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記憶の底
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底を覗き込む。
掴んだものは、消したかった過去。
『ほな、ゆっくり寝ぇやァ♪』
そう言って、安道は笑顔で帰って行った。
「…………………………寝られる訳がない」
大和は、安道が出て行った玄関に立ち、溜め息と共に呟く。
何だろう。
心臓が、ヤバい。
ドックン……………ドックン………………。
痛い位に、身体中に響く鼓動。
自分の腕へ手を当てれば、全身に残る高橋の感触が、ほんのり熱を持つ。
妙な感覚。
安道に悟られたくなくて、高橋に抱きしめられた動揺に耐えていた気持ちが、崩れそうになる。
高橋みたいな男に本気で愛されて、平静でいられる程自分は大人ではない。
「…………………………と、とりあえず……………風呂の用意したらんとな………………………」
とりあえず、風呂。
なに、それ。
「仕事から帰って来たリーマンか!」
誰もいないので、一人突っ込み。
シーン………………………………
廊下のやたらと静まり返った雰囲気が、余計に昼間の高橋を猛スピードで甦らせる。
「ぅわぁぁぁ……………………落ち着け、俺っ!」
大和は頭を掻きむしり、何故だか小さくファイティングポーズ。
組員の前では偉そうな若頭が、お笑いである。
高橋に、弱い。
どんな時も、それは変わらないらしい。
前作から、耳タコな台詞だが…………………。
だって、高橋だから。
ヤクザの道に足を踏み入れてから、ずっとたった一人で支えて来てくれた存在は、いつまで経っても一番の側近。
何にも代え難い。
「高橋に楽させたいって、思ったんやないんか……」
関東支部を皮切りに、もっと頼れる若頭に。
自分の気持ちに喝を入れ、大和は勢い良く振り返る。
「よしっ!高橋の所に…………………」
高橋の………………………。
…………………………………え。
振り返った先……………………に………。
「たぁ…………………っ!!」
高橋ぃぃぃぃ……………………っ!!?
「すみません……………………若。声、かけづろうて」
少し赤い顔で、困惑気味の高橋が…………立っていた。
立っ……………………マジかぁぁぁぁ……………っ!!
ドンッ………………………!
廊下の壁にぶち当たるまで後退りし、大和の顔は一気に真っ赤っか。
何処から、見られてた?
緊張に嘆く自分…………………恥ずかしさ極まりない。
「たっ…………………高、高橋………………あ、あんな…」
と言ってる側から、伸びてくる高橋の腕。
ひゃ………………………っ!!
ビクンッと波打つ大和の肩と、それへ触れてくる大人のズルい香り。
「若……………………………ありがとうございます」
肩から首筋へと流れる指先は、大和の真っ赤な頬を捉え、その熱さを確かめる様に優しくなぞる。
しかも、嬉しそうに微笑む高橋の顔がまた綺麗だから、熱い顔は一段と熱くなる。
なんて、悪循環。
高橋って、やっぱりウマいよな………………色々と。
ウマ過ぎて、いたいけな(?)ガキんちょは、ただただ息をする事で精一杯。
「あ、あ、ありがとう…………………て…………」
喋る事すら、ままならない。
「はい……………………若の大切なお心を、私の為に使うて頂けた………………頑張ろうとして下さった後ろ姿を拝見出来ただけで、とても嬉しゅうありました」
とても嬉しゅう…………………。
大人だ。
本当のイイ男は、心遣いまで完璧だ。
『若の大切なお心を………………』
こう言う言葉を、サラリと口に出来るなんて。
高橋の優しい温もりを感じながら、大和は開いた口さえ塞がらない。
自分に甘えてくれなんて、よく言った。
こんな格好良い大人を、自分レベルな子供が支えてやれる筈がない。
「高橋……………………………」
ああ……………………すみません、神様。
自分が、浅はかでありました。
ただのヤンキー上がりなガキには、高橋はレベルが高かったです。
もう、自暴自棄に陥りそう。
「でも…………………私は帰ります」
「えっ…………………………」
「安道さんのお気遣いは有り難いですが、若にご迷惑はかけられません。それを言おう思いまして、廊下へ出て来ましたら………………………若が」
「あ……………………………」
若が。
若が………………一人でブツブツやらかしてましたか。
大和は、気を使って話してくれる高橋の話に耳を傾け、そんな自分を見られていたのだと、改めてヘコんだ。
つくづく、自爆的な野郎だ。
「い、いや……………今日は、ウチに泊まれや、高橋」
「若………………………?」
「京之介の言う通り、今夜くらい何もせんと休み。花崎には、俺から言うとくし……………………その…………高橋が嫌やなかったら、ゆっくりしぃ………………」
自分の頬に触れる高橋の手を掴み、大和は照れ臭そうに提案した。
頼りない若頭だが、心配なのには変わりはない。
毎日毎日、朝から晩まで自分の為に尽くしてくれる、高橋。
本当に、ゆっくりして欲しいと思ったから。
「い、嫌……………………?」
「まさか…………………………泣きそうです」
そう言って、笑みを溢す高橋の瞳は、少しだけ揺れていた。
「あきませんね………………………昼間の若の叫び声が、頭から離れへんで………………………もう、あんな不安な思いはしとうありませんし、あんな声を若に出させとうない。あの後も、ベッドの上でそないな事ばかり考えておりました」
「………………………高橋」
神様、前言撤回します。
高橋にも、弱い所がある。
浅はかでもいい。
浅はかでもいい…………………………ガキはガキなりに、支えてやりたいと思います。
大和は掴んだ高橋の手を両手で包み、大きく息を吐き捨てた。
「俺………っ…………親父みたいに、強うなるから…………親父みたいに、でっかい男になるから………………お前の端っこでもええっ………………お前の苦しみの端っこでもええから、俺に支えさせてくれっ!」
「……………………若…………………」
端っこ。
ちっさい希望だが、今の自分にはお似合いだと思う。
いきなりトップに上がれる程、自分には力がない事をわからない奴は、己の力に溺れる。
嵩原の子として生まれ、時に厳しく、決して甘やかされなかった大和は、それをわかっている。
焦りもあるが、焦っても仕方がない。
追い付けない距離は、地道に進むしかない。
手を抜いてしまえば、それだけの男で終わりを迎えるだろう。
「……………………………ホンマに、若には沢山の事を教えられます」
自分の手を握りしめる、大和の拳へ目を落とし、高橋は感嘆の声を漏らす。
「高…………………橋…………………?」
「聞いて頂けますか?私の、過去を」
「か…………………………」
過去…………………………。
高橋の過去。
「私が調子を崩したんは、その過去に出会ってしもうたからです」
「………………………過去に出会った?」
「はい…………………………」
大和は、気付いた。
それを話す高橋が、静かに深呼吸をした事を。
重いんや…………………………。
落ち着いて話そうとしているが、それが高橋にとって、とてつもなく重い話なんだ。
「二度と会う事はない……………………そんな風に考えていた自分が甘かった…………………………今が幸せ過ぎて、記憶に蓋をしていた自分が、えぐり出されるようでした」
えぐり出される。
それは、大和にとっても、忘れられない話となる。
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