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鉛の重さ
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それを、放つ度胸はあるか?
あれば、褒められる。
哀しい世界よ。
「あーっ!!美味かったぁ~っ♪」
マンションの端まで響く、大和の叫び声。
やっぱり、高橋のオムライスが一番美味い。
大和は食卓に座ったままで、思い切り腕を天井へ伸ばした。
目の前には、キレイに空になった皿。
一緒に添えられたサラダの、小さなキャベツの欠片まで平らげた。
「ありがとうございます、若」
嬉しそうに微笑む高橋の姿が、一段と大和のお腹を満たす。
………………………良かった。
高橋が、笑ってくれてる。
本当に、良かった。
それだけで、自分も嬉しくなる。
「また…………………作ってな?」
「はい……………………いつでも」
いつでも。
いつでも………………………。
その意味の、どんなに貴重な事か。
当たり前な事が当たり前に出来ない日常が、この世には存在する。
それは、自由だったり、お金だったり、病だったり……………………何が原因で、当たり前でいられないかはわからない。
真の苦しみなんて、当人でなければわからないのだから。
でも、少なくとも今の大和には、オムライスと高橋の笑顔に、とてつもない希少価値を見出だす。
高橋の過去を知り、黒河と話した大和には、とてつもない……………………。
「…………………………若」
「ん……………………?」
「何か、ありました?」
「…………………………え」
目の前の皿を片付ける高橋から出た、意外な言葉。
思わず大和は顔を上げ、高橋を見る。
だが、その時には既に、高橋は自分を見ていた。
手にした皿をトレイに乗せながら、心配そうに、自分を見つめてた。
「高…………………………何で…………………」
何で、そう思う?
そんな返しをしたかったが、いつも通りの自分を演じたつもりの大和は、それがバレた事に少し動揺してしまった。
「…………………………わかります、若の事は」
それをサラリと口にする、高橋の優しい瞳。
高橋が迎えに来てから、何度も込み上げそうになった涙が、また目頭を襲ってくる。
何度も何度も、必死で堪えたのに………………また。
「プッ……………………ほな、ハズレやな。何もあるわけないやろ……………………大袈裟や、高橋」
それでも、大和は何度目かの我慢を、笑って誤魔化した。
黒河の事は言いたくない。
心配する高橋を突っぱね、とりあえず手にしたビールを一気に飲み干す。
多分、高橋は怪しいと思っただろう。
思われてもいい。
高橋の方が上手なのだから、当然だ。
その代わり、思われても絶対に腹は見せまいと決めた。
自分の選択がいいか悪いかは別として、高橋を守りたい気持ちに迷いはない。
本人が苦しんで苦しんで抱えて来た過去を、何故今更さらさなくてはならないんだ。
誰が、させるものか。
ガンッ…………………………
「っしゃぁ……………………課題、出さなあかんのがあるんや。腹もええし、俺宿題すっわ」
ビールのグラスを勢いに任せ食卓へ置き、大和はそのまま立ち上がった。
「わ………………………」
「高橋、今日はもうええで。たまには、ゆっくりしぃや……………………また、明日や。ご馳走さま、ありがとうな」
ご馳走さま。
ヤクザな悪ガキでも、こんな礼儀は躾られている。
嵩原が礼儀に厳しい事もあるが、それに輪をかけて、安道が厳しかったから。
そして、そこをまた高橋が上手く伸ばしてくれた。
大和は、その高橋の声を遮り、今日の感謝を口にする。
ありがとうな。
心から。
「あっ!……………………明日な、迎え……………ええわ」
「ええ………………………?」
「ツレらと、カラオケ行こう言うとんや」
「カラオケ…………………」
廊下へ出ようとした大和は、思い出したように高橋の方へ振り返る。
カラオケ。
突然の話に、高橋はちょっと面食らう。
大和が、カラオケ。
ヤクザになってから、毎日をより厳つい男達に囲まれて生活してきた大和がカラオケなんて、中学以来じゃなかろうか。
こっちに来てからは、初耳だ。
「久々に、また学校へ通い始めたさかい……………話が盛り上がったんや♪たまには、かまへんやろ?帰りはタクシーで帰るし、心配いらんて」
「そら…………………若が、楽しまれるなら、存分に」
「そっか、サンキュー♪…………………ほな、お休み」
高橋の答えを聞いて、大和の表情は緩む。
こうして見ると、普通の高校生と何も変わらない。
「お休みなさいませ…………………」
高橋は目を細め、軽く頭を下げた。
普通の高校生。
ヤクザでなかったら、大和の道はどんな風に描かれていただろう。
部屋へと向かう大和の背中を眺めながら、高橋の瞳は曇る。
「若………………………私の幸せは、若の幸せです。初めてですね………………私に、隠し事やなんて……………」
辛い。
きっと、大和にそれをさせているのは、自分だ。
過去を話して良かったのか?
生きる悦びを知るとは、なんと苦しくて辛い現実を見せる。
何度も潤みかけた大和の瞳は、高橋の心にハッキリと焼き付き、小さな影を作っていた。
お互いを想い合う事の、哀しいジレンマ。
バタンッ………………………
逆に、大和は二度と高橋を見る事が出来なかった。
リビングから逃げるように部屋を目指し、入った瞬間に背中でドアを閉める。
「……………………………っ」
歯を食い縛る力と、相反するぼやける視界。
我慢していたものが、瞬く間に瞳を濡らした。
「…………………っかりせえ……………しっかりせえよっ!これが、最後やないっ……………最後やないんやぞ!」
ドアに背中を付け、床に向けて吐き捨てる、自分への喝。
弱さを拭い去り、強さを味方に。
『親父は一人でも、堂々と乗り込んで来たでぇ!』
わかってる、そんな事。
黒河みたいな男に言われなくとも、死ぬ程わかってる。
「……………………俺は……………嵩原竜也のガキじゃ…………ナメんなよ………………っ」
生まれた時から、ずっと見て来た。
太陽の様な笑顔で周りを包み、弱い者や苦しい者に無償で手を差し伸べる。
そうして、差し伸べられた者達は、誰しもがいつしか笑顔を浮かべる。
あの笑顔の、輝く美しさ。
それを見せられる父親の強い力を、ずっと見て来たんだ。
自分だって、そうありたいと思う。
大和は、服の袖で溢れるものを荒々しく拭うと、部屋の片隅に置かれた飾り棚へと歩み寄った。
カタ……………………………
静かに開けた棚には、遊び半分で集めたディ○ニーのクラシックフィギュアと、奥に隠すようにしまわれた黒い箱。
ヤクザなら、一度は見た事や触れた事はあるだろう。
特に、竜童会若頭と言う高い地位に居れば、嫌でも持つ事を余儀なくされる。
「はぁ……………………クソ、やっぱ重て……………」
フィギュアに当たらないよう、ゆっくり箱を出し、大和はその箱の蓋を開く。
手に感じる重みより、ズッシリと腕が下がる気がした。
拳銃。
『これを構える時は、てめぇも死ぬ覚悟で持て。人の命は、こないな鉛で奪ってええもん違うで』
父親に拳銃を渡された時、恐い顔でそう言われた。
死と隣り合わせの世界。
勢いをつける自分に、父親が仕方がなく持たせる事を決めたと、後で高橋から聞かされたのを覚えている。
それを、平気でぶっ放つ奴もいる。
平気で。
黒河は、確実にその一人だ。
「その一人に、人を想いやる気持ちが負けてええわけない………………………俺は、高橋の笑顔を守ってやりたいんや」
父親から渡された拳銃を持ち上げ、大和の目は力強く先を睨む。
電話から僅かに聞こえた、昔の高橋の喘ぎ声。
あれを、高橋がどんな想いで出していたかと思うと、胸が引き裂かれそうだった。
「………………………アイツだけは、許さねぇ……………」
怒りに震える大和の眼差しは、窓から見える月を望む。
今日は、朝から天気が良かった。
寒空に浮かぶ月は、澄んだ空気も手伝って、殊の外綺麗だ。
父親も…………………見ているだろうか、この月を。
「一目……………………会いたかったな……………」
会いたかった、とても。
だけど、会えば気持ちが揺らぐ。
冷気が表面を冷やす窓ガラスへ額を付け、大和は大好きな父親を想い出す。
「…………………………ごめん。説教なら、後で幾らでも聞くさかい………………………行かせてな」
幾らでも。
幾らでも、聞ける事を信じよう。
ブーブー……………………ブ………
冷たい窓にもたれる大和の後ろで、学校の鞄に入れたままのスマホが振動する。
「…………………大和の奴、風呂か……………?」
久し振りに電話を鳴らした、嵩原は呟く。
書斎の窓からは、綺麗な月が辺りを照らしてる様が、目に入る。
「残念やな……………………教えたかったのに…………」
反応のないスマホを切る、嵩原のガッカリした声。
真っ先に、伝えたかった。
待っているであろう大和へ、真っ先に。
明日、そっちへ戻るから。
明日。
明日、黒河に会おう。
同じ月を眺める大和は、奇しくもそれを知る事なく、覚悟を固めていた。
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