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刃物を握る手
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その鋭利な刃に、切れないものはない。
ギシ…………………ギ…………
「な……………何で…………………お前が……」
何で。
さっきまで、高橋の身体を貪っていたベッドの上。
嵩原が現れるとは、予想だにしていなかったと言いたげな黒河は、額から嫌な脂汗をかき、腰を抜かす。
何を言っても、現在の極道の頂点、竜童会組長。
その世界に、知らないヤクザはいない、嵩原竜也。
自分が、ぐうの音も出ない程痛めつけられた時から十数年、嵩原の名は瞬く間に手の届かない所まで上り詰め、今や何重もの箔が付いている。
睨む訳でもない。
ただ、こちらを見る冷たい目に、ゾクッと背筋が凍り付く。
「何で……………………そら、随分やの。俺の目ぇ眩ませて、どえらい真似してくれとる野郎が」
バタン………………………
嵩原はゆっくりと後ろのドアを閉め、黒河の背後に見える高橋へ視線を動かした。
ベッドの手前に投げ出された高橋のジャケットと、乱れたシャツで胸元を隠す、高橋。
端整な顔には、痛々しい程の涙。
強いと思われるヤクザでも、泣く時はある。
人間だから。
でも、自分を見た瞬間に涙を溢した高橋の姿は、助けに来た嵩原の胸を、これでもかと締め付けた。
「……………………………高橋」
「親………………父……………」
ギシ………………………ギシ…
ベッドにかかる、重み。
嵩原は自らのジャケットを脱ぐと、黒河など見えていないかのように高橋へ歩み寄り、直ぐ様その肩に掛けてやった。
「親父…………………すみま…………」
「すまんかったな………………もっと、早ように来るべきやった…………………俺のせいや」
俺のせいや。
高橋の謝罪を打ち消す、嵩原の詫び。
そんな事、ある訳ない。
嵩原にだって、読めない事はある。
ましてや黒河の動きを見る事なんて…………………。
それでも、関西にいる筈の嵩原がここに来てくれた事実に、高橋の心は震えた。
「親…………………………っ」
高橋は、たまらず嵩原の胸にしがみついた。
格好悪い話だが、本当はとても怖かった。
また、地獄が甦る。
黒河のギョロギョロした貪欲な目に食われ、ベトベトした粘っこい口が、自分を貪る。
忘れたくても忘れられない虐げられた毎日は、いつまでも高橋の心を蝕む。
黒河に触れられた途端に、底の無い闇へと引き摺り込まれそうで、怖くて怖くてたまらなかった。
「高橋…………………すまんかった…………………」
自分を包む嵩原の腕に、高橋は唇を噛み締め、首を振った。
謝らないで下さい。
親父が謝る事じゃない。
そう伝えたかったが、涙で声が詰まって言葉にもならなかった。
「は…………………はは……………なんや、天下の組長も、結局は高橋にイカれとるんやないか…………………何が、すまんや………………どうせ、よう貪りついたんやろっ…………………そのいやらしい身体に!」
恐る恐る飛び出す、罵声。
嵩原が高橋を労ってやっている間に、ベッドから転がる様に滑り下りた黒河は、自分の持って来たトランクの所まで後退りして、二人を見上げた。
「………………………ぁあ?」
抱きしめた高橋の肩越しに、黒河を見据える嵩原。
当然、苛立たせるのはわかってた。
自分を見て来る嵩原の恐ろしさも、身をもって経験している。
だが、黒河もこれに命を懸けた。
この二人に復讐を……………………そう思って、スーの口車に乗ったのだ。
「ま、まさか………………お前が、こないに早よ関東に戻って来るとは思うてへんかったが…………………丁度ええわっ…………………どうせ、二人共ぶっ殺したろう思うとったんじゃ………………っ!」
冷えたタイルに尻餅をついた黒河は、嵩原の恐さに動揺しながらも、急いで近くのトランクをまさぐった。
トランクの中。
この中に、黒河は護身用の拳銃を隠していた。
カチ…………………………
指先に当たる、僅かな冷たさ。
その一瞬で、黒河の口元は、気持ち悪い程に緩んだ。
「ひゃあ………かかかか………………かっかか………勝ったわ……………………俺が、勝ちや……………嵩原っ……くくくっ………くくっ………………お前らを、殺したるっ!!殺したるんやっ!!」
嵩原の登場で、一気に追い詰められた黒河は、最早狂ったように笑い声を上げた。
そして、トランクから拳銃を勢いよく取り出すと、その銃口を二人目掛けて思い切り向けた。
「親父…………………っ!」
高橋は顔色を変え、嵩原の身体により抱き付く。
自分が、壁にならなければ。
一組員として、あるべき姿勢を示そうと、高橋は黒河との間にはだかった。
「アホ……………退け、高橋。腐った人間の弾なんぞ、俺には通用せん」
「あきませんっ…………………親父!親父に何かあったら、組員らが泣きます!」
自分の身体を退かそうとする嵩原の腕を掴み、高橋も必死に食い下がる。
しかし、それよりも嵩原の高橋を退かす力の方が、遥かに強かった。
高橋は、逆に嵩原に腕を引っ張られ、ベッドから下ろされると、その後ろへと追いやられる。
「俺の命も、組員の命も関係あるか。人に、そないな重さは要らんのじゃ…………………必要なんは、上っ面な地位よりも、それを敬う重さや。平気で人を殺すとほざく輩に、負けるか」
「…………………………親父っ」
低く、突き刺さるような凄みを増す、嵩原の表情。
止められない。
長い間、嵩原と苦楽を共にした高橋でも、そんな気がした。
「お前は、部屋から出て行け」
「え……………………………」
黒河を真っ直ぐ見る嵩原に、高橋の胸は張り裂けそうな程の音を立て始める。
部屋から出て行け。
出て………………行け?
「ま、待って下さい……………私も……………わた………」
「俺は…………………こいつと、話をつけるつもりはない。全部、終わらしたる………………お前は、見るな」
全部、終わらせる。
それは、何を意味するのか。
触れると肌が切れてしまいそうな、嵩原から感じる殺気。
側にいるだけで、膝から崩れそうになる恐ろしさが高橋を襲う。
「サッと、出ろ……………………命令や」
化け物と呼ばれる、男がいる。
でも、そのあるべき本性を見た者は、いまだ少ない。
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