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情義
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それに欠ける者は、ただの屍。
大和に足りないもの。
それは、経験。
同世代の中では、遥かに強く大人に見えても、本当の大人ばかりが犇めく極道の世界で、それは単なる小さな仮面。
何十年も裏を見、生きてきた黒河にしてみたら、赤子の手を捻る様な滑稽さでしかなかった。
悔しいかな、それが現実。
「ガキは、所詮ガキじゃ…………………青臭い匂いをプンプンさせて、直ぐにキレよる」
大和が立ち上がった途端、黒河の周りを囲んでいた男達は、拳銃を構えた。
一歩でも動けば、蜂の巣。
大和の命は、黒河の匙加減に託されたのだ。
「こう言う時はな、先にキレた方が終いや。何が、若頭か………………………親父の名に守られた、しょうもない二世の分際で、ワシに太刀打ち出来る思うな」
しょうもない二世。
自らの力で汚ない世界をのし上がって来た、70も越えた黒河に言わせてみれば、まだ17の大和なんか、そんな言葉で片付けられるだろう。
憎きヤクザの愛息子。
嵩原が大切に大切に育てて来た一人息子が、目の前で、自分の指示一つで生きるか死ぬかの狭間にいる。
なんと言うゾクゾク感。
嫌でも顔が緩んでいく。
皺ばかりの乾いた唇をニタつかせ、久々の獲物に唾を飲み込む。
嵩原の手で、何年も日の目を見られなかった黒河は、やっと抜け出たこの瞬間を、何よりも楽しんでいるように見えた。
「アホ抜かせ……………………チャカ向けられて、俺がビビる思うとんのか。そないな覚悟、極道の道に入るて決めた時から出来とるわ」
経験から身に付いた巧妙さ。
人の汚さを存分に見て来たであろう黒河に、腹の探り合いでは勝てない。
そんな事は、百も承知。
今までだって未熟な自分は、父親や高橋のような経験者から、沢山の事を教えられて来たのだ。
自分を小馬鹿にしたように、挑発的な言葉を繰り返す黒河を見下ろし、大和は懐の拳銃に手をかけた。
「しょうものうてもな、そのしょうもない地位に、俺は命懸けとんねん。ガキ、見くびっとんのはどっちや…………………ボケ」
カチャ…………………………
「青二才が……………………っ」
大和のジャケットから抜かれる、拳銃。
横倒しになったテーブルの端に片足を乗せ、自分へ銃口を向ける大和を、黒河は苦々しく睨み付けた。
どちらが引き金を引いても、誰かしらの命は消える。
命は、消える。
命って、そんなに簡単なものなのか?
そんな筈はない。
大好きな父親は、何よりも命を大事にしてきた。
「黒河、俺らの世界は何や。コレを放つと褒められる……………………俺らが生きとる世界は、ホンマに下らん世界やな」
「なに…………………………」
死ぬんか、俺は。
自分の手にかかる拳銃の重みを片腕で支え、大和は自分の死を覚悟した。
たかが、17歳。
たかが17歳の子供が、重い鉛を手にし、まだ生きられる命を捨てようとしている。
命は尊いって、何べん親父に言われたんや……………。
あのキレたら恐い父親の、本気でキレる姿が目に浮かぶ。
極道に生きてなかったら、死ぬまでそれを持つ事さえ無かろうに。
「仲間が死んで、心の底から哀しかった筈やのに………………何の因果か、てめぇはコレを握っとる。放つ度胸があるかどうか考える前に、握っとんや。結局、俺も同じ穴の狢やで………………」
山代組の佐々木も、まだ駆け出しだった渋谷も、この銃弾に倒れた。
コレを放つ罪は、痛いほど思い知ったものを。
大和は、まるで自分に語りかけるように、言葉を吐き捨てる。
同じ穴の狢。
尊い命を奪う者に、真っ当も外道もないのだ。
「なぁ、ジジイ……………………お前は、言うた………………どちらも死ぬ覚悟で、話し合おうと。死ぬ覚悟で、話し合おうか?………………………高橋の録画されたデータ、全て俺の前に出せや。お前かて、わかってるやろ?竜童の若頭に手ぇ出して、無事で終わる訳がないて」
竜童の若頭。
自分は、本当に死ぬかもしれない。
死ぬかもしれないが、自分には仲間がいる。
もし、この場で命尽きようと、必ず仲間が動く。
大和は、それに懸けた。
「小僧ォ…………………………」
腹から響くような唸り声を上げ、少し前のめりで自分を見てくる黒河に、大和の態度は怯まなかった。
まだ十代でも、若頭。
黒河の前に、堂々と立つ姿は、まさにそれだった。
「………………………高橋は、ずっと俺を守ってくれた。何も知らんで、敵ばかりやった俺の側に毎日居て、どんな時も俺を守ってくれた。こないなナメたクソガキに、必死で命を懸けてくれたんや………………今度は、俺が高橋を守る番や」
拳銃を持つ手が、じわりじわりと汗をかく。
恐怖との戦い。
誰も、死にたくてこんな真似はしない。
ぎとぎとした皺まみれの顔が、自分を睨み付けているのに、視界を覆うのは、大好きな父親や高橋、仲間達の顔。
自分はいつの間にか、こんなにも必要な存在が沢山出来ていた事に、今更ながら知らされる。
ヤクザの道に、後悔はない。
その道へ進まなかったら、自分は出会えなかった人ばかりだ。
それを守る為になら、動きたくなって当然だろう。
大和の眼差しは、揺るぎない。
高橋を守るって、決めたから。
「情義の欠片もない輩が、俺の大事な高橋を気安く語るな」
たかが、17歳。
されど、17歳。
一端のヤクザなのだ。
「………………………花崎さん、伊勢谷さん?」
いまだ降り続く雨は、景色を変える。
まだ昼間だと言うのに、外は暗い。
大和の住むマンションのエントランス。
閉ざされた自動ドアの前で佇む、花崎と伊勢谷を見付け、山代は声をかけた。
「山代さん………………………っ」
突然現れた山代を見て、花崎達は少し驚いていた。
いや、花崎達だけでなく、二人を見付けた山代もまた、意外だと言いた気な顔をした。
まさか、3人が鉢合わせ?
「どうされたんですか?お二人は………………」
近くの路肩に車を停め、傘をさしながら歩いて来た山代は、先に質問を投げ掛ける。
「ああ…………………それが、大和と連絡つかへんで」
「え………………………」
「普段なら、学校へ行かれとっても、必ず着信があればかけ直して来られるのに………………今日は、ずっと繋がりもせえへんのです。おかしい思うて、若の学校へ電話したら、今日休まれてはるって」
「何かあったんか思うやないですか?心配になって、高橋さんに連絡してもサッパリやし……………」
「それで、マンションへ…………………」
「……………………………はい。でも、不在でした」
竜童会は、層が厚い。
若頭に少しでも異変を感じれば、間髪入れず動く。
高橋が、大和の学校に電話をかけた数時間後、二人も同じ様に学校へ探りを入れていた。
自分の動きと変わらない早さの二人に、山代は改めて竜童会の優秀さを知る。
「…………………………そうですか。私も、若頭と連絡がつかないと思って来てみたのですが、マンションは不発でしたか……………………」
雨に濡れた、マンション。
一日中雨だと言うのもあるが、周りは人気がなく、静まり返っている。
何だろうか、この感じ。
雨音だけが耳に響く景色を見渡し、山代は弓永から貰ったメールを思い出す。
約一時間前。
スマホが軽快な音を立て、メールの受信を知らせた。
勿論、相手は弓永。
『高橋さんが動きました。ひどく慌ててます。後を追って、また連絡入れます』
ひどく慌てて……………………。
あの高橋さんが、ひどく慌ててなんて………………。
「……………………高橋さんの居場所は、知っています。ウチの組員に、後を追わせたので」
「…………………………は?」
激しい雨が、ひたすら打ち付ける閑散とした道路。
その様を見つめたまま呟いた山代に、花崎と伊勢谷は目を向ける。
後を、追わせた…………………?
「追わせたって、どう言う……………………」
二人は、この時初めて悟る。
何か、良くない事が起きているのか。
「山代さ……………………」
「ぁあ?……………………お前ら、何しとんねん」
山代に、それの理由を問いただそうとした二人の背後から、また新たな声が被さる。
新たな声。
こんな時にぃ…………………っ!!
誰だよ、一体っ!!
「何しとんねんって、お前こそ誰やねんっ!今、大事な話し………………」
大事な話になろうとした矢先の、横やり。
花崎は、やや苛立った様に振り返る。
「はあ?お前?………………………花崎ィ……………お前、えらい上になったもんやなァ、オイ」
オイ。
「はぁぁぁぁぁっ!!あ、あ、安道さんっ!!?」
全身の血が、一気に流れ出た……………。(気がする)
唖然とする山代と伊勢谷を横目に、花崎は閉まりきった自動ドアへぶつかるまで後退り。
ガンッ………………………
「こっ…………………殺されるぅ…………………っ!!」
「……………………俺は、人殺しか」
人殺しです。
もとい、それに近い。
何やら立派な紙袋を抱え、雨の日もイケメンオヤジは、爽やかに(見た目は)ご登場。
「ったく、感じ悪いの……………………ヤクザが3人も屯して、何やっとんや…………………怪しい」
「あ…………………………」
『怪しい』の言葉に、わかりやすく固まる3人。
「ん……………………?何、ホンマに怪しい話しとったんか?お前ら………………………」
怪しい。
そこに、この男も加わるのか、安道。
話は、大きく動き出す。
情義を貫く、竜童の精神の下に。
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