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隙間風
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何処からともなく、それは吹く。
徐々に、徐々に。
流れ入る風の、冷たさよ。
「………………………ママを離したれ。男が女に手ぇ上げるなんざ、最低やぞ」
嵩原の登場は、一気に景色を変える。
本音では、好かない野郎。
でも、現実を言えば、関東一の喜多見組が潰された記憶も、まだ新しい。
全国一とは、それだけ恐ろしい。
だから、籔もわかっている。
ここで嵩原とやり合えば、自分の築き上げた城が、跡形もなく消されると。
「はは…………………色男のお出ましか……………」
籔は、やや引きつった顔で笑い声を上げると、掴んでいたママの腕を払い除け、押し出すようにその身体を放り出した。
「きゃぁ………………っ」
「ママ………………………っ!」
長いドレスに足を縺れさせ、よろけるママを錦戸が支えに走る。
「ママ………………悪かったな、怖い思いさせて。後でちゃんと責任取るさかい、少し場所貸してな……………せやけど、もうあんまり無茶せんでや?怪我でもしたら、その方が辛いさかい」
「嵩原組長……………………」
錦戸の腕に抱かれるママを見つめ、嵩原は一番に籔に怯まなかったママの頑張りを労う。
それは、籔に向ける目とは全く違う、優しい色男。
極道の道で天下を獲った、稀に見る男前が、自分だけに熱い眼差しと温かい言葉をくれる。
当然、ママは頬を赤らめ、瞳は煌めく。
これがあるから、夜の女達は、嵩原の為に戦う事に躊躇いを持たない。
竜童会のシマで、それは大きな稼ぎを生む。
モテる気がなくとも、モテる。
全くもって、罪な男である。
「錦戸、ママを休ませてくれるか」
「…………………………はい」
静まり返った店内で、錦戸が頭を下げる姿が壁の鏡に映り、竜童会の組員達はスッと道を開ける。
そして、嵩原の表情は、再び厳しいものへと成り変わった。
「のお、籔…………………お前、目的は何や。こないな真似して、てめぇの組潰したいんか」
そう言って、自分を睨み付ける嵩原に、籔の足はすくむ。
現在の竜童会で、嵩原自ら動く事は少ない。
久々に目にする嵩原の睨みは、激しかった昔の姿を彷彿とさせた。
「ア、アホ言え………………ワシも、それが見えへん程落ちてへんわ。ワシらはただ、頼まれたんや………」
物言いは、気持ち悪い位に穏やか。
佇む姿も美しい。
ただ一つ、鋭い瞳をさらす以外は。
でもそれが、ゾクッとする位に嫌な汗を出させる。
「頼まれただけや………………っ」
嵩原のそんな圧から避けるように目を逸らし、籔はドカッとソファへ座り直した。
嵩原の地元に居ればわかる。
戦うだけ、馬鹿を見る。
不動とは、何を言っても、不動なのだ。
いまだ36歳。
脂が乗り過ぎて、自分が先に廃れる事を、理解している。
「………………………頼まれた?頼まれたとは、どう言う事や……………………」
だが、言葉を吐き捨てる様に言った籔の態度とは裏腹に、耳を疑う一言が竜童会組員達の気を引いた。
頼まれた。
何を………………………?
嵩原はソファで項垂れる籔の前に立ち、その顔を見下ろした。
ヤクザの組長に頼み事をする。
一歩間違えば、自分から危ない橋を渡っている様なもの。
それを省みずにしてくる相手なんて、誰がいる?
「お前らも耳に入ってるやろ?ワシらが、中国マフィアとデカいパイプ繋げた言うん」
「ああ……………………なんや、そうらしいな」
「ソレな……………………向こうから言うて来たんや」
「は………………………?」
お互い、関西で鎬を削って来た者同士。
話を始めれば、それなりに会話は続く。
籔は、テーブルに置かれた葉巻に手を伸ばすと、堰を切ったように語りだした。
「ウチに大量のシャブ流したるから、自分らの頼みを聞いてくれてな」
カチッと言うライターの音と、あっという間に辺りに広がる葉巻の香り。
緊迫した組と組との対峙は、思わぬ方向へ話が進む。
「話は、こうや……………………近付いて来たマフィアのボスが、どうやら近々交代する。そのボスの名を馳せる為に、自分達は動いとるんやと……………」
「ボスが、代わる………………………」
何処かで聞いた、話。
確か、安道がそれに似た事を言っていた。
籔の話に耳を傾けながら、嵩原の眉間には皺が寄る。
「理由は、詳しゅうは知らん。せやけど、とにかく関西で竜童会とゴタ起こして欲しいみたいやった。関東にいる嵩原が、こっちへ帰って来なあかんようになるまでな」
「何………………………」
嵩原が、関西へ帰るまで。
その瞬間、嵩原はハッとし、籔の胸ぐらを掴みにかかる。
ガッ……………………………!!
「オイッ、嵩原ァ………っ………俺はちゃんと話……」
「籔っ!!そいつらの組織の名は、なんやっ!!何やねんっ!!」
「親父………………………っ」
突然豹変した嵩原に、周囲は騒然とする。
辰見組の組員達は、自分達の親父を守ろうとし、竜童会の組員達は、嵩原へ手を出そうとする辰見組の組員を止めにかかる。
組長が絡むと、こんなやり取り一つが、両者の信念の張り合いとなる。
「くっ………………はぁ……劉………………組織や…………………劉組織って、名やぁ……………っ」
「劉…………………………組織」
嵩原に胸ぐらを締め上げられながら、籔は苦しそうに相手の名前を口にした。
劉組織。
嵩原が頭の中で抱いていた嫌な予感が、朧気な線となり、流れを見出だす。
「や、奴等も…………は……ぁ………お前とは、まだやり合いとうないようやった………………そらそうや、嵩原竜也の名は………………極道の世界じゃあまりにも破格や。もしかしたら…………………奴等の狙いは……………」
狙いは………………………。
マフィアとて、プロだ。
負けるかもしれない、大怪我を負うかもしれない賭けに、いきなり出る程浅はかではない。
狙うなら、脆い所から叩きに行く。
「関東か……………………っ!!」
嵩原達が思うよりも先に、敵は早く動いてた。
ヤンの側近スーは、ヤンが上海に帰る事を見計らい、既に土台を固めにかかったのだ。
敵は、外堀から。
それは、あらゆる所へ張り巡らされていた。
「親父………………………高橋に、連絡を入れましょう」
外は、既にネオン輝く夜の街。
籔と話をつけた嵩原がクラブの外へ出ると、空はすっかり暗くなり、ネオンの眩しさで星は微かに瞬くばかり。
そんな夜空を望み、煙草を口に咥えた嵩原へ、錦戸が真剣な面持ちで詰め寄った。
狙いは、関東。
その場にいた誰もが、若頭である大和を心配した。
「……………………………そうやな」
肌寒くなった夜風に肩をすくめ、嵩原は煙草の煙を吐き捨てながら、声を漏らす。
大和……………………………。
脳裏に浮かぶ、愛しき顔。
まさか、マフィアの思惑にハマるとは。
嵩原自身も、籔の話には頭を打ち付けた気にさせられた。
心の中を、冷たい隙間風が通るよう。
「なんや……………………籔とのゴタは、もう終いか?」
竜童会の誰もが、これからの行動に考えを巡らせていた時、幸か不幸か、街をざわつかせる男がまた一人現れる。
「……………………………上地」
こんな時に。
いや、こんな時だからこそ?
「久々に、お前の派手な立ち回り見よう思うたん、残念やの………………………」
嵩原を見つめる、強い瞳。
白洲会上地丈一郎、そこに立つ。
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