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気になる男
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サクさん。
ふざけた呼び名だが、無性に揺さぶられた。
「なんで…………………?なんでって、何が?」
多分、歩道中の注目を浴びていただろう。
コケそうになった少年を、咄嗟に抱きかかえるイケメン…………までは、無きにしもあらずだったと思う。
要は、そっからが問題だった。
「あ………………………いや………………」
大和が、サクさんから離れられなかった。
背中へ、サクさんの腕が回っているのもあったが、それを振り払う余裕もない程に、その姿に目を奪われていた。
父親の事で悩んでる時に、こんな出会いがあるなんて、神様は意地悪だ。
ちょっと、胸が高鳴ってしまった。
「アホか、俺……………………この人は、親父ちゃう」
ボソッと呟き、大和は俯いた。
女々しい奴。
恋に躓くと、どんどん気持ちは急降下。
愛されても愛されても、どこか隙間風。
寂しい。
だから、ずっと父親の事ばかり考えてた。
ずっと考え過ぎて、幻覚を見たのかと思った。
「おい……………………本当に大丈夫なのか…………?」
そんな大和を、サクさんは本気で心配した。
身体に負担にならないよう、ゆっくり手を離し、その顔を覗き込む。
「わ………………………」
思わずたじろぐ、大和。
近くで見れば見る程、ホント男前。
何と言うか、女ウケがいい顔とは違う。
男から見ても、格好いいと思わされるタイプ。
そういった所も、父親に似てる。
父親に…………………………。
「クス…………………そこまでビビるかなぁ。何も、こんな場所で襲ったりしないよ」
「え…………………………」
当たり前だが、初めて目にするサクさんの笑顔。
もう勝手に頭の中で『サクさん』と呼んでいるが、サクさんは笑顔も最上だった。
それにまたドキドキする自分も嫌だったが、うっかりサクさんの放った一言をスルーするトコだった事に、大和はハッとする。
今、何つった?
『こんな場所で襲ったりしないよ』
待てコラ、こんな所じゃなかったら襲うのか…………?
大和の目は、一気に疑いの眼差しとなる。
見るからにモテそうでは、あるけれど。
「ぷ……………………わかりやすっ。面白いな、お前」
「う、うっせぇ!お前が、変な言い方するからやろっ」
ようやく、大和節復活の兆し。
この出会いに戸惑い、いちいち表情に出てしまう自分を笑うサクさんを、大和は腕を振って突っぱねる。
ナメんな、クソ。
ガキはガキでも、ただのガキじゃねーぞ!
でもそんな事、サクさんには通用しなかった。
「へぇ………………お前、関西人か………………だからか、何か雰囲気が違うと思ったわ」
口の悪い大和の態度も、目を細めて見つめる。
まさに、大人ってやつ。
「悪かったなっ………………関東に馴染んでのうてっ!もうええわ………………退け………ゃ……っうう……っ」
無理矢理動かすと、やはり激痛。
サクさんを払いのけて、伊勢谷のいる店へ行こうとした大和は、腰へ響く痛みに顔を歪める。
何で。
サクさんに支えられていた時は、楽だったのに……。
「ほらっ、強引に身体動かすから!ちょっと見せてみろ…………………痛めた腰に、無理強いは禁物」
「はぁあ!?いっ……てて……お前、医者かっ!?」
「ん……………や、違うけど」
「違うんなら触んなっ!!離れろや、ボ……痛っ」
ボケェ…………………!
大和の『ボケ』、腰の痛みに完敗。
その上、サクさんの不可思議な態度。
医者でもないのに腰を見る。
新手の痴漢か!(男だけど)
大和は、サクさんの新手の痴漢行為(まだそうとは決まってない)に苛立つも、最早抵抗する力も入らない。
悪態をついた時には、既にサクさんの手はスーツの中。
お父ちゃ~ん!!
どっかで誰かが叫びそう。
「痛ぇって!!マジ………シバくぞ、てめ……っ!」
「少しだけ我慢しろ!男だろっ……………!」
「ンな事言ったってなァ……………っ」
大和の暴言など何のその。
いくら弱ってはいても、そこいらのヤンキーよりは箔がある大和の凄みも、サクさんはやっぱり気にもとめない。
それよりも、一喝してる。
何なんだ、コイツ。
微かな興味が、心の隅っこに芽生えてく。
「……………………直に楽になる」
「ら……………楽って………っ……」
耳元に囁かれる、サクさんの優しい声。
行き交う人の奇異な目にさらされながら、いつの間にか大和は、サクさんの服にしがみついていた。
そして、気付いた。
身体に感じる、違和感。
「あ…………………………」
「………………………な?」
じんわり、背中に広がる温もり。
これ………………………。
大和が顔を上げると、サクさんはニッコリと笑った。
「そこさ、俺の行きつけの服屋なんだけど………………今日、そこで客に配ってるって、使い回し出来るカイロ貰ったんだよ。丁度、店内で開けて見た後、俺のコートに入れたの思い出したわ。腰、温めるとだいぶ違うからな……………………シャツとパンツの間に挟んでやった。落ちないように、端っこをベルトで押さえてな」
「お前……………………」
ヤベ……………………今、情に絆されそうになってる。
こう言う些細な優しさって、結構キュンとしたりするんだよな。
大和は、サクさんの笑顔を見たまま立ち竦んだ。
確かに、腰が温かくて気持ちいい。
「てめ……………に、お前………………散々だな。これでも一応、桜井湊って名前があるんだけどね」
「え?あ、ああ…………………すまん」
桜井湊。
イケてるその風貌と、合う。
ピッタリやな。
…………………と思う自分に、衝撃。
サクさん改め桜井に軽く頭を下げ、大和は言い様のない微妙な気持ちで、素直に失礼を詫びた。
上に立っても、悪いと思えば頭を下げる勇気を持て。
これも、お父ちゃんの教育。
どら息子、ちゃんと守ります。
「ま、俺もいきなり失礼だったのは認めるよ……………なあ、ついでにお前の名前………………」
「若ぁ…………………………っ!!」
歩道に響き渡る、伊勢谷の声。
店から出て来たら、なんだかやたらと注目を浴びている一角に、大和がいる。
伊勢谷は、血相を変えて駆けて来る。
そりゃそうだ。
なんと言っても、天下の竜童会若頭。
そんじょそこらの組の若頭とは、レベルが違う。
大和に何かあったら、一大事。
「若?……………………なに、お前………………若旦那?」
逆に桜井は、伊勢谷の方へ振り向く大和をまじまじと見つめ、微笑んだ。
若旦那。
普通は、その程度が関の山。
誰も、目の前にいる17歳の子供がヤクザだなんて、思う訳がない。
こっちだって、わざわざ『若頭です』と言うのも馬鹿らしい。
ただ、それは相手が堅気の場合。
「……………………………みたいなもん」
「は………………………」
大和は伊勢谷に向かって手を挙げ、心配いらない事を身振りで伝えた。
堅気の場合。
何でかな……………………この世界で生きてると、わかってしまう事がある。
ふとした一瞬で、わかってしまう事が。
「桜井湊、ありがとうな………………助かったわ」
横目で感じる、桜井の視線。
それを確かめる事なく、大和は前へと歩き出した。
「おい…………………………」
勘が、働く。
さっき桜井に微笑まれた時、察してしまった事。
桜井湊の、別の顔。
……………………どうりで。
どうりで、自分の態度を物ともしない筈だ。
自分へ話しかける桜井の声に、大和は手だけで応える。
これ以上はマズい。
そう悟ったから。
「フルネームは止めろよ、若旦那……………湊でいい」
湊でいい。
何、それ。
イラ……………………
「お前っ………………アホちゃう!?」
つい、大和はイライラに任せ、振り返る。
あーっ!振り返っちまったァ!………………なんて思っても、もう遅い。
大和の怒れる目は、桜井を捉えてた。
予想だが、桜井は出来る男だ。
色々な男達を見てきたから、自分の見る目に間違いはない。
だから、桜井だってきっとわかってる。
わかってるのに………………。
俺が一線引いたん、台無しにするんか…………っ!!
あからさまにムッとし、大和の口はへの字に曲がる。
「そう怒るなよ……………………仕方がないだろう?また会うって、思っちゃったんだからさ」
「なに……………………」
また会う。
桜井は、自信あり気に宣言した。
何の根拠?
「俺の直感、よく当たるの知らない?」
根拠ではない、ただの直感らしい。
「知るわけないわっ!さっき会ったばかりやぞっ」
ごもっとも。
初対面で相手の直感を信じられたら、苦労しない。
「クスクス…………………いいね、お前サイコー♪気に入ったわ!絶対、次あるな」
それでも、桜井は相変わらず平然としている。
直感だけで、次あるな。
めでたいのか、馬鹿なのか、真面目に凄いのか。
どちらにせよ、初対面のインパクトは色んな意味合いを含めて、特大。
「その自信は、どっから来とんねんっ…………マジ、呆れるわ!」
「ヘイヘイ、じゃあ………………またな、若旦那」
嫌みか!
若旦那。
大和が目尻を吊り上げてる事など、お構いなし。
桜井は、最後までイケてる笑顔を見せつけるように、余裕の表情で手を振る。
今度は逆に、自分から大和へ背を向けて。
「サクさーんっ、大丈夫でしたぁ?」
桜井が大和から離れた直後、最初に陽気な声を上げていた男が近寄る。
大和は、伊勢谷の所へ行こうとしたが、何故か気になって二人の様子を目で追っていた。
「チャラい喋り方やな…………………竜童じゃ、考えられへんわ」
でも、喧嘩は強い。
拳を見れば、一目瞭然。
そう言う男が、桜井の脇を固めてる。
「何か、えらく楽しそうだったんで、お邪魔かなぁて思って見てたんですけど♪」
「ばぁか…………………変な遠慮すんな」
「えぇ~、またまたぁ~♪俺、サクさんの味方っすからね!何があっても!…………………皆、サクさんだから付いて来てるんですからっ!」
「意味わかんねー。ほら、メシ行くぞ」
しかも、愛されてる。
桜井は、仲間にかなり慕われてる。
男の表情から、それがヒシヒシと伝わってくる。
「………………………桜井湊」
二人の去って行く後ろ姿を眺めながら、大和は自然と桜井の名を口にした。
完璧に、インプットされてしまった。
「若………………………今の……………」
近くに来ていた伊勢谷も、大和の後ろから桜井達の姿へ目を向けていた。
綺麗な瞳が、やや険しさを増す。
伊勢谷の目にも、それは明らかだった。
「ん…………………………同業やな」
伊勢谷が言わんとする事を、大和は返事する。
同業。
つまり、ヤクザ。
大和が見抜いた勘は、おそらく当たっている。
桜井湊………………………あの男は、ヤクザだ。
「そないに悪い人間には、見えへんかったですけど……………名前、おわかりでしたら調べましょうか?関東の者なら、山代さんがご存知かもしれません」
山代。
関東組で、山代が加わってくれた事は大きい。
ただでさえ仕事が出来る山代は、関東のヤクザ事情をよく把握している。
桜井の事も、訊ねたら答えてくれるだろう。
大和は桜井湊に踏み込むべきか、人混みを見つめ、考えた。
「類は友を呼ぶ………………」
「…………………………はい?」
何の因果か、ヤクザはヤクザに出くわす。
それが、吉と出るか凶と出るかは別として。
「…………………………ええわ、俺が山代に聞く」
興味が、先に立った。
桜井湊を、知りたいと……………………。
ガチャ……………………………
「…………………………ただいまぁ」
その日の夕方、大和はマンションに帰って来た。
あれから、伊勢谷と料理屋の会席料理を食し、会場も下見させてもらい、満足な気分で店を後にした。
いい店だった。
伊勢谷・花崎ペアは、結構いいかもしれない。
高橋や山代みたいに出来過ぎると、付いて行くだけで組む方はしんどい所があるが、互いが支え合ってると上手く相手の良さを持ち上げてくれる。
実力はあるのに、目上を立てるばかりで控え目になりがちな部分が、二人だと同じ様に引き出せている。
大和は、ふと最近の伊勢谷と花崎の仲の良さを、思い浮かべた。
「まさか、あいつら…………………デキてへんよな?」
『親父』とデキてる身で、言うのもなんだが…………。
伊勢谷と花崎。
やたらと二人でいるよな…………………?
「あかん……………………一度疑ったら、これからそないな目でしか見れへん気がする…………………」
人間そんなもの。
廊下を歩きながら、大和は要らない事を想像してしまったと、頭を押さえる。
事実だったら、どうしよう。
「いや、俺っ……………ちゃんと祝ったるし!」
何の話。
カップル誕生を祝う、組。(まだ確定ではない)
すこぶる平和である。
「てか……………………ホンマ、楽になったな…………」
腰。
背中へ手を当てれば、まだ温かい感触。
「桜井湊かぁ………………………」
歳は、20代半ばから後半だと思う。
若い時の父親を見ているような、男。
今で言う、白洲会片山…………………みたいな?
とにかく、華のあるヤクザだ。
「………………………ウチに、合う気がする…………………」
竜童会の空気に。
後から考えれば考える程、凄いものを堀当てた気になった。
下手したら、山代以上かもしれない。
あの山代以上………………………。
「ハッ…………………………な、何言うとんやっ、俺…………まだ何も知らんうちから…………………っ」
知ってたら、口説くのか?
「ちーがーうぅぅっ!!そんなんやないっ!」
じゃあ、何なんだ。
大和は思い切り首を振って、顔を両手で覆った。
わかったら、苦労しない。
まだ見えない、ヤクザとしての力に興味を抱いたのか、桜井湊と言う男に興味を抱いたのか。
自分でもわからない。
わからないから、気になってる。
俺はアイツを調べて、どうしたいんや………………。
「若…………………?何してはるんです?」
………………………あ。
「高橋………………………っ!」
見れば、高橋がリビングから顔を出し、笑ってる。
み、見られた?
恥ずかし………………………っ。
大和の顔は、みるみる赤く染まってく。
「あ、あ、あの…………………これは…………」
「クス……………………お帰りなさいませ。親父も、さっき錦戸に送られて帰って来られましたよ……………珈琲でも、入れますね」
いつもの高橋。
あんな事があったけど、いつもの高橋だ。
大人の色気たっぷりで、格好いい、デキる男。
高橋しか出せない、魅力を醸し出す。
今朝、急いで学校に行った大和は、その高橋に会えなかった。
なんだか、ちょっぴり感動してる。
「た…………………ただいま」
「はい、お待ちしとりました………………寒うなかったですか?話は後でお伺い致しますので、早ようリビングへどうぞ」
リビングの開いたドアからは、エアコンの暖かい空気が流れ出る。
高橋が、寒い外から帰って来る自分や父親の為に、早めに入れてくれてたのだろうと思う。
高橋とは、それをサラッとやってのける。
「なぁ、高橋…………………明日やけどな…………」
「明日…………………………?」
「学校から直接山代の所へ行こう思うから、迎えはええわ……………………」
大和は、高橋の優しさを肌で感じながら、今日出会った桜井の事を聞きに、山代に会う事を告げた。
ただ、理由はまだ言えなかった。
何故か、言えなかった。
桜井湊が、後ろめたい?
後ろめたいって、何。
リビングへ向かう廊下で、大和はモヤモヤする胸の内を抑え、平静を装う。
「山代の所へ……………………?」
「ん……………………まぁ、そのうち話す」
「そう…………………ですか」
予定になかった話に、勘の鋭い高橋は、変に思ったに違いない。
だけれど、高橋が無理に聞き出しはしない事を、大和は知っていた。
そのうち話す。
そのうち。
それを信じて待ってくれる。
「…………………………わかりました。お任せします」
ほら。
問題は。
問題は…………………………。
「大和………………………帰ったんか?」
声だけで、身体が熱くなる。
俺、どんな顔する……………………?
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