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後ろ楯
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「久々に見ましたわ…………………高橋を」
磨りガラスの窓にぼやける、街のネオン。
照明を落とした薄暗い部屋で、そのネオンの光だけを頼りに、少し掠れた声が饒舌に話を進めていた。
新調した革の匂いが漂うソファに、横柄に座る白髪混じりの老人。
皺の目立つ手には、いやらしい太い金色の指輪。
着ているスーツは、昔の成金を彷彿とさせる、光沢のある生地。
まるで、時代錯誤もいいところ。
「向こうは、ワシに気付かれてへん思うて、去って行ったんやろうけど………………一緒におった組員が、『高橋さんっ』て叫んだんが、耳に届いたんです。歳は取りましたが、耳はええんでね…………ワシは」
ニタニタと高橋を語る、その年寄りの前には、窓に背を向けてソファへ腰を掛ける、一人の男。
ベラベラ喋り続ける年寄りを見つめ、男は僅かに口元を緩め相槌を打つ。
「そうですか…………………良かったじゃないですか。昔の犬に会えて…………………黒河さん」
黒河、さん。
そう…………………黒河。
今も変わらずギョロギョロした目を動かし、下品な口を半開きにして喋っている年寄りは、高橋が昼間見た、あの黒河だった。
そして、チラつくネオンをバックに、逆光を浴びながら微かに照らし出された顔は…………………。
「感謝しとりますよ、スーさん………………ワシを救い出してくれて」
中国マフィア、劉組織新首領ヤンの側近、スー。
『ワシを救い出して』
嵩原が言っていた、半年位前に姿をくらました黒河へ、逃げられるよう手を差し伸べた男。
「感謝なんて……………………私はただ、我々の思惑に合った人間を探していただけですから」
それは、紛れもなくスーであった。
大和に高橋が付くように、ヤンにはスーが付く。
有能な側近、スー。
劉組織の中でもやり手のスーは、誰よりも早くから行動を開始していた。
嵩原の目を掻い潜って黒河に会い、逃走させた後、しばらく潜伏するよう指示を出す。
そして、ヤンのGOサインを聞くや否や、頃合いを見計らって、わざと高橋の目につく場所へニセの会社を設けさせた。
大きな組織を、食いに行く。
雑魚を相手にしても仕方がない。
狙うは、大物。
中枢を担う人間を調べ尽くし、其々の弱味を炙り出す。
人間の奥底に叩き込まれた弱さや恐怖、哀しみは、簡単には拭い去れない。
頭の切れるスーは、その人の忘れられない記憶に刻まれた弱味へ、攻撃の的を絞った。
人を追い込むのは、身体よりも心の方がはるかに壊れやすい。
主の為なら、スーもまた、喜んで非情な男にでも成り下がる。
「竜童会の高橋と言えば、今や極道の世界でも有名な実力者。あの嵩原に育てられ、大切にされた上に、顔も申し分ない。さぞ、実物はいい男になってたんでしょうね」
「そりゃもう、ええもんでしたよ、久々の高橋は。えらい艶っぽさが増して、男を上げてました。アレが、嵩原の若造に食われたかもしれん思うたら、ホンマに胸くそ悪い…………アレは、元々ワシのもんや」
苦々しく唇を噛み締め、黒河は嵩原への恨み節と、高橋への執着を見せる。
貪欲な腹黒い男の目に焼き付いた、十数年振りの高橋。
横顔をチラッとだけだが、男を上げた姿は、とても美しかった。
嵩原に連れ去られてから、一度も会っていなかったが、会わなかった時間が益々黒河の興味を駆り立てる。
毎晩あの姿を抱いていたかと思えば、逃した魚はデカかったと思わざる得ない。
「見とって下さい……………………嵩原の若造も高橋も、ワシを陥れた恨み晴らしたりますわ」
既に70を超えた年寄りの、復讐。
ヤクザのトップを走る嵩原や高橋に、どこまで食い下がれるのか?
ドン底に突き落とされようと、我が身を振り返らない悪党は、どこまでいっても外道でしかない。
黒河の腹の中は、いまだにドス黒く染まっている。
「まあ、人と金はお貸しします。好きなだけ、おやり下さい………………楽しみに、吉報を待っています」
そう言うと、スーはゆっくりと腰を上げ、扉の方へと足を向けた。
ガチャ……………………………
つかさず扉を開ける、組織の男達。
それらに見送られ、スーは部屋を後にした。
薄暗く点々と光る廊下の電灯が、まるで裏社会を表しているかの様に、行き着く所を暗闇に染める。
「どの国も、闇は闇か……………………」
出口までの見通しの悪さに、スーは自分達の生きる世界を重ねた。
「フン……………………食えないジジイだ。自分で這い上がれない奴など、程度は知れてる。ヤン様に会わせる価値もないな……………………ま、小さな傷も数増やせば、いずれ膝まづくだろう」
向こうも本物なら、此方も本物。
ヤると決めたからには、負けられない意地がある。
「ここは、もう終わりだ…………………さあ……………次の駒を、動かし始めようか…………………」
「え…………………京之介、帰るん?」
高級マンションの上階から眺める夜景は、美しい。
大和は、すっかり暗くなったバルコニーから顔を出し、帰り支度を始める安道へ話しかける。
「ああ…………………ちょっと社に戻って、片付けなあかん仕事があんねん。お前の晩飯作っとるから、ちゃんと食べや?」
ほぼ一日居てくれた、安道。
何年振りだろう、こんなに一緒にいたの。
格好良くジャケットを羽織り、自分の頭を撫でてくれる安道に、大和はややしんみりする。
父親に会いたくても会えない日々。
安道が突然来てくれて、正直気が紛れた。
しかも、高橋の事では、本当に助かった。
「…………………………うん」
少し気持ちが落ち着いて、何気に星空を見上げていた大和の心は、冷えた肌並にヒンヤリしちゃう。
ちょっと、寂しい…………………かも。
「ぁあ?おい、情けない面してんな………………また直ぐ来るから、しっかりせえよ」
「へ…………………また…………………?」
「そら、竜也がおらへんのや…………………俺が気にかけたらんとな」
俺が。
それを、当たり前のように言ってくれる安道が、とても心強い。
幼い時から、父親のいない日に何度側に居てもらった事か。
「こっちで当分仕事してるから、何かあれば来てやれる…………………いつでも電話してき」
言えるだけの男の笑顔は、果てしなくイケている。
若頭になって、まだ2年。
いくら子供と言えど、今の大和に甘えられる人は少ない。
その貴重な存在に、大和の顔は自然と綻ぶ。
「京之介ぇ……………………」
「ほら、高橋頼んだで……………………帰っても自分で家事せなあかんのや、今夜は泊めてやり」
だが、その綻びは、瞬く間に状況を一変させる。
「…………………………は」
高橋を、泊める。
泊める………………………!?
それって………………それって、た……………高橋と…………二人きりって事?
昼間、高橋に抱きしめられた事が頭にこびりついている大和は、微笑む安道の言葉に唖然と立ち竦む。
いや、だって……………そんなん、緊張する………っ。
「きょ…………………京……………」
「おーい、高橋ィ………………っ!今日は、このまま泊まって帰れやぁ?いっつも大和に尽くしとんや…………たまには、大和を使うたれぇーっ」
何も知らないとは、罪である。
呆気にとられる大和を尻目に、安道はさっさと廊下へと出て行き、高橋の休んでいる部屋で叫んでる。
「……………………………嘘」
高橋、どんな顔してるんだろう。
俺、どんな顔してるんだろう。
「親父……………………ぃ………」
慌ただしい一日は、まだまだ終わりそうにない。
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