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笑顔の下
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見えない部分ほど、見えた時が恐ろしい。
例えば、燃えるような嫉妬、とか。
「…………………妬ける?」
最初の緊迫さが消え失せ、酒が入った会場。
周囲からは、大きな笑い声や冗談を飛ばす話し声が聞こえる中、高橋と山代を包む空気はやや違っていた。
「妬けるとは、何を以て言うとんのや」
竜童会で、嵩原に次ぐと言われる、有能な男。
右に出る者は、いない。
だから、常々言われてきた。
高橋は、最高の右腕だと。
その高橋が、竜童会へ入って歳月の浅い、有能な男山代の言葉に反応を示す。
何を以て。
大和が幹部達の所へ合流したのを見届け、振り向き様にそう聞き返して来た高橋に、山代は僅かだけ口元を緩めた。
「………………おわかりではないですか?高橋さん程の方が、私の気持ちに気付かない筈はない」
わかっているくせに。
山代の緩んだ口から、そんな言葉が漏れ出そうな気がした。
それでも高橋は、山代の視線から目を逸らし、あえてシラを切った。
「さぁ…………言うてる意味が、わからんな。俺は、若のお世話で精一杯や…………他人の感情まで関心はないわ」
関心はない。
そんなのは、嘘だ。
関心があるから、邪魔をした。
そう、邪魔をしたのだ。
幹部達が、大和に酌をしたがっていたのは本当だったが、急いではなかった。
山代との話が終わってからで良いと、高橋へ気遣いを見せていた。
それを、わざと高橋は大和へ歩み寄って行った。
山代の大和を見る眼差しが、あまりにも熱く、想いに溢れていたから。
「そないな事気にしている暇があったら、支部を守り立てる事に精力を注ぎや」
顔色一つ変えない、高橋の淡々とした態度。
それがまた、山代の心にズシンと響く。
お前に、若との間に入る隙はない。
そう言われているようだった。
「支部は、守り立てます………………私には、若とした大切な約束がありますので。それを達成する為には、誰よりも努力をするつもりで戦います」
「………………そうか、楽しみやな」
自分を、真っ直ぐに見据える、山代の美しい表情。
きっと、その実力は、あっという間に竜童会に広まるだろう。
高橋の目から見た、山代の器。
それは、紛れもなく数年も経たずして、最高幹部にまで上がれるもの。
大和がどうして惚れたか、考えなくとも理解出来る素晴らしい力を秘めている。
「はい、頑張ります……………そして、いつかは高橋さんに負けない様な存在になれる事を、目指します」
高橋に負けない様な………………。
上品な物言いで、山代は高橋へ勝負を挑む。
中々勝てないと思うからこそ、気持ちは昂る。
高いハードルが目の前にあった時、それを飛び越えようと努力出来る時間が、今の自分にはあるからだ。
惜しむ必要は、何も無い。
「………………俺に…………負けない…………」
負けない。
負けないだと……………?
逆に、立ち去ろうとしていた高橋は、山代が口にした発言に、一瞬動きを止める。
冷静でいなくてはならない。
いなくてはならないのに、山代の才が、高橋の感情を揺らした。
「そら………………随分、頼もしい話や。せやけど、俺はこの世界に入って、親父以外に負けた事がない。あの人だけには、どうしても歯が立たんかった………そんな俺を負かす言う事は、お前は親父レベルになれる言う事やな?」
親父レベル。
そこは、出来るだけでは目にし得ない世界。
「嵩原竜也と肩を並べられる男がいたら、俺も見てみたいわ」
ここに来て、高橋は初めて感情的になった。
いや、他の者からしたら、冷静さは欠いていない。
だが、完璧な高橋にしてみたら、この小さな変化が感情的なのだ。
負けたくはない。
完璧と謳われる高橋とて、負けたくはないと思う。
病から復活し、その存在感をさらした山代の登場に、大和へ育んできた愛が、嫉妬で狂いそうになる。
「さぞかし、ええ景色やろな……………」
そう言って、静かに語る高橋の目は、美しい山代の姿を捉えた。
「高橋さん………………」
自分を見つめるその目に、ゾクッとする。
踏み込んではいけない領域へ、足を入れた。
目の奥底に見える微かな光に、山代は今までにない、高橋の素顔を覗き見たようだった。
高橋さんの本性って………………。
他のヤクザ者とは、明らかに違う匂い。
出来る男だからこそ、山代にも小さな変化が目についた。
「………………申し訳ありません。口が、過ぎました……嵩原組長には、足元にも及びません。ただ、高橋さんに近付きたいのは、本当です。竜童会の若手なら、誰だって目標にしているでしょうから」
山代は、高橋の言葉に躊躇う事なく頭を下げる。
嵩原の名前を出されては、そこに自分を並べる訳にはいかない。
ましてや、これ以上高橋と事を交えては、大和を困らせるだけだと、判断した。
「別に……謝る事やない。この世界は、下克上や………誰もが上を見て、それに向こうて夢を語る。お前の想いの強さは、ようわかった。俺も抜かれへんよう、気張るだけや」
高橋は、それだけを言うと、山代に背を向け大和がいる方へ足を進めた。
気張るだけ。
その気張るだけが、現在の竜童会で、確固たる右腕の地位を確立している。
「何と遠い道なのだろう…………」
立ち去る高橋の背中を眺め、山代はそこへ辿り着くまでの長さを想う。
「でも、負けられないんです…………私も、本気ですから…………若頭への気持ちは」
日に日に増す、愛情。
何故、人は人を求めるのか。
結ばれないとわかっている、恋をする。
決して楽ではない、苦しい恋。
有能な男が二人、同じ主の為に、競い合う。
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