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主従関係
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いつも、側に。
でも、見えない壁がある。
高橋。
俺は、お前をちゃんと見れてるんやろか?
「若…………………今日は、お疲れ様でした」
深夜2時。
繁華街のネオンの明るさを遠くに望み、静まり返った高級住宅街に、数台の外車が停まる。
竜童会若頭、大和を見送る為に、護衛で付いた組員達の車である。
「遅うなりましたが、どうかゆっくりとお休み下さい。朝は、遅めにお伺い致しますから」
マンションのエントランス前、高橋はいつもと変わらない笑顔で、大和を見送る。
「ああ…………………高橋こそ、疲れたやろ?しっかり休んでや…………………」
「はい……………………ありがとうございます」
いつもと変わらない。
その姿に、大和は内心ホッとする。
良かった…………………普段の高橋や………………。
今日の夕方での出来事。
父親を見送ってからの高橋が、大和はずっと引っ掛かっていた。
強引だったかもしれない。
高橋に自分を責めて欲しくなくて、無理矢理話を終わらせてしまった事。
もっと、ちゃんと聞いてあげれば良かったのかも。
組員達と酒を酌み交わしながらも、それは大和の頭を過り続けた。
自分はあそこで終わらせてしまったが、多分、きっと高橋の中では終わってはいない。
あれから、盛り上がる会場でも、時折物思いに更けてる高橋の姿が目についたから。
「高橋……………………あんな…………」
大和はどうしても気になって、もう一度高橋と話そうと思った。
高橋の心に何かあるのなら、自分が聞いてあげるべきじゃないか。
今、自分は高橋の主。
一番、近い存在の筈。
「大丈夫です…………………若、ご心配いりません」
「え………………………………」
話を始める前から、高橋は大和へ微笑みかけ、返事をする。
大丈夫。
「…………………大丈夫です…………………」
「あ……………………ん……………」
『あ』と『ん』。
情けないが、ハッキリと答える高橋に、それ以上が出なかった。
マンションに入る足を止めていた大和は、高橋の繰り返される『大丈夫』を、ただただ頷きながら耳に入れた。
強い。
高橋は、本当に強い男だ。
どんな時も、こうして笑顔を絶やさない。
笑顔を。
まるで、父親みたいに。
だからだろうか?
父親以外に、高橋が弱味を見せない気がするのは。
「おやすみ…………………高橋………………」
大和は、気持ちを振り切るように、高橋へ笑みを浮かべて見せた。
自分では、まだ役不足。
高橋の笑顔が、そう言っているようだった。
………………………その通りかもしれん。
自分は、高橋に支えられてばかりで、高橋の地獄だったと言う過去も、何もかも………………詳しい事は何一つ聞かされていないのだから。
高橋もそれをわかっているから、弱音を吐かない。
いや、吐けないのだ。
「おやすみなさいませ、若」
頭を下げる高橋に、大和は何も言えないまま、自動ドアを抜けて行く。
有能な右腕。
山代の様な、儚い弱さもない。
花崎の様な、危なっかしい脆さもない。
伊勢谷の様な、孤独に耐える陰もない。
とにかく、完璧な高橋は、常に凜とし、周囲を引っ張ってくれる兄貴な存在。
その完璧さ故に、今まで自分がどれだけ甘えていたかを、大和は今更のように思い知る。
こんな、高橋が悩んでいる時に、それに見合う手を差し伸べられない未熟さ。
上手い言葉の断片さえも思い付かない、浅はかな主よ。
「高橋………………………」
ポツリ。
つい、大和はその名を口にする。
高橋……………………。
俺は、お前をちゃんと見れてるんやろか…………?
自分は、相変わらずどうしようもないガキだ。
高橋の為に身体は張れても、心は掬えない。
高橋が自分に付いてくれた2年間、返しきれない程の力を、この未熟な主に注いでくれたのに。
滅多に見る事のない高橋の暗い顔すら、救えないんだ。
「………………………高……………………」
ガシッ……………………………!
へ………………………。
エントランスへ入り、ポツリポツリと大和が高橋の名前を呼んだ時、背後から何かに腕を掴まれる。
「若…………………………」
振り向いた大和の視界を塞ぐ、高橋の笑み。
「た…………………高橋………………っ」
俯いた背中で、自分を呼ぶ愛しい人。
高橋は、その後ろ姿がいたたまれなくて、思わず手を伸ばしていた。
「私は、若の側に居られて幸せです。何の不満もございません。ただ、私にも男としての愚かな意地があります……………………愛する人の前では、格好つけたい愚かな意地が」
「は………………………」
愛する人の前では。
愛する………………人?
それって、もしかしなくても………………もしかしないよな?
掴まれた腕を高橋に支えられ、大和は自分を見つめる綺麗な瞳に、顔をみるみる赤くした。
「どうか、お察し下さいませ……………………若」
目を細める色男の、罪な囁き。
お察し…………………下さいます。
未熟な主は、腰から崩れ落ちそうです。
「た、高……………………高…………橋…………」
もう、シドロモドロで、顔の熱さに目が回る。
「…………………………親父が心配されます。ご自宅に戻られましたら、笑顔をお忘れないよう」
「…………………はぃ………………ぃ………………」
高橋は、大和からソッと手を離すと、最後にいまだ熱い額に指を滑らせ、少しだけ乱れた髪を優しく整えた。
優しく、優しく。
高橋の愛が、指先から惜し気もなく流れ出る様に、優しく。
それがまた、大和の若い肌を益々赤く染めていった。
「素敵です、若……………………改めまして、おやすみなさいませ」
「お…………………おやすみ、高橋」
「はい…………………………」
はい。
高橋が言うと、何だかとても心地好い。
結局、高橋の巧みさに負けた。
大和は高橋の見守る中、エレベータのボタンを押し、開かれた空間へ足を入れた。
その際、ちょっとだけ高橋へ目を向けた。
わかっていたが、自分が消えるまで、高橋はちゃんと見てくれていた。
しかも、やっぱり笑顔で。
「……………………お疲れ様でした」
深々と頭を伏せ、完璧な側近は、最後の見送りを完璧に終わらせる。
ブゥゥゥ……………………
真夜中のエントランス。
大和の乗ったエレベータが、静かに上がっていくのを耳で感じ取りながら、高橋はゆっくりと顔を上げた。
「若……………………申し訳ありません」
そう呟く高橋の顔には、もう笑みはない。
大和は上手く誤魔化したが、昼間の話が頭から消えなかったのは、本当だ。
「若に心配かけるやなんて……………………俺も、まだまだやな…………………」
何かが、起こる。
嵩原が、早々に関西へ帰る事を決めたのが、いい例だ。
昔から、こう言う時の嵩原の勘に、間違いはない。
「劉組織…………………………俺のせいや……………」
誰に責められなくとも、心は責める。
高橋はエントランスを出ると、まだ明けぬ夜空を見る。
曇り空なのか、星さえ見えない暗い夜空。
まるで、近付く未来のよう。
「闇は、全てを飲み込むか………………それとも、光が勝つか……………………」
光が。
高橋の目に、それは何を見る?
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