何せ若過ぎる、花崎。
「幹部らの同意を得られるか…………まずは、そっから勝負に出たか、大和」
この瞬く間に変貌を遂げた空気を肌で感じ、嵩原は大和の采配を見る。
大和自身にも、強い風当たりになりそうな采配。
立ち上げ早々、波瀾の幕開けである。
しかし、一筋縄ではいかない景色を見つめる嵩原の表情は、何故か笑顔だった。
「我が息子ながら、おもろい事考えるわ…………ええんやないか?凝り固まった思考をぶつけるよりは、たまにはガツンと殴られる位の衝撃が、デカい流れを作り出す事もある。……………いつも高橋に引っ張られとった伊勢谷達にも、実力を引き出させるええ機会や」
困った時の、高橋。
高橋がいてくれるから、大丈夫。
関東組の中に、いつの間にか根付いていた、高橋への頼り方。
それが、互いに切磋琢磨。
嫌でも高橋を目指す事になる案に、嵩原はこれからの竜童会を見ているようで、自然と目を細めた。
「錦戸……………お前も、あの中で勝負してみたいんちゃうか?俺はかまへんで……………お前が望むなら、話つけたるし」
今や、竜童会で実力のある若手の競演。
力がある者なら、腕がウズウズしたって仕方がない。
嵩原は自分の横で、ライトを浴びる仲間を見ている錦戸へ、軽い発破をかけた。
「まさか……………意地悪ですね、それ。私は、親父の近くで精進致します。万が一、親父が要らへん言わはるなら、ダッシュで前へ走りますけど」
確かに、魅力的な競演である。
高橋に、現在の自分はどこまで近付けたか、試してみたい気もする。
だがそれは、敬愛する嵩原の隣を捨ててまで、行きたいものではない。
冗談でも聞き捨てならない言葉に、錦戸はふて腐れ気味に目を逸らした。
「クス…………そうか、そら良かったわ」
「は………………?」
「高橋にフラれて、お前にまでフラれてしもうたら、俺……………立ち直れんわ。もう、お前が最後の右腕やて、決めてるから」
「え…………………」
最後の右腕。
自分に綺麗な瞳をさらし、なに食わぬ顔で話す嵩原に、心が拐われる。
「な、何……………親…………親父……っ」
恥ずかしい位のシドロモドロと、顔の熱。
錦戸は熱い顔を手で押さえながら、込み上げる嬉しさに、思わず後退りした。
見られたくない、こんなわかりやすい自分を。
いつもはクールで、辛口。
赤い顔なんて、滅多に見せないのに…………。
「あ?そないに、逃げんでもええやろ?今、めっちゃ可愛い顔してんのに」
そう言って、普通に腕を掴んで来る嵩原の、罪な事。
「かっ…………可愛…………も、親父っ!」
腰、砕けそうです。
嵩原に掴まれた腕を前に、錦戸は腰を引いたまま動けなくなる。
「か、からかわんで…………下さい………」
だって、好きなんだから。
好きなんだから………………嬉しい言葉をかけられ、腕なんか掴まれたら、心臓が張り裂けそうな位高鳴ってしまう。
「錦戸………………お前………」
錦戸のあまりに困惑した姿に、嵩原が顔を覗き込もうと、身を屈めた時だった。
どよっ…………………
会場が、一層と緊迫した姿を現す。
「親父………………」
錦戸は、ハッとした様に嵩原を見上げた。
「ああ……………幹部らの反撃が、始まったな」
幹部らの反撃。
関東支部を盛り上げる為に集められた、事務所トップを担う70人。
そして、依然として大和へ不満を抱く、関西からの幹部。
大和が発表した、解せない人事に異論が飛び交う。
「若っ……………どう言う事ですかっ!!ワシらの上に若手やなんて!!」
「そうですっ!!無謀過ぎやないですかっ!」
組の幹部は、平均年齢40~50。
今回、大和の案で上に就くのは、4人中3人が二十代。
当然、納得がいかない。
長年培ってきた自分達のプライドが、頭から押さえ付けられた気がする。
祝いの席だとわかっていても、幹部達は口々に異論を唱えていった。
「どう言う事て………………言うた通りや。俺は、関東に来てから、ずっと側で支えて来てくれた4人を選んだだけ……………こいつらの実力もわかっとる。こいつらなら出来るて、確信しとんねん」
だが、大和も引く気はない。
幹部達が自分の前に来て、大きな声を張り上げようと、一ミリも首を縦に振る素振りを見せなかった。
何故なら、幹部達に言われなくても、充分悩んだ。
関東支部建設が決まってから、ずっと。
無謀かもなんて、とっくに考え抜いて、通り越した。
今更、だ。
「俺は、これで天辺を目指す。誰が何言うてもな、変える気はないで」
「若………………っ!!」
悠然と言ってのける、大和の真っ直ぐな眼差し。
波瀾が起きる事も、勿論、承知の上。
全ての矛先が自分に向くなんて、覚悟していた。
「大和…………………」
それを目の当たりにする、伊勢谷や花崎の戸惑う表情。
まさか、自分達が、幹部。
そんな大それた事、想像すらしていなかった………。
それが出来るかさえわからないのに、話がどんどん進んでいく様に、若い二人はただただ重圧に押し潰されそうになる。
「若が言うてたフォローは、これか……………」
俯く二人の背中を目にし、高橋は冷静に呟いた。
精神面の、フォロー。
幹部達じゃない。
突然舞台に上げられた、花崎達へのフォロー。
「…………………なるほど」
大和が言いたかったのは、それだ。
だが、それは決して楽な話ではない。
大和の右腕であり、南地区を仕切り、花崎達の精神面を助ける。
多忙を極める高橋が、もっと忙しくなる。
忙しく。
「やってみせましょう、若……………それが若のお力になれるのなら、私は苦ではありません」
幹部達の矢面に立つ大和を見つめ、高橋は新たな決意を固める。
高橋だって、わかっている。
高橋だから、大和がそれを持ちかけた事を。
絶対的な信頼。
多くを語らなくとも、高橋と大和の間には、深い絆が二人を結ぶ。
「…………………若の為に」
高橋の心に、迷いはない。
「若っ!!では、ワシらが降りる言うたら、どないしはるんですかっ!!」
そうして、幹部達も賭けに出る。
納得のいかない人事に、支部を揺るがす決断を口にする。
たった3人の若手と、70人の幹部。
どちらを取るのだ、と。
どちらを?
「でしたら……………西地区から、出て行って下さって構いません」
ザワッ…………………
沈黙を打ち破り、この男が口を開く。
西地区から。
山代の言葉が、会場を静まり返す。
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