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救世主
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ヒーローは、現れる。
例え、ダークでも、ヒーローが。
「親父に会うた日の記憶は、私の中に鮮明に刻まれました」
突然現れた、ヤクザ。
まだ若かったが、鋭く光る瞳と、見とれるような男前な姿は、目に焼き付けるには充分な材料だった。
嵩原。
嵩原って言うんや……………………。
それが、どんなに大きな事だったか。
「TVを見る訳でもない、本を読む訳でもない。ただひたすら、黒河の言いなりになる事しかなかった何もない日常に、嵩原竜也と言う姿が刻まれる…………私の毎日が、親父の事を考えるだけで埋め尽くされるのに、時間はかかりませんでした」
辺りを柔らかいライトで照らすリビングで、父親を語る高橋の表情は、とても美しく見えた。
とても美しく………………。
だから、大和にも何となくわかった。
多分、その当時、高橋は父親を…………………。
毎日々、真っ暗だった世界に突如現れた、父親。
自分じゃなくとも、心惹かれる。
「高橋……………………お前…………………」
大和は、それを口にして良いのかと躊躇った。
父親と愛し合ってて、こんな事を考えるのも変な話だが……………………何だか、邪魔をする気がした。
父親と高橋。
組の中でも、有名な無敵のコンビ。
誰もが触れられなかった、二人だけのかけがえのない関係の中に、自分が土足で入り込む様で、大和は戸惑いさえ覚える。
「はい…………………………好きでした、親父が」
でも、高橋は素直にそれを認めた。
躊躇う大和を見つめ、いつもの優しい高橋の笑顔で、幸せそうに答えたのだ。
「…………………………高橋」
大和に、全てを話そう。
そう決めたから。
「親父の事を思い描くだけで、暗闇が暗闇だけではなくなった。黒河に抱かれていても、奉仕に行かされていても、それだけで生きていられた。本当に助けてもらわなくてもいい……………………自分を人として見てくれた人間がいた……………………それで充分だと、思えたんです」
それは、小さな小さな恋だった。
何も望んでいない。
何も欲してもいない。
ただ、想うだけ。
だけど、それが生きる希望にもなった。
「それでも、恋なんて許してもらえる世界ではありません。親父に興味を持ったのは、私だけやなかった……………………………黒河もまた、興味を持ってしもうたんです」
「え………………………」
「私に………………………身体を使うて、親父を連れて来いって言いました……………………自分が、親父を飼うてやると」
高橋は視線を落とし、僅かに唇を噛み締める。
一方的な恋だったが、それさえも踏みにじられる。
あの世界は、異様な貪欲さで占められていた。
「辛かった………………………今までで一番、辛かったです。人を想う事すら、叶わない…………………なんて非情なんや………………………て」
「た……………………高橋………………」
既に、赤くなった瞳が、また揺れていく。
大和は高橋の脇に座り、その肩へ額を乗せた。
高橋の側から離れたくない。
人の温もりを味わい、寄り添っていたかった。
高橋の腕を掴む自分の手に、ソッと手を重ねてくれる高橋が、大和は無性に嬉しくて余計に目が潤む。
こんなに惨い思いをしても、優しく出来る高橋を、心から尊敬したい。
「黒河は、高を括っとったんです。自分のおるシマが、白洲会のシマやったし、しのぎもかなりな額を納めとる方やったから、竜童会の親父は手ぇ出されへんと………………………」
駆け出しのヤクザに、何が出来る?
デカい口叩くだけの、無駄吠えで終わるに決まっている。
「……………………………アホか、そんなん……………」
「ええ………………………アホか、です」
大和の拳に重なる高橋の手に、少しだけ力が入る。
大和でもわかる、そんな事。
「親父には、関係なかった」
黒河は、見くびっていた、嵩原竜也を。
「ちゃんと、来て下さいました……………………親父は」
相手なんか、関係ない。
有言実行。
高橋とて信じていなかった言葉を、嵩原は実行に移してくれた。
「白洲会のシマで、偶然親父に会えた瞬間の喜びは、言葉では言い表せられません……………………」
『高橋……………………っ!!』
自分を見た瞬間の、嵩原の叫び声。
出会って、十数年。
今も色褪せる事なく、頭に響く。
「誰でも……………………惚れてまいますね、やっぱり」
「うん……………………惚れる」
惚けた所も多くて、周りは振り回されっぱなしだが、男気溢れる生き様は、誰よりも格好良い。
確かに、惚れちゃいます。
この夜、二人は向き合い、一番の笑みを浮かべた。
居なくても、笑顔にさせる。
何て奴だよ、お父ちゃん!
「それからは、話が早かったです…………………私が、奉仕に行かされた帰りだったのもありますが……………親父は、黒河の私に対する扱いの酷さを、本気で怒って下さった。本気で怒って、もう黒河の元へは帰らんでええって…………………」
帰らんでええ。
地獄の世界へ?
本当に?
嵩原の側に、おってええの?
側にいたい。
初めて会った、優しい人。
許されるなら、ずっとずっと、側にいたい。
生まれて初めて、人にすがりたいと思えた。
「私は、一生親父には頭が上がりません。返しても返しきれへん、新しい人生を頂いた」
高橋は、自分を見つめる大和の髪をゆっくりと撫で上げ、微笑んだ。
新しい人生。
素性もろくに知らない少年の為に、それを用意してやる嵩原の心意気。
不動の組長。
そう言われて、当然だろう。
駆け出しの時から、嵩原にはその片鱗があった。
「何処へおるでしょう?人殺しまでしていた子供の借金を返す為に、兄貴衆へ頭を下げて金を借り、周りを引き込まないよう、たった一人で黒河と対峙しに行かれる。そして、実際勝たれてしまわれる…………そないな人間、世界中探しても中々いません」
自分は、ラッキーだった。
世界中探しても中々いないような、そんな男に巡り会う事が出来るなんて。
「…………………………ヤクザは、所詮ヤクザ。世間的にはダークでしかない………………………ダークでしかないですが、私には紛れもなく、ヒーローです」
「高橋………………………」
ヒーロー。
どんなに蔑まされようと、ヤクザが嫌いにはなれない。
任侠を貫き、自らの生きる道へ、一本筋を通す。
嵩原が、全部身をもって教えてくれた。
「せやから、信じられへんかった…………………」
大和の髪へ触れる手を止め、高橋の表情は険しくなる。
「信じられへんかった……………………?」
「十数年前、親父が潰した筈の黒河が………………関東にいるやなんて」
「…………………………は」
関東……………………に?
関東って、ここ………………………か。
あまりに驚くべき展開に、大和は唖然として我が耳を疑う。
え?
その、外道と言うべき黒河が…………………!?
「若………………………申し訳ありません。今日、私が体調を崩したんは、それが原因です。自分でも、立ち直れた思うてたんが、あきませんでした………………」
「……………………………高………」
込み上げる怒りと、動揺。
高橋を、ドン底へ突き落とした男が、関東に。
大和は高橋の腕を掴み、顔を強張らせた。
「それ……………………ホンマか」
「…………………はい。この私が、見間違う筈は…………」
黒河が、近くに。
黒河が。
「あれは、間違いなく…………………黒河です」
今もなお、それは高橋を蝕む。
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