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守りたい存在
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『私を、大和さんのお側に置いて下さい』
あの日から、全ては始まった。
たった二人の、ヤクザな人生。
ザァァァァァ…………………
雨の関東支部。
いつもより、組員の出入りは少なかった。
窓から見える駐車場にも、車は数台。
広大な敷地は、不気味な程静まり返り、激しい雨音だけが、建物の中に響く。
ただ、寂しく。
ただ、永遠と。
バンッ………………………
「若…………………………っ」
高橋は、急いで部屋から飛び出した。
雨音を遮る位の大きな音を立て、荒々しく開けたドアは、勢い余って廊下の壁にまでぶつかりそうになる。
『若ですか?………………ああ、聞かれました。少し前ですけど………………高橋さんが急に帰った場所は、何処やったんやって…………えらい詳しく…………え、高橋さん?若がどうか………………もしもし、高橋さん?』
電話口で、自分へ聞き返す小早川の声が、一気に遠退いた気がした。
間違いない。
大和は、黒河の所へ向かった。
向かったんだ。
自分に話さないで動くとなると、そこしかない。
「…………………んで………………何でや………………っ!!」
ガンッ…………………………
人気のない階段を駆け下り、高橋は苛立ちから手摺を殴り付けた。
広いホールに反響する、手摺の振動音。
痛む手より、胸が痛い。
大和にそれをさせた自分が……………………。
「貴方に何かあったら………………私は………………」
私は…………………………っ!!
バシャンッ………………………
降りしきる雨で、支部の玄関先は、浅い川の様に水が流れていた。
その中を、高橋は自分の車だけを見つめ、走り抜ける。
早く行かなければ。
早く行かなければ。
それだけが、高橋を動かす。
いつも身なりをきちんとしている高橋が、どしゃ降りの雨に打たれ、脇目も振らず一心不乱に。
「若……………………どうか………………」
どうか、無事で……………………!
「……………………高橋さん…………………」
そんな高橋の一部始終を、柱の影から見ていた弓永は、少し面食らう。
竜童会の高橋と言えば、常に冷静沈着。
何事にも完璧で、あの嵩原の次に実力があると有名な男。
それが、ひどく慌ててた気がする。
どうしたんだ、一体。
「何か、あったのか?………………………とにかく、後を追ってみよう。組長の読み通り、本当に何か起きてたら大変だ」
弓永は、スーツのポケットからスマホを取り出すと、二言三言山代へメールを入れ、高橋に気付かれないように自らも車へ乗り込んだ。
ザァァッ………………………
辺りに飛び散る、水しぶき。
支部の重厚な門を、2台の高級車が立て続けに抜けて行く。
普段の高橋なら、気付いたかもしれない。
自分の後を追う、1台の車に。
だが、今の高橋には、何も見えなかった。
たった一人。
脳裏に浮かぶ、大和の姿以外は。
「ええ根性やな……………………さすが、竜童の若頭」
窓は、磨りガラス一枚。
カーテンすら無い殺風景な部屋に、やたらと違和感のある高そうな革張りのソファ。
そこだけから漂う、革の真新しい匂いに包まれ、昔の成金時代を彷彿とさせる年寄りは、汚ない口をニタニタと緩める。
電話で話すより、実物はもっと下品で不愉快。
薄汚れた部屋で、古い型の高級スーツを身に纏う黒河を初めて見た大和は、不快感で眉をひそめる。
「思うてもへん世辞は、要らんねん……………ジジイ」
ジジイ。
口の悪さと態度のデカさは、直らない……………いや、そもそも直す気もない。
あの上地丈一郎を、『上地』と本人に言える十代は、いまだ大和だけ。(まあ、多分現れない)
ジジイと言われて、怪訝そうにピクリと顔を歪めた黒河を無視し、大和は了解も得る事なく、新品のソファへドカッと腰を下ろした。
そして、然り気無く周りへ目をやり、黒河の脇に立つ男達を見る。
「フン………………見た目の良さも、生意気な態度も、親父ソックリやの」
「あ?それ、褒め言葉として貰うとくわ。親父は、俺の目標やからな」
護衛の男は、3人。
このビルに居るのが、3人だけなのかは不明だが、先日安道が蹴りを食らわした男はいない。
3人共、身体は180越えの大柄な体格に、筋肉でジャケットは張っている。
拳で勝てるかと言えば、正直やってみないとわからない。
京之介がおったら、話早かったな…………………。
こんな時の、猫の手より安道。
ヤクザ、安道の強さを思い出しながら(ヤクザではない)、大和は黒河の奥に置かれた机へ、目を留めた。
……………………………パソコン。
この前、黒河からの電話で聞こえた、マウスの音。
辛気臭い部屋にある、違和感。
艶々の革のソファと、やけに黒くテカるパソコン。
黒河はあのパソコンで、高橋の辛い過去を覗いていた。
沸々と、大和の中で込み上げる、怒り。
「何や………………見せたろうか?高橋の腰振る姿」
「………………………なに」
自分の後ろにあるパソコンを睨む大和に、黒河は黄ばんだ歯をチラつかせ、湧いてくる怒りを逆撫でする。
「お前も………………ただの右腕だけやのうて、あいつの腰にぶっ込んだらええんや。あれは、ヤクザちゃうで?何年経とうが、ワシにはわかる………………男を悦ばす、娼夫やぞ」
バンッ………………ガターン……………ッ!!
黒河の目の前で、二人の間にあったローテーブルが、突然引っくり返る。
「ジジイ……………………勘違いすな。高橋は、お前のもんやない。ウチの家族や……………………腐ったご託並べんなら、容赦せえへんぞ」
一瞬怯んだ黒河を見下ろす、大和のギラついた視線。
大和は、黒河の卑劣な言葉を聞いた瞬間、テーブルを蹴り飛ばし、立ち上がった。
落ちた外道は、どこまで落ちても、外道。
救いようは、なかった。
「クックックッ………………………ええの………………嵩原のガキは、こうでないとなァ!ヤクザがなんぼのもんじゃっ!!お前みたいなガキが、ワシを打ち負かすなんざ百年早いわっ!!」
本性を露にする、黒河。
怒りに震える大和を見上げ、ギョロギョロした目で嘲笑う。
「黒河ァ………………………っ!!」
堕ちるのは、どちらか。
二人だけで出発した、ヤクザな人生。
まだ、これから。
まだ、これから。
だから、守り抜きたい。
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