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対して、教室に残った涼。北斗が出ていった後にその口元には笑みが零れた。
「…こっっわ」
『苦笑い』、の笑みが。
忘れ物があると教室に残った北斗。けれどどうだろう。北斗は教室に戻っただけで探そうとする素振りは全く見せない。
何処に置いたのか検討をつけているのかどうなのか、ポーカーフェイスからは流石の涼も何も読み取れず、「一緒に探しましょうか」と提案したまでは良かった。
北斗はそれを断って、「そんなもの有りませんよ」と予想していなかった矛盾を暴露した。
「第一中身を出してないのに何かを忘れるなんてそんなこと起こり得ないと思いませんか」
そう言われ、涼は北斗が教室に入ってきて今の今までの行動を思い返してみた。
北斗の鞄は貴重品、メモ帳、書類。軽いものを入れるのに適している小型のもの。仕事場にこの後すぐ戻るのであろう北斗は軽装備で、その鞄は何かを持ち運ぶ…と言うよりは面談の際に生じるプリント類を仕舞えるために持ってきた用にも見えなくはない。
実際北斗が鞄を開けたのは一回。しかもそれは昴流の成績を纏めた紙を仕舞うとき。北斗が言うように確かに何かを取り出したことは一度もなかった。
「…"俺個人"に何かご用でしょうか」
なら、どうして態々残る意味などないのにここに残ったのか。涼にはそれが2人きりになったことに理由があるような気がしてならなかった。
「今更良い父親ぶる気はありませんけどね。子を交えて話したくないこともあるでしょう?」
これはつまるところ当たり、らしい。椿涼に、"末っ子の恋人"に目の前にいる男は用があるようで。
自然に、昴流に違和感を持たせずに。自分が息子の恋人と2人きりで話したいという目的を悟らせないように。そこまで気を配る程に昴流には話を聞かれたくないらしい。
「それで?俺と話したいこととは?」
「そうですね、では簡潔に」
カツリ、と北斗の靴が地を叩く音が教室に響く。それがやけに涼には大きい音に聞こえた。
「私が言えた義理ではありませんが、昴流を泣かす様な真似をしたら…分かってますよね」
涼に向けられたそれは変わらず無表情だった。けれど、違う。確かに、無表情なんだけれども、違う。先までの顔に"表情"があったと思わせるような、正真正銘の"無"。その表情に涼は背筋がぞくりと冷え、体が本能的に危機を知らせる警笛を鳴らすのを聞いた。
「…泣かすつもりも予定もありませんよ」
「なら安心ですね」
ごくり、と生唾を飲み込んで北斗に自分の意を伝える。その、一瞬。涼の返事を合図にまた北斗は表情を"取り戻し"、涼の中にあった緊張感もそれを合図にほどけた。
「昴流に泣かれるのは、どうしても弱くてですね。中学の頃のものは言葉足らずで表情が上手く作れない自分が原因だと自覚しているんですよ。だからこそもう辛い表情をして欲しくない。忠告と言う形になってしまって申し訳ありません。別に涼君の気持ちを疑っている訳ではないんですよ」
「…いえ、大丈夫です」
北斗の気持ちは昴流との距離感で悩んでいた友人を持っているから知っている。昴流がいないところで忠告をするという行動でどれだけ不器用な人なのかも理解した。もしかしたらこの人は、彗よりも不器用な人かもしれないと思ってしまうほどだ。
「忙しいでしょうに時間を取らせて申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらず」
「ではこれで。お仕事頑張って」
「…嗚呼、はい。ありがとうございます」
ちらりと時間を確認して、会釈をした北斗は、今度はちゃんと開けたドアの前で立ち止まることなく教室から出て行った。
そこで冒頭に戻る訳である。
「今でもチンピラ抜けてねぇだろあれ…」
北斗がいなくなった教室で、どっと疲労感が襲う。
彗から昔父親が元ヤンだとか、怒ったら三途の川を見るとか、聞いたことはあったけれど涼がそれを実際に見ることは今でなく、そう言っていたのを完全に忘れてしまっていたのだが一気に思い出した。
家族愛ってのは時に子のためなら刃物のように鋭い牙を覗かせる程に、凶暴なものになるらしい。
例え殴り合いでも"無"を知ってしまった後では勝てる気がしない。そこに自分が圧倒的有利な筈の年齢差がある前でも。
不良一家。昴流が"最恐"と呼ばれたのもこの家族の末っ子じゃあ頷けるような気もしなくはない。
まぁ、とりあえずのところは。
「…北斗さんを怒らせるのは止めとこう」
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