アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
安息
-
フッと、力が抜ける。
顔を見た瞬間、たまらなくホッとして。
ガチャ……………………
静かに開かれる、自宅のドア。
関東に来てからこれまで、何か起きても必ず帰って来た、第二の我が家。
やっぱり、自宅は違う。
「はぁ………………………着いた」
ドアを開けた時の空気の流れと、リビングまで続く、いつもと何一つ変わりない廊下の景色に、大和は自分の無事を実感する。
生きてた。
今日も、生きてたんだと。
自分で馬鹿な真似をしといて………………なんて思われるだろうが、何かある度に、組の若頭として毎回死を覚悟しながら出て行く大和にとって、それはもう癖の様になっていた。
生きてる実感が、癖。
まだ10代で、それを癖にしてしまう、この世界の厳しさ。
嫌でも、強くなる。
大和の日常とは、そんな非日常が日常となる毎日を言う。
そして、こんな大和に戻って来た、もう一つの日常。
「あ………………………親父……………」
玄関に置かれた、父親の革靴。
そうだ。
父親が、家にいる。
いまだドアノブを握ったままの大和の表情は、視界に入った靴を見て、わかりやすい程に緩んでく。
「あかん………………俺、叱られたばかりやった」
ええ、久々のガッツンを。
でも、顔は緩む。
少しは反省した顔を見せなきゃと思うのだが、緩む。
身体は、正直である。
「……………………もぅ、どんだけ親父好きやねん」
親父好き。
いや、大和…………………それは危険。
世のオヤジの餌食です。
なんて考える余裕もなく、大和は微かに頬を赤くしながら靴を脱ぎ、父親の隣へそれを並べた。
隣同士で並ぶ、靴二足。
これが、最近はずっと一足だった。
ずっと一足。
凄く、寂しかった。
「これだけで、ホッとするわ…………………」
膝を曲げ、玄関にしゃがみ込み、大和はしばらく二足並んだ靴を眺めた。
父親と自分。
二人だけの世界だと思うと、またニヤける。
「………………………………キモ」
大和はニヤける口を手で塞ぎ、ようやく正気に返る。
どうやら、自分でも引く位、父親が好きらしい。
「ふーん………………こうして見ると、ホンマお前デカいな……………………靴まで、サイズ一緒やん」
…………………………は。
「ぅおおおっ!?おっ、親父ぃ……………っ!!」
知らぬ間に、LOVE父登場。
大和の横で身を屈め、まじまじと靴を眺めてる。
全く気付かなかった大和は、飛び上がる勢いで驚いた。
「あっ!こら、大和っ…………………そないに後ろへ引いたら…………………」
ガンッ……………………!!
「いっ…………………………っうぅぅ……」
見事に、廊下の壁へ後頭部を激突。
一瞬、身体に電気が走ったな。
大和は頭を押さえ、涙目で踞る。
「プッ………………相変わらず、けったいな奴やなぁ。何しとんねん…………………ほれ、見せてみ」
「だ………………だって…………………親父が、急に………」
そう言って、大和が顔を上げると、父親の手は自分の髪の毛へと伸びてくる。
あれ。
触って……………………くれるん?
「親父………………………触って……………」
「ああ…………………………お前が帰るまでに思うて、いつもの何倍もシャワーで身体洗うた」
「え…………………………」
いつもの何倍も。
何倍、も。
それを話す父親の手は、長時間のシャワーでとても温もり、洗われたばかりの前髪は、艶やかな光を出して、軽く瞳にかかってる。
ただでさえ若々しい嵩原は、前髪を下ろすと、本当に20代。
大和と並ぶと、よく兄弟に間違えられる。
俺の好きなヤツや……………………。
「親…………………………」
大和は、その大好きな父親の顔をまじまじと見つめ、自分の為に一生懸命身体を洗ってくれたのかと思うと、胸が熱くなった。
「大和?…………………お前…………………何、泣いとんや。やっと会えたのに、そないな顔すんなよ」
少し困った様な父親の笑顔と、身体を一気に包む温かさ。
泣いてる?
誰が?
「俺…………………っ………」
震える声。
大和は父親の腕に抱きしめられながら、ゆっくりと自分の頬を指でなぞってみる。
僅かにぼやけ始めた視線に見える、濡れた自分の指。
これ…………………涙……………………。
そこで、大和は知る。
父親を見た瞬間、自分の瞳からは、涙が溢れ出したのだと。
ボロボロ、ボロボロ。
まるで堰を切ったように、それは止まることなく、次から次へと流れ落ちる。
「苦しかったな………………………大和………………」
苦しかったな。
自分を抱きしめ、背中を擦ってくれる父親の優しい囁き。
苦しかったな。
苦し………………………。
「親父……………っ……………ごめ……………ごめんっ……………俺…………ごめん………っ……………親………父…………ぃ」
もう、自分でも制御不能。
ごめん、ごめん。
それしか言えない。
ワンワンと声を上げ、会いたくてたまらなかった父親の胸に顔を埋め、それしか…………………………。
「………………………大和」
それを受け止める嵩原もまた、謝るばかりの息子の心情に、辛い想いを抱く。
涙の理由なんて、聞かなくともわかる。
てめぇのガキに、何を負わせとんや、俺は……………。
許したとは言え、我が子の歩む道の過酷さを知る、父親。
上り詰めたからこそ知り得るその道程を、これから先も、我が子が同じように歩むのだと思うと、いつも身が引き裂かれるよう。
「わかっとる……………………わかっとるよ、大和。泣きたい時は、泣きたいだけ泣き……………………ここには、組員も敵も…………………誰もおらん。お父ちゃんだけや………………お父ちゃんだけしか、おらんのやから」
「親父……………ぃ…………っ」
お父ちゃんだけ。
皆がいたから無意識に保たれていた糸が、プッツリと切れる。
愛する人の前で自分を隠せる程、大人じゃない。
苦しくて、苦しくて。
生死をかけた戦いは、計り知れない重圧を生む。
どんなに気張っても、大和の心は、常にギリギリな所を進んでいるのだ。
「お父ちゃんこそ、ごめんな……………………一番に守ってやりとうても、一番にしてやれん。結局は、組員達を優先して、叱りつけてばかりや…………………」
愛してると、誓ったのに。
一生、この子だけだと、誓ったのに。
哀しいかな、大きくなり過ぎた自分の存在が、それを邪魔をする。
「ホンマは、お前が無事だった事に、一番ホッとしてしもうたのにな………………………」
ビルへ飛び込んだ時の、大和を見た瞬間の安堵感。
ああ、無事やった………………………。
顔には出さなかったが、心底そう思った。
無事を確認するまでは、怖くて怖くて、さすがの嵩原も珍しく手が震えた。
流れる大和の涙を拭いながら、嵩原の胸はその時の苦しさで締め付けられる。
「大和………………………」
溢れる涙が頬を伝い、綺麗な大和の唇をも濡らす。
また、それの震える愛らしさ。
嵩原は、涙を拭う指先を少しずつ下へとズラし、唇を捉える。
「傷口、痛とうない?」
「あ…………………う、うん…………………も、大丈夫や」
口元に目立つ、赤い痕跡。
「そうか……………………………」
それを聞くと、嵩原は目を細め、大和の目尻へキスをした。
「親…………………………」
「お前の涙は、俺が全部掬ったる…………………二人きりの時くらい、何もかんも捨てような………………」
何もかんも捨てような。
その優しい声に、また泣ける。
大和は、父親の唇の柔らかな感触を肌に感じながら、腕をソッと背中へと回した。
服を通して伝わる、父親のたくましい筋肉。
この身体に抱かれると、守られてるって安心する。
「親父……………………………」
やっぱり、大好き。
どんなに怒られても、どんなに厳しくされても、父親の愛が遥かに上をいく。
ずっと、側にいたい。
ずっと、ずっと側にいたい。
ここは、まだ玄関。
ひんやりとする冷たい廊下の上で、大和は目一杯に身体を父親へ密着させ、久し振りの温もりを味わう。
「大和………………………お帰り……………」
そんな息子を迎え入れる、父親の大きさ。
周りがどれほど頑張っても、親子の繋がりは断ち切る事は出来ない。
禁断の愛に溺れ、狂っていると言われようと、嵩原は父親と恋人を貫く覚悟で、大和を抱きしめる。
「お帰り…………………………」
たった一人の、愛する子。
「た………………ただいま…………………親父」
お帰り。
それだけで、いい。
本当に好きな人からの言葉は、短くても充分幸せになれる。
ただいま。
そう返す大和の口元は、もう笑顔が溢れてる。
「あ、そうや………………………京から、すき焼き用のええ肉貰うとんやった」
「え…………………………」
ええ肉。
玄関の廊下に胡座をかき、大和の頬へキスをしていた嵩原は、ふと安道が置いていった大層な包みを思い出す。
慌てて出て来たから、花崎に冷蔵庫へしまってもらったが、美味しいお肉はその日の内に食べなきゃ勿体無い。
「大和、シャワー浴びてき。今日の晩飯、すき焼きにしようや」
今日の晩飯?
笑顔で自分の頭を撫でる父親に、息子の素朴な疑問。
「す………………すき焼きって、誰がするん?」
当然だが、今、料理上手な安道も高橋もいない。
いるのは、明らかに料理に難アリな自分と、父親。
父親。
…………………………まさか?
「え?…………………………俺以外、誰がおるん」
満面の笑みと、親指を立ててグーサイン。
マジ。
ラブラブな空気、一転。
大和は、ガックリと項垂れ、両手で顔面を覆う。
「オイ……………………何や、お前。お父ちゃんの腕、見くびんなや?これでもやな、やる時は………」
「いや、見くびる」
即答。
愛される息子、親の腕前位知ってます。
「なっ……………………失礼やなぁっ!ほな、めっちゃ美味かったら、チュー10回やからなっ!」
「何、それ………………っ!すき焼きでチューて、アホやろ!?あんた、アホやろ!?」
「うっせ、俺はチューが好きなんや!!」
「何の主張やねん!こっちが、恥ずかしいわっ」
チューが好き。
別に、すき焼きで賭けなくとも、大和はしてくれよう。
だが、嵩原はいたって真面目である。
大和が、父親に会いたくてたまらなかったのと同じ様に、嵩原だって大和に会いたくてたまらなかった。
大和の大事なチュー。
そりゃ、腕振るいます。(下手だけど)
「おっしっ!頑張るぞっ♪」
「…………………………頼むから、張りきんな」
鼻唄混じりの父親を見上げ、大和は諦めの溜め息をつく。
でも、わかってる。
関西から直帰して、自分達を助け、このテンション。
本当は、父親が最も疲れている事。
全部、自分の為。
「チュー、20回」
部屋に着替えを取りに行きながら、リビングへ向かう父親に、大和がポツリ。
「はっ……………………マジかっ!!」
こうして、絶品(?)すき焼きは作られる。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
73 / 590