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この王都は、王城を囲むように風・土・火・水の精霊王を祀る神殿が東西南北に建てられている。風と火、土の神殿には、それぞれ精霊王と話のできる神官長がおり、神官長の統制のもと神官たちが『各精霊王に従う精霊と契約した魔術師』の管理をしている。
しかし水の神殿だけ、数十年神官長は存在していない。水の精霊王は長年誰にもその声を聞かせることはなく、沈黙を貫いていた。
「追われているんだ。どうか、しばらくの間身代わりになってもらえないか?」
艶やかな毛並みの黒馬を連れた青年が、出会い頭にそう言った。
身代わり?
目の前に立つ美丈夫の彼とは似ても似つかない、僕に?
うっそうとした『陰影の森』の中をうろついている、どう見ても怪しいこの僕に?
首を傾げていると、彼の後ろにいた金髪の美少女がネックレスとリングを僕に差し出した。
「お願いします。私たち捕まるわけにはいかないのです。このネックレスとリングを報酬に。どうか、私たちを助けてください!」
「頼む! 捕まっても監禁されるとは思うが、絶対に殺されることはない。だからどうか!」
僕の国と隣接する国の境目にある森。
国境であるこの森を二人で抜けようとしているってことは、駆け落ちなのかな?
陰影の森は『精霊の加護』がなければ抜けることができない。ということは、この二人はその加護があるんだろう。
ちなみに僕には加護はないから、この森を出ることはできないんだ。
僕には家族がいない。住む場所もない。お金もない。森をさまよう日々の僕の行く末は知れている。
二人の必死な形相に押されて、僕は頷いた。
「お引き受けします」
ほっとした表情になる二人。
「偽物かと問われたら、そうですと答えて構いませんが、ご自分から偽物ですとは決して言わぬよう、よろしくお願いします。では報酬は無くさないように、着けさせていただきますね」
鈴の鳴るような声でそう言い、少女が僕の首にネックレスを着け、指にリングを嵌めてくれた。
ネックレスは女性用のためかチェーンは短めで小粒の宝石は僕の喉元に位置している。
そしてリングのサイズがピッタリなのは左手の小指だった。
「本当に、ありがとう」
美少女が僕の両手を握って、はにかみながら礼を言う。
それを見てすぐさま美丈夫の彼が馬にまたがり、彼女の手を取って軽々と黒馬に乗せた。
「ありがとう。俺の名前はアンデリク・セドヌスだ。感謝する!」
二人を乗せた馬は颯爽と森を駆けて行った。
消えていく姿を見送り、さて、と困る。
身代わりは良いけど、捕まったら本当はどうなるんだろうか。命は保証していたけど、本当に?
なんにせよ監禁されるのは嫌だなぁ。できれば逃げ切りたい。逃げ切れるかな? 僕は足が変形しているから、走れないんだよね。
うん、どう頑張っても無理だ。捕まって監禁されよう。
いや、でも僕は森から出れないし…森で監禁? それなら今と変わらないか。
このネックレスとリングはいくら位で売れるのだろうか? ま、森から出られない以上、売れても仕方がないんだけど。
首のネックレスを弄んでいたら、がさがさと何かが近寄る気配。
え? 野獣かな? まずい。今は武器を持っていないし、罠もこの辺には何も仕掛けてないし。
気配の方を向けば、そこには白いローブに身を包んだ青年と数名の近衛隊たちの姿があった。
よかった。野獣じゃなかった。
いや、監禁が待ってるからよくないのかな?
「いたぞ!あの方がリングを持っている!」
白衣の青年が僕を見て叫べば、
「アンデリクは周囲にいないか?」
「いや、アデーレ様以外に気配はない」
「油断はするな。なんせ相手はあのアンデリクだ」
と、近衛隊たちが周囲を捜索しながら叫んでいる。
あれ? アンデリク、が周囲にいないか?
アデーレ様? 誰それ??
もしや僕、アンデリクさんの身代わりになるんじゃ、なくて。
実は彼女の方だった!?
でも、身代わりも何もこんなに早く捕まっちゃったら、バレるの時間の問題だよね。二人はちゃんと逃げ切れるかな?
どうしようかと困惑していたら、白衣の青年が僕の首を見て再び叫んだ。
「魔法具がアデーレ様の首にっ! すぐに神殿へ行かなければ呪いが解けなくなってしまう!」
え? この首のネックレスって魔法具だったの? 僕、何か呪いを掛けられてる?
『大丈夫です。僕、アデーレさんじゃないから』
慌て叫ぶ青年を落ち着かせようと、声をかけた。けれど、声が出ていない事に気付く。
なんで? さっきまでアデーレさんたちと普通に話していたのに。
僕が口をパクパク動かしているのを見て、白衣の青年が更に慌てだす。
「ダスティン! アデーレ様の声が奪われた!」
青年の慌てっぷりが凄まじくて、逆に僕の方が冷静になってしまった。
青年を落ち着かせるべく彼の手を取ってぎゅっと握り、目を合わせる。それからゆっくりと『大丈夫』と口を動かして、頷く。
僕のその行動に、目を瞠っていた青年が落ち着きを取り戻し、口をきつく結んだ。
「申し訳ありません。不安なのはアデーレ様の方なのに、不安を煽るようなことをしてしまいました」
僕は首を振ってそんなことはないと微笑んだ。
ダスティン、と呼ばれた近衛隊たちを取り仕切っている人が僕に近寄り、
「呪いを解くために即座に神殿へ急ぎましょう。それにしてもアンデリクめ。変装にも程があるだろう。アデーレ様にこんな浮浪者のような恰好をっ」
ぶつくさと文句を言う。
浮浪者みたいじゃなくて、実際浮浪者なんですよね。言えませんけど。
今、こうして声が出ないのは、アデーレさんではないことがバレないようにするためなのかな。ネックレスの宝石に術がかかっていて、声が出ないようになっている、のだと思う。
「さ、行きますよ、アデーレ様」
一通り文句を言い終えたらしいダスティン様に促される。一緒に行っていいものか逡巡したけど、僕の足では逃げても捕まるだろうし、行くしかない。
加護はないけど、出れるのかな?
不安を抱いたまま近衛隊の方に導かれて、森の中を歩き出した。
どの位歩いたのかわからないけれど、気が付いたら王都に繋がる道に出ていて、そこには数頭の馬と馬車が待機していた。
どうやら僕は森を出ることができたようだ。かれこれ5年ぶりの森の外だ。
光が木の葉で遮られていないから、まぶしくて思わず目を細めてしまう。
「申し訳ありません、アデーレ様。事は急ぎますので、馬車ではなく騎馬で神殿へ行きたいと思うのですが」
別に問題はないから、僕は頷いた。
馬、久々に乗るから楽しみだし。
「では、私の手を。それからしっかり捕まっていてください」
ダスティン様が僕に手を差し出した。
さっきのアデーレさんとアンデリクさんみたいだな、とぼんやり思う。
乗馬すると、ダスティン様が後ろから手綱を弄った。
軽装だから、後ろにいるダスティン様の体格がよくわかる。痩せこけた僕とは大違い。
近衛隊の人って大きくて、頼もしくて、格好いいんだな。
「ハイン、俺達は先に行く。では、アデーレ様、行きますよ」
「頼む、ダスティン」
白衣の青年、ハイン様も馬に乗りながらダスティン様に返事する。
そして僕はダスティンに神殿へ連れて行っていただいた。
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