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意地と見栄と、馬鹿な恋
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好きな人の前では、強くありたい。
馬鹿な男の、馬鹿な恋。
でもそれが、時に相手を苦しめる。
「アホんだらは、お前や……………………ボケ」
美味しそうな、雑炊の香りが漂うキッチン。
小さな土鍋が、グツグツと煮える音に耳を取られながら、安道の叱責がカウンター越しに飛び出す。
「俺は、少し慎重に調べろって言うたやろ?何、いきなり本人にぶちカマしとんじゃ、アホ。高橋が普通やなかったんやぞ………………お前が、冷静にならんでどないすんねん」
「くっ…………………だって……………」
「だって?一端の若頭の分際で、だって?言い訳すな、情けねぇ」
まるで、お父ちゃん。
いや、お父ちゃんよりも恐いかも……………。
テキパキと高橋に食べさせる雑炊の用意をし、自分へ厳しい喝を被せる安道に、大和は撃沈。
返す言葉もなく、カウンターに手を突き、シュンとする。
無理もない。
高橋へ、思わず感情をぶつけてしまった大和は、居たたまれず直ぐ様部屋を飛び出した。
自分を見つめる高橋の瞳に、胸が引き裂かれそうだったから。
京之介ぇーっ、どないしよぉぉ…………………っ!!
と、逃げ帰ったキッチンでの、今のコレ。
安道、容赦ない。
「…………………キツ………………」
はい、とても。
「当たり前や。てめぇのガキが成長する為なら、憎まれ口なんざ、なんぼでも言うたるわ。特にお前は、その辺のガキとは全く違う道を歩いとんやからな…………………生半可な気持ちで向き合えるか」
しかも、てめぇのガキではない。
でも、大和を想う厳しさは、大和の心に素直に入り込む。
嵩原しかり、高橋しかり……………安道しかり。
其々の愛が、大和を育て、一人前にしようと尽力する。
そして、溢れんばかりの愛を注がれた大和には、それに見合うだけの愛が詰まってる。
だからこそ、一人一人に全力でぶつかってしまう。
それが大切な人なら尚更、自分が抑えられない位に、真っ直ぐに……………………。
「でも、ま……………………お前の気持ちも、わからんでもないけどな」
「……………………京之介…………………」
へこむ自分へ微笑む安道の姿に、わかりやすく顔を赤らめる大和。
安道も、わかっている。
そこが、まだ若い大和の良さにもなっている事を。
「大切に想えば想う程、相手の力になりたいって考えるのが、まともな人間の心や」
自分が、全てを擲ってでも、嵩原の力になりたいと思うのと同じ様に………………………。
「堅気でも、ヤクザでも…………………それすら想えへんようなったら、ただの屍と一緒。そないな人生、歩む価値もない。心がある限りは、損な使い方したらあかん。人生棒に振るわ」
そう言って、安道はトレーに乗せた土鍋を、大和へ差し出した。
「え…………………………」
「え……………………やないやろ。お前が火種をおこしたんや……………自分で、消して来い。まさかお前、俺に仲取り持ってもらおうなんざ、思うてへんよな?」
ドキ。
思ってました、ちょびっと。
高橋にあんな暴言吐いたの、本当に初めてなんです。
大和は、渡されたトレーを持ち、気まずそうに固まった。
どんな顔して、会う?
「ここで逃げたら、若頭の器も知れとるで。お前以上に、今高橋は部屋で一人悩んどる筈や。大事な部下、守ったらんかい」
「京之介………………………」
父親が、恋しい。
恋しくて恋しくて、恋人がいないとは、ホントに毎日が寂しい。
だけど、親となると、なんだか違うように思えた。
親なら、まだ側にいる。
安道が。
安道が居てくれて、救われた。
笑顔で自分を送り出す安道に、大和は心強い勇気を貰う。
とは言え、気まずいものは、気まずい。
「はぁぁぁぁ…………………」
大和、父親の寝室の前で、トレーを持ったまま早20分経過。
土鍋のグツグツ、さすがに消え失せる。
「まずい……………………雑炊の美味い時逃したな。京之介にどやされるわ…………………」
料理上手な高橋に料理を教えた、安道先生。
ご飯の美味い瞬間を、心得てる。
ぬるい雑炊出したなんて、恐ろしくて言えません。
「早よう………………高橋に食わさな………っ」
トン……………トントンッ…………………
「た、た………高橋ぃっ………雑炊、持って来たで!」
雑炊の食べ時、大和を動かす。
気まずさより、安道の説教の方が嫌らしい。
どんだけ恐いんだ、安道京之介。
「はっ…………………入るからな……………っ」
ただ、高橋の返事を聞く度胸が無くて、それを聞く前にドアノブを回す。
ガチャ…………………………
「若…………………………」
「え…………………と………………とりあえず、こっちに置くさかい、た…………………食べてや」
高橋が自分を見ている気配を感じながら、大和はソファの近くのテーブルへトレーを運んだ。
「すみません、ありがとうございます」
背後から聞こえる、高橋の弱い声。
やたらとシドロモドロだらけの情けない自分が、益々情けなさで胸が痛い。
高橋に、こんな声を出させているのは、自分だ。
俺が、あんな事言うたからや……………………。
大和は、テーブルの上で、微かな湯気を上げる雑炊を眺めたまま、手をトレーから離せなかった。
これを置いたら、自分の視線は何処を見る?
高橋を、見れるのか。
見れるって、どんな顔して見るんだ。
「若………………………ご無理、なさらないで下さい」
高橋…………………………!
自分を気遣う、高橋の優しさ。
それだけで、また目頭が熱くなる。
結局、高橋に助けられてる自分がいる。
「むっ…………………無理なんか…………………っ」
無理なんかしていない。
無理なんかより、むしろ高橋と喋りたい。
思わず感情を露にしてしまったが、今まで通り高橋と喋りたいって思ってる。
たまらず、大和は高橋の方へ振り返った。
その瞬間だった。
ガバ………ッ……………………
な…………………………。
「若……………………………」
耳に届く高橋の辛そうな囁きと、全身を包み込む温もり。
大和が振り向いた途端、高橋の腕が、その身体を抱きしめた。
「た…………………た……………………」
「良かった………………………良かった…………」
あまりの驚きに、言葉の出ない大和の耳元で、高橋はひたすらそう囁いた。
「よ…………………良かった…………………?」
「若に……………………若に、あのまま口利いてもらえへんかったらって、そう思うたら…………………私は…………私は、ずっと不安で……………………」
不安で。
「高橋…………………………」
高橋が、不安。
不安なんて………………………。
「申し訳ございません……………………アホな男が、ええ歳してアホな恋に堕ちとんです。前にも言いましたように、惚れた相手の前では格好つけたい………………若の前では、強い高橋でおりとうて……………中々、自分をさらされへんでした……………………」
恋に。
愚かな意地かもしれない。
愚かな見栄かもしれない。
それでも男なら、最後まで強くありたいと願う。
「……………………恋……………………」
大和は高橋の腕の中で、その切な想いに唇を震わせる。
高橋は、そんなにも自分を………………………。
身体中に伝わる高橋の温もりが、一層と大和の心を締め付ける。
ガキなりに、恋の価値を知り得るからこそ、大和はその気持ちに重みを見出だす。
「少し…………………時間を下さい」
「高…………………………」
「私にも、人には言えへん過去があります。親父しかご存知ない、地獄の過去が」
口に出すのも憚れる。
罪深き、闇に染まる過去。
自分さえ抱えていれば済むと思っていたが、それが大和を苦しめてしまっていた。
愛する人を苦しめる。
意地や見栄よりも、それが最も辛い。
「腹がくくれたら、若へ全てをお話致します」
逃げていては、始まらない。
あの男に、勝たなければ……………………。
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