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若さゆえ
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大人達は、冷静に事を見定める。
最善の策を練り、守るべきものを守る為。
でも、若さって…………………………。
それどころじゃない事に、陥りやすい。
それが、良いか悪いかは、別として。
「若っ!!何処へ行かれはるんですか……………っ!」
嵩原や上地が、各々の役割を静かに、そして胸に熱く受け止めていた頃、大和はまさにそれどころじゃない事に陥っていた。
それどころじゃない。
それどころで、いられるかァァ………………っ!!
「うっさいっ………………離せっ!!高橋…………ぃっ。今から、黒河ぶっ潰しに行ったるっ!!支部で組員ら集めて、乗り込んだるわァっ!!」
勢い良くリビングのドアを開け、支部へ向かおうと玄関を目指す。
だって、黒河が関東にいる。
高橋を苦しめた、黒河が。
おのれ、黒河……………………!!!
よくも高橋を。
よくも高橋を。
よくも高橋を!!!
高橋に支えられ、高橋に育てられてきた、大和。
高橋が、関東で黒河を見たと聞いた途端、ブチキレた。
「あきませんっ!!軽はずみな真似をされては!」
でも、それを高橋は止めに入る。
怒りに満ち、力の入った身体で家を飛び出す勢いの大和の腕を掴み、黒河に会う事を許さない。
「何でや、高橋……………っ!!10年以上経っても、まだお前を苦しめるんやぞっ!そないな奴、近くにおる思うだけでも胸くそ悪いやないかっ!!」
目の前で、高橋が倒れ、涙ながらに昔を語る。
そんな高橋、初めて見た。
自分だって、何かをしてやりたいと想う。
「それでも、ですっ!!それでも、今直ぐに動かれるのは、賢明やありません」
「高橋………………………っ」
まだ、17歳。
だが、竜童会の若頭である。
若頭。
ただの組員が、不用意に意見出来る立場ではない。
ましてや、嵩原の子だと言うべきか、キレた大和は手が付けられない。
その大和を、有無も言わさず止められる者がいるとすれば、現在の竜童会では、嵩原とこの高橋だけだろう。
腕を掴んだ手に力を入れ、厳しい顔で自分を見てくる高橋に、大和は悔しそうに俯いた。
高橋に言われたら、動けない。
「若………………………若は、関東支部の支部長になったばかりです。後先考えんと、組を動かしてええ立場やありません。感情だけで組員動かしとったら、いずれ足元掬われます。組の中に、容易く敵を作る様な事は、お避け下さい」
大和は、天辺に行くべき逸材。
どんなに自分が苦しくとも、大和の道を見誤る事だけは、させてはならない。
いまだ心に黒河の影が残る身体で、高橋は大和を真摯に諭す。
「それに、どうも腑に落ちません」
「腑に落ちん………?腑に落ちんて、何がや……………」
窮地の時こそ、冷静であれ。
常に、嵩原の隣で多くの争いを見て来た高橋は、それを嵩原から学んだ。
苦しい時に冷静さを欠いた者は、勝ち戦にも負ける。
嵩原の笑顔に、何度そう思ったか。
「仮にも、黒河を潰したんは、親父です………………例え駆け出しだろうと、あの頃から親父の実力は有名でした。親父は、確実に黒河を陥れ、裏社会で再起不能にさせたんです。なのに、何故再び『社長』と呼ばれるまでになったのか…………………側にいた男達は、黒河を『社長』と呼んどりました。それは、どんな形であるにせよ、黒河が力を持った証」
「あ………………………」
大和は高橋の言葉に、ハッとしたように顔を上げた。
言われてみれば……………………。
相手は、そんじょそこらのヤクザではない。
自分が、きっとこの先も中々勝てる事はないだろうと思う、嵩原竜也だ。
知っている限りでも、父親が手を出して甦ったなんて輩は、聞いた事がない。
「ほな…………………黒河は……………………」
「何かしらの助けが、あったんやもしれません。そう考えたら、直ぐに事を起こすのは賢うありません。私も………………突然黒河を見て動揺しましたが、考えれば考える程、納得出来ひん事やなと…………」
冷静さを取り戻した高橋は、いつもの有能な右腕となっていた。
自分が悔しくて苦しくて辛かった事を、大和が目前でわかりやすい位に爆発させた。
それが、高橋が冷静となるきっかけになった。
大和に無茶はさせられない。
自分を想って、怒ってくれてる大和に無茶をさせてしまったら、嵩原に見せる顔がない。
「少し、調べさせて下さい。黒河は、自分を裏切った私や陥れた親父を恨んどる筈です。昔から、己のプライドと貪欲さだけで生きてきた男が、それを忘れとる気もしません……………………何や、胸騒ぎが致します。若、どうかお時間を」
「…………………………高橋」
大和に何かあれば、嵩原が哀しむ。
それだけは、避けなくては………………………。
落ち着いてきた大和を見つめ、高橋は微笑む。
大和の素質を見抜いた時から、決めていた。
嵩原への恩を、嵩原が命よりも大切にしているものへ懸けようと。
ただ…………………その愛情は、大和と共に生きていくに従い、自分でも驚くほど深みに填まってしまったのだが。
「ですが…………………ありがとうございます。私の為に怒って下さいまして」
「え………………………ああ、いや……………そら、な?」
そら、な?
少し上目使いに、照れ臭そうな大和の『な?』。
とびきり、可愛い。
「…………………………はい」
可愛い。
この幸せを、失いたくはない。
この幸せだけは、失いたくはない。
高橋は、自分を見ながら照れる大和の愛しさに、たまらずその身体を抱き寄せた。
「た………………………っ!」
高橋…………………っ!?
何故、抱きしめられた!?
罪深き、鈍いガキにはわかるまい。
自分の上目使いのパワーを。
大和は、(毎度の事だが)ただただうろたえるのみ。
「以前…………………一度だけ、親父に好きやと伝えた事があります」
「…………………………は、はい?」
一度だけ。
顔を熱くする大和の温もりを感じながら、高橋は古い告白話を切り出す。
「親父の右腕として、四六時中一緒にいて……………耐えられへんかったんです。親父の事が好き過ぎて、耐えられへんかった……………………」
いつでも変わらない、嵩原の笑顔。
見ていられるだけで良かったが、あまりに眩しくて、耐えられなかった。
「どっかで、区切りをつけたかったんやと思います。このままやったら、自分が駄目になりそうで、区切りを……………そしたら、一言だけ言われました」
『ごめんな…………………好きな奴が、おんねん』
「好きな奴が……………………あれ、若だったんですね」
「へ………………………」
誰だろう?
気にならない訳がなかった。
あの嵩原が惚れるなんて、一体どれほどの相手なのか?
「アホですね……………………親父を諦めようと、若を育てる事に全てを捧げとったら、私まで若に填まってしまうやなんて………………………」
「た…………………高橋………………」
耳元に響く高橋の声が、大和のドキドキを一層と高める。
高橋が、父親に想いを伝えていたなんて……………しかも、父親はそれを断っていた…………………。
その原因が、自分………………?
で、今は高橋まで……………………。
「若には、それだけの魅力があるんです」
戸惑う大和の背中へ手を滑らせ、高橋は暗い廊下の先を見る。
「目が離せへんで、何をするかわからへん、危なっかしいお方やけど………………………その魅力に惹き込まれる。親父と、ソックリです」
暗かった道を、照らす嵩原の光。
それは今も変わらず、自分を導いてくれている。
そして、今ここに、それに成りうる可能性を秘めた原石がある。
『危なっかしいお方やけど』
本当に、危なっかしい。
危なっかしいが、そこがまた、たまらなく心を鷲掴みにする。
「……………………………若」
「ん、ん…………………?」
高橋の視界を埋める、暗闇。
もう、あの暗闇へは戻りたくはない。
愛してます。
「高橋は、もっと…………………ずっと、若と生きていきとうあります……………………」
見たい夢が、出来た。
見たい未来が、出来た。
「これから先、何が起きても………………私を、お側に置いて下さい。必ず、勝って見せますから」
身体中に染み込む高橋の願いは、心なしか微かに震えている気がした。
何が起きても。
………………………何が、起きるん?
大和は高橋に訊ねてみたかったが、聞く勇気がなかった。
自分を抱きしめる高橋の服を握りしめ、頷くだけ。
「……………………………うん、勝とう」
勝とう。
辛うじて出た言葉は、それ。
勝とう。
何があるのかわからないが、それしか出せなかった。
「はい……………………………」
はい。
それは、とても願いの込められた、返事だった。
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