アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
二世と、外道
-
あまりに美しく、真っ直ぐな信念。
でもそれは、時に危ない橋となる。
「え……………今日、若頭の迎えはいいんですか?」
昨日とは、打って変わって雨の関東支部。
明け方から降りだした雨は、玄関先で話す山代の息を白くしていた。
「なんや…………学校のご友人と、遊びに行かれるらしい。今日は、ゆっくりしぃや…………山代」
「あ…………はい………」
支部に着いたばかりの自分を出迎え、それを伝える高橋の表情に、山代の目は止まる。
何だろう、このピリッとした感じ。
どことなく、違和感を覚える。
スーツに付いた滴を叩きながら、山代は僅かに首を傾げた。
「高橋さん、あの…………」
「用件は、それだけや。また、次頼むわ」
必要な事だけを伝え、立ち去って行く、高橋。
今日の大和の迎え。
それは、山代が行く予定だった。
自分への用は、ほぼ直接電話してくる大和が、それをしなかったのも不思議だが………今の高橋の姿は、何だかいつもと違う。
どこがと言われれば、上手く言えないが。
何だか、なのだ。
何だか…………自分の勘が、それを言う。
「………………弓永」
「は、はい…………っ」
山代は、近くにいた一人の組員を呼んだ。
ダークブラウンの髪を横に流し、キリッとした目力が印象的な、山代よりは若そうに見える男。
関東支部では、初見のヤクザ。
今日、山代は大和の迎えに行った時、この男を大和へ紹介しようと思っていた。
「悪いな…………今日、若頭に顔見せは出来そうにない。また後日にしよう…………ウチの、新しい若頭のお披露目は」
「組長……………」
自分の肩を叩く山代の笑顔に、弓永と言う男は恥ずかしそうに目を伏せた。
「いえ…………こちらこそ、わざわざありがとうございます」
ウチの新しい若頭。
佐々木を失ってから、数ヵ月。
山代はようやく、佐々木の後任を決める事が出来た。
それは、そこに値する人材がいなかった訳じゃなく、佐々木に代わる者が選べなかったから。
弓永は、亡き佐々木が可愛がっていた成長株。
若いながらに自らよく動き、組の事を理解しようと前向きな所が、山代の中で決め手となった。
弓永と一緒に、山代組を守り立てよう…………。
「それで…………すまない、弓永」
「……………はい?」
すまない……………?
自分に詫びを入れ、前を向いたまま真剣な眼差しを見せる山代に、弓永は微かな緊張感に包まれる。
久々に見る…………山代のこんな目。
ドイツから帰国し、比較的穏やかな日々を送っていた山代は、厳しい世界から遠退いていた。
美しく、儚げに見えた山代も、やはりヤクザ。
鋭い瞳からは、それを十二分に見せつける。
「さっき来られたのが、若頭の右腕高橋さんだ。噂は、充分耳に入っているだろうが、本当の実力はそれ以上……………つけてくれるか」
「は………………」
驚いた弓永は、前方へ注がれる山代の視線を追った。
高橋………さん…………。
山代は、廊下の先を歩く高橋の後ろ姿を、見ていた。
その姿が見えなくなるまで、ずっと。
「若頭に、頼まれていたんだ……………高橋さんに何か変わった事があったら、教えて欲しいと。どうも気になる…………さっきの高橋さん」
「何か、良くない事でも?」
「わからない…………でも、念の為だ。いいか?難しいと思うが、高橋さんに気付かれないように尾行してくれ。異変があれば…………俺も、直ぐに動けるようにしておく」
「…………はい、わかりました」
心臓が、やけに早く波打ち始める。
やり手の高橋に気付かれないように。
まだ若手の弓永には、なかなかの試練である。
「頼んだぞ…………」
大きく息を吐き捨てる、弓永の背中へ軽く手を当て、山代は笑みを溢した。
山代の勘。
それが当たっているかは、わからない。
ただ、念には念を。
何が起こるかわからない世界。
些細な事が、風向きを変える事もある。
ザァァァァァ……………
雨足は、激しさを増す。
傘に当たる雨の音も、耳に痛い程鳴り響く。
昼間の繁華街。
夜とはまた異なる顔を見せる、眠らない街。
雨に染まる、人通りも疎らなその街中を、大和はコンビニで買ったビニール傘をさし、ただ黙々と歩いていた。
今日、学校をサボった。
朝、高橋に悟られないよう、一旦普段通りにマンションを出た大和は、高橋が支部に行った頃合いを見計らい、再び着替えに帰った。
そして、気合いを入れるべくスーツを着て、黒河のいるビルを目指した。
スーツの懐には、あの飾り棚から持ち出した拳銃。
父親から、身を守る為に貰った、人生初の武器だ。
「ふぅ…………さみ…………」
大和は、目の前に広がる白い息へ目線を落とし、少しだけ身を丸めた。
丸めた身体に当たる、拳銃の硬い感触。
持っているだけで、緊張する。
出来れば、使いたくはない。
でも、多分使わなければならなくなる。
そんな葛藤とそれを持つ恐怖が、大和の心で渦を巻く。
「そう言や……………親父から着信入ってたな。何やったんやろ……………」
向こうに帰ってから、電話して来なかったのに。
気付いた時は、もう真夜中。
無性にかけ直したくて、何度もスマホを眺めていたが、結局かけられなかった。
今かけたら、絶対にボロが出る。
多忙な父親の手を、煩わせたくない…………。
関東を任されて、さほど経っていないうちからの現状に、大和は甘えたい気持ちを必死に抑えた。
「………………終わってから、かけ直そ」
終わるんか……………?
無事に。
「終わらせるんや、俺が…………」
ザァァ………と傘の上を流れる雨が、大和のスーツの肩を濡らし、秘めた決意を覗かせる。
大和は、数日前に来たばかりのビルを見付け、持っていた傘を斜めに傾けた。
「…………黒河…………」
ビルの磨りガラスから見える、小さな明かり。
コンクリートが濡れて、暗い景色がより暗くなった中で、その明かりだけが大和の目を奪う。
バシャッ……………
躊躇うことなく、足元の水溜まりを踏みしめた大和は、傘を畳むと、思い切り腕を振った。
雨にも負けない、水しぶきが辺りに飛び散り、キラキラと進む道に水の花を添える。
待っとれよ。
「…………ガキの覚悟、見せたるわ…………」
花道。
それは、とてつもなく危険な道。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
55 / 590