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右腕の資格
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山代の言葉が、幹部達を動かした。
それは同時に、周囲へ強い印象を植え付けた。
この男と、関東を戦う。
高まる高揚感と、負けられない重圧。
「フォロー……………要らんかったな…………」
長い廊下の片隅。
嵩原と花崎の話す姿に、ホッとする。
「高橋さん……………」
二人にバレないよう、大きな柱の影から様子を伺っていた伊勢谷は、後ろで微笑む高橋に、顔を赤らめた。
「すみません……………盗み見するつもりは、無かったんですけど……………」
「花崎が、心配やったんやろ?………ありがとうな、伊勢谷…………そうやって、気にしてくれて助かるわ。あいつ、あれで結構無理するさかい…………自分でも知らん間に、自分を追い込んでしまうしな」
垣間見える、若手の厳しさ。
周りへ気を配り、常に最も働いてなんぼの世界。
当たり前だが、中々それが出来なくて、若い者は上に叱られるのが関の山。
でも花崎は、叱られる事なく、それをやってのけていた。
だからこんな時、その頑張りが崩れてしまうんじゃないかと、近しい者達は心配になる。
ましてや山代のアレを見た後だけに、ソッと会場を抜け出た花崎が、伊勢谷は気が気ではなかった。
「はい………………こっちへ来て、花崎と度々行動を共にするようになって、あいつの良さを知りました。周りを暗ろうさせまいと、よう頑張って盛り上げてますし、若にとっても、唯一遠慮のう言える存在です。そんなあいつの…………泣きそうな顔見てしもうたら…………つい、足が……………」
周囲に気付かれないように俯いていたが、チラッと見えてしまった潤む目。
きっと、重圧に潰されそうになったんだ…………。
自分より歳上ばかりの中で、居たたまれなかった想いが、若い伊勢谷にもよく理解出来た。
「……………でも、いらん心配でしたね。親父の方が、断然早かったです」
遠くに見える嵩原へ目を向け、伊勢谷は苦笑い。
何だかんだと言って、親父は親父。
自分達を救う術を、ちゃんとわかっている。
「敵いません……………やっぱり、素晴らしい」
「まぁ……………せやから、『親父』が出来てはるからな。あの人の上へ行けたら、親父は要らんわ」
「………………ですね」
互いに顔を見合わせ、二人は笑みを浮かべる。
結局、3人共、嵩原に拾われた。
嵩原がいなかったら、出会う事もなかった関係に、妙な親近感が湧く。
「伊勢谷……………お前は、大丈夫か?」
「………………え」
「山代は、組長をしているだけあって、人を動かす力に長けとる。いきなり彼処を狙えとは、俺も言わへん。ただ……………無理だけはすんな?先は、長い。無理したら、後で必ず息切れするさかいな……………何かあったら、花崎もお前も、直ぐに俺ん所へ顔出しや。親父は、最後の最後で頼るんがええ」
「た…………高橋さん………」
間近に迫る、高橋の綺麗な笑み。
伊勢谷は、赤かった顔を一段と赤くして、返事に詰まった。
関西で、嵩原に拾われてから高橋と暮らし、沢山の事を学んだ、伊勢谷。
また、高橋の側に居られる。
こうして言葉を交わす度に、何度その嬉しさに浸った事か。
「二人共、俺の大事な家族やからな。忘れんでや」
「……………はい」
大事な、家族。
花崎の涙が、伝染しそうになる。
過酷な道を歩むからこそ、人の優しさの価値を知る。
情に厚く、情に脆い。
ヤクザだって、涙くらい持ってます。
温かい高橋の心に触れ、伊勢谷の美しい瞳が涙に滲む。
「すまんかったな、山代…………」
「はい………………?」
一方、こちらは絆を深め合う。
山代の救いの手に、大和は素直に礼を言う。
「……………………若頭」
「お前の言葉が無かったら、もっと尾を引いてた」
「あ…………………」
爽やかな、笑顔。
自分の行動を称えてくれる大和の笑顔に、山代は顔を綻ばせる。
「そんな事……………私は、自分の気持ちが先を行っただけですから」
「先………………?」
「はい、先です」
先を行った?
答えの読み取れない大和は、僅かに首を傾げた。
山代の『先』って、何だろう。
今日の山代はとても頼もしくて、言葉一つ興味を覚える。
山代って、こんなに魅力的だったっけ?
変な意味ではなく、男として惹かれる。
大和が、昔から知っていた匂い。
そう、何処と無く父親や高橋に似ている…………。
大和は目の前に立つ山代に、大物の気配を感じた。
「若頭と、てっぺんを狙いたい………私がここへ来た理由は、それだけです。それの邪魔を、誰にもされたくはない。そう思ったから、話を進めさせて頂きました………すみません、出過ぎた真似をして」
若頭と、てっぺんを。
大和が、合言葉の様に山代へ言ってきた、台詞。
てっぺん。
そこは、遥か遠く高い場所。
生きる意味を見出だした山代の目は、その『先』しか映らない。
それが、大和と自分を繋ぐ、たった一つのかけがえのない約束だから。
こんなスタートラインから、グダグダ足踏みをしている暇はない。
だから、山代は動いたのだ。
「山代……………」
真っ直ぐに自分を見据え、想いを口にする山代の穏やかな眼差しに、吸い込まれそうになる。
大和は微かに頬を熱くし、思わず立ち竦む。
山代の覚悟は、本物だ。
たかが17歳の若頭が語った言葉を、山代は迷う事なく受け止めてくれている。
嬉しくて、何とも有り難い。
「若頭……………」
「ん……………?」
「もうすぐ……………刺青が彫り上がります」
「…………………へ」
「是非、見て下さいね…………」
是非。
綺麗な山代の、綺麗な笑みに目を奪われる。
ぜ………………。
「あ、ああ……………」
そう言えば、そんな話……………。
(恋愛男子+、#86『背中に咲く、華』より)
山代に頼まれ、山代の刺青を考えた、大和。
今まで、病で背中に刻めなかったヤクザの証。
騎龍観音。
刺青を深く知らない大和が、嵩原に相談し決めた、未来の二人の画。
大和の背中に描かれた龍に乗る、観音様。
嵩原が、大和が道を違う事ないよう、山代が導ける存在になれるようにと、願いを綴った。
それが彫られた、山代の背中。
さぞ美しかろう。
「お願い致しますね、若頭」
「は……………はぃ」
あかん………どうしても俺、山代に弱い………。
拒否、出来ないんです。
「…………………若」
そんな、大和が歳上の魅力に押されている時。
見計らった様に、この男が現わる。
「高橋……………」
主へ然り気無く歩み寄る、右腕高橋の姿。
「申し訳ありません、お話し中……………」
「いや、かまへんよ……………どないしてん?」
「はい、花崎と伊勢谷……………少し話をして来ました。親父も動いて下さったんで、しばらくは大丈夫かと…………」
「親父が…………?そうか、そら悪かったな…………ごめんな、高橋」
「いいえ、私は当然の事をしたまでです」
花崎と伊勢谷。
大和もまた、それを気にしていた。
幹部達に囲まれ、主役の自分が席を外す訳にはいかない状況。
行きたくても、肩さえ叩けない大和の心情を悟り、高橋は黙って手を差し伸べに行った。
そして、漏れる事なく掬い取った旨を、大和は安心した顔で報告を受ける。
相変わらず、完璧な高橋の補佐振り。
その一部始終を、面前で見せつけられる、山代の気持ち。
恋とは、誠に因果である。
お互い、愛する人は、同じ。
目に見えないからこそ、感情は激しさを増す。
「それから……………幹部達が、若に酌をしたいと。今後の事もありますから、お受けして下さい。花崎達が動きやすくさせる為にも、歳上は敬うべきです」
「………………わかった。行って来る」
的確な、指導。
歳上の幹部達を、きちんと立てる。
歪みを消し、兵を気持ちよく動かす。
支部運営には、大切な事。
大和は笑顔で聞き入れ、山代の方へ振り向いた。
「山代…………すまんけど……………」
「はい、行って来て下さい。私は、充分お話させていただきました」
「ありがとう…………ほな、ご機嫌取って来るわ」
充分?
満たされる事なんてない。
愛する人との時間は、いくらあっても足りない位だ。
それでも、表情を作る。
高橋には、負けたくないから。
軽く手を挙げ、去って行く大和を見ながら、山代は小さく息を吐いた。
「………………さすがですね、高橋さん」
「さすが………………?」
「若頭の為に、全てを尽くす……………行動一つ、無駄がない」
竜童会きっての、色男。
その上、完璧。
ズルいと思わないだろうか?
「妬けてしまいます……………私は…………」
妬けて………………。
こんなにアッサリ、愛する人を拐われたのだから。
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