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ありえないと驚くしかない僕を見て、お兄さん……水の精霊王様も驚いて叫んだ。
「どうして驚くのぉ! あれだけ仲深めて、僕がエミリオを神官長にすると決めて見守って……」
「水。エミリオはお前を全く思い出してねぇ」
風帝様が淡々と、それでも魅惑的な声で僕の思いを代弁してくれた。水の精霊王様と仲良くした記憶なんてないからこくこくと頷く。精霊王様と仲よくなんて、そんな光栄なことがあれば絶対に忘れたりしない。
「嘘おっ! エミリオの幼なじみくんと森で一緒に遊んだり、川で僕の身体をエミリオに洗って貰ったりしてたのにぃ!」
悲痛な形相で叫ばれても、今まで綺麗なお兄さんの身体を洗った覚えはない。でも、幼なじみと森で遊んだり川で水浴びしたといえば田舎にいた頃で、今からもう十年以上も前のこと。その時に一緒にいたのは―――
『―――ゼオライト』
幼なじみと遊んでいたら、森の中から毎回顔を出してきた野生の白馬しか思いつかない。馬好きの幼なじみが凄く褒めていた、綺麗な毛並みの白馬。幼なじみと二人で『ゼオライト』って名付けた白馬。
僕の言葉で瞬時にぱあ、と輝く笑顔を浮かべた水の精霊王様は鼻息荒く風帝様に詰め寄った。
「ほぉら、ルーベルト、エミリオはすぐに思い出してくれたじゃないかぁ! 愛だよっルーベルトよりも僕は愛されて……うわあっ!」
あ。水の精霊王様がよろけた。
抱えられていて見えなかったけど、どうやら風帝様が精霊王様のすねに容赦なく足蹴りをしたらしい。罰当たりの行為なのに、誰も口を出さないのはどうして?
周囲を見渡すと、誰も彼もが唖然としているか残念そうな目で僕たちを見ているかで、口は開きっぱなし。きっと僕なんかが水の神官長だなんて、誰も認めたくないのだろう。そのことは後で辞退して皆を安心させないと。
それにしても、あの白馬(ゼオライト)が本当に精霊王様?
「火の神官たちが『魔の薬』って呼ばれる、加護を遮断する呪入りの薬で水の精霊王の邪魔してさぁ、神官長との会話を遮断しちゃってねぇ。前神官長は寿命で不在になって、前精霊王も座を辞して、僕が精霊王を継いだんだよねぇ。でも変わらず神官長に言葉を伝えられないし加護も与えられなくて、神殿にいても仕方ないんで彷徨ってたらエミリオ見つけたんだよぉ」
綺麗だねって凄く褒めてくれて撫でてくれて、可愛かったぁとにやける水の精霊王様。確かにあのお馬さんは綺麗だったから精霊王様の言う通りのことはした記憶はある。でも僕、精霊王様がうっとりしながら言うほど可愛かったとは思えないんだけど。
「火の神官達は四神殿で優位に立ちたくて長年策動してたんだよなぁ。水の神殿陥れるために隣国の魔術師と手ぇ組んで風の子供攫って、水の神官に『この子を餌に精霊王を呼び戻せばいい』って囁いたんだろ」
立ち尽くしている真っ青な火の神官様たちの強張った表情は、風帝様の言ったことが真実なのだと証明していた。
封印の間に閉じ込められていたのは風の精霊王様の御子様だった。もしその事実が表沙汰になったら、水の神殿は他の神殿から激しく糾弾される。いくら火の神殿に唆されたと反論しても、事実は『水の神殿が風の精霊王の御子様を監禁』したことだけだ。火の神殿だって悪事を囁いた証拠は残さなかっただろう。
『お前がしでかしたことを、身をもって知るが良い。なんと罪深いことをしたのかを!』
あの子を逃がした後、神官たちが口を揃えて僕にそう言ったのは、御子様を逃がしたことで事実が表沙汰になってしまった場合、四神殿の中で水の神殿が最下位になるから。そして、水の神殿が復興する機会を潰してしまったから。結果として、水の神殿を今のような所まで衰退させてしまったのは僕、だ。
「全ては風が理解している。んで、証拠を揃えて全てを他の精霊王たちに伝えたら、土の精霊王は隣国の司祭と俺の部下引き連れて根源の成敗に行った。火の精霊王は―――」
「あ、粛清が入ったよぉ。いま火の契約が一斉に解除された」
風帝様の言葉を遮った、とても楽しそうな水の精霊王様の言葉で急に慌て騒めく火の神官様たち。どうやらそれは本当のようで、こっそりと逃げようとした火の神官様たちは誰一人魔法を使えないようだった。通常、罪を犯した神官は神殿の中で裁かれる。神殿での裁きは身内感覚が残るので、余程のことでなければその罪は世間に知られることは少なく処罰も甘くなる。けれど、魔法が使えない者は神官ではないとみなされ、民の前で国法によって裁かれることになるのだ。
「ダスティン、ここにいる“元”火の神官は全員捕獲だ。例の薬に関わっている奴らだから反逆罪で牢にぶち込んどけっ!」
風帝様の命令で、呆けていたダスティン様はすぐに動いた。副隊長だけあって隊員に出すダスティン様の指示は手短で的確で、隊の統制も取れていたから魔術の使えない火の神官たちはすぐに全員捕まった。
ダスティン様達が取り押さえた人たちを連行して神殿を出て行く姿を見ながら、風帝様なら知っているだろうとずっと心配していたことを聞いてみる。
「あ、あの、風帝様」
僕の声に風帝様は小さく舌打ちした。
「ルーベルトだ。もう術が切れちまったか。水にその声は聴かせたくなかったな。で、なんだエミリオ?」
「あの子、大丈夫ですか? もう泣いていませんか?」
助けてと泣いていた女の子。精霊たちが助けてほしいと願ったあの子。|風の精霊王様(おや)と引き離されて一人閉じ込められて、どれ程怖くて寂しかったことだろう。
僕の質問に一瞬だけ目を見開いたルーベルト様はすぐに笑った。
「ああ見えてお前より年上なんだがなぁ、ま、今は泣いてねぇ。ただ、ずっとお前を心配して探してたぞ」
「そう、なんですか?」
僕なんかを?
「驚くことでもねぇだろ。助けてくれた人間に祝福をと思ったら、その存在をどこにも感じなくなっちまってたんだ。ありがとうも言えないと、風や子供だけじゃなくてお前に声を掛けてた精霊も必死で探してたぞ」
「ありがとうなんて……酷いことに加担していたのに」
「うんうん。そういうとこ、エミリオらしくてすきー」
水の精霊王様がまた風帝様ごと僕に抱き付く。
「癒しだよねぇ」
「だから、離れろっての。コレは俺のだ」
「ぐはっ」
呻いて、水の精霊王様が離れて蹲る。お腹を抱えているから風帝様がお腹を殴ったのか足蹴にしたのか……。
凄い。人間が精霊王様にそんなことできるなんて。ダスティン様が風帝様のこと、俺様って評していたけれど、本当にそんな感じなんだ。
「あ、あのっ」
僕の呼びかけに二人動きはぴたりと止まり、その顔が僕に向いた。
「お、下ろしていただいてもよろしいでしょうか。あまりにもお二人……っ特に風帝様のお顔が近すぎて、心臓が持ちそうにありませんっ」
さっきまでは命に係わる事態だったり知らなかったことが次々に表面化したりして気を取られていたけれど、風帝様の大きな腕に抱かれている僕はあまりにも不敬だ。それに風帝様のお顔を間近で見たり、深くて響く声を耳元で聞いていると刺激的で、心臓がばくばくして困ってしまう。
僕の困り具合を分かってもらえたのか、風帝様はその腕から床へそっと下ろしてくれた。
足で床の感覚を確認してから風帝様を見上げ、質問する。
「僕はどうなるんでしょうか。水の神殿の復興を慮ってのこととはいえ、精霊王様の御子様の監禁は許されることではありません。加担していた罪はどのくらいなんでしょうか」
僕はそこで風帝様から精霊王(ゼオライト)様に視線を移した。
「僕が神官長とおっしゃってくださいましたが、神殿を追放された僕では資格がありませんので辞退します。皆様も僕では役不足だという目で見ていましたし」
精霊王様の御子様を監禁していた罪ならば、死罪同等の罪に値するはず。精霊王様のお声を聞く神官長になどなれるはずもない。
不意にアンデリクさんの言葉が脳裏によみがえった。
『監禁されるとは思うが、絶対に殺されることはない』
アンデリクさんの言葉が本当なのならば、僕はこの先牢で監禁されるのだろう。
「僕は牢に……」
「辞退って言われても、エミリオを水の神官長って決めたからねぇ。生涯僕の神殿にいてもらうよぉ」
僕の話を聞いてもなお、にこにこ笑顔な水の精霊王様。
「僕が精霊王の玉座に就く条件はエミリオが神官長に、だもん」
次いで風帝様が
「その条件、水の神官にゃ反論はさせなかったがな。……エミリオ。あいつらが冷たい目で見ていたのはオマエじゃなくて水だ」
僕ではない?
「そんな……偉大な精霊王様にあんな視線を向ける神官様なんているはず……」
「アレ見てそう言えるのは、エミリオだけだと思うが」
ヒドーイと精霊王様が叫んでいるのを無視して、風帝様は言葉を続けた。
「それからなぁ、風の子供を逃がしてくれたお前を罰するなんてあり得ねぇだろ。とりあえずエミリオは俺預かりな。早くそのひょろっとした体を何とかしねぇと」
俺の身が持たねぇ、と風帝様が僕の身体にさわさわと触れながら呟く。
そういえば、風帝様は処刑以上の辛いことって言っていたけど、それこそが僕への罰なのかもしれない。それってどんな罰なんだろう。
「僕が太ったら、どうなるんですか?」
「ああ? 俺の番(つがい)になる以外に何がある」
「……え?」
「俺の予見は『風の精霊王が贈った指輪をはめて神殿に来る者が、ルーベルト・ゲーテの番(つがい)となる』だぞぉ」
ニヤリと笑って大きな手で僕の手を取り、小指にある指輪に口づけをする風帝様。驚いて手を引っ込めようとしたけれど、風帝様の手は僕をしっかりと掴んでいて微動だにしなかった。風帝様の唇が触れた小指が熱を孕み、その熱が全身に伝わっていく。
多分それは契約の口づけ。
魔術師が伴侶となる者に行う契約儀式の一つだ。
「いけません、風帝様! 早く解除しないとっ」
「俺はエミリオが好きで婚約指輪はここにある。風はお前を気に入ってる。エミリオは俺の番だから解除する必要はねぇだろ」
そんな……何言ってやがる、みたいなお顔をしないでほしいです風帝様。
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