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変わりゆく12
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コンロの上の小さい鍋に油を注ぐ。菜箸で衣を落とし、温度が上がったのを確認してから鶏肉を二つだけ入れた。
油に対して鶏肉が多すぎると温度が下がってしまい、思ったようには揚がらない。油は買ってきたけど、かーくんの家にミルクパンしか無いなんて予想していなかった。
ミルクパンがどのくらいのサイズかといえば、インスタントラーメンがギリギリ収まるサイズ。つまるところ揚げ物をするにはものすごく不向き。
「冷めないうちに食べて下さいね」
ボクはたった二つだけの唐揚げをキッチンペーパーを広げた皿の上に乗せた。ミルクパンしか無いことに気付いたボクが苦渋の策で提案したのは、立ち食い唐揚げだ。
一度に数多く揚げられないのであれば、少しずつ揚げていくしかない。何度もキッチンと部屋を往復するよりは側で食べてもらったほうが安全安心。それに出来立て。
かーくんとしても美味しい唐揚げが食べられるなら何でもいいらしく、ボクの提案に反対はしなかった。
サクサクッと隣で音がする。
「…………」
かーくんは何も言わない。もしや美味しくなかったのか? と不安になり振り向いてみれば、かーくんは歯を噛みしめながら一筋の涙を流していた。
「どうしたんですか?」
菜箸を置き慌てて火を止める。かーくんは箸を持ったまま、流れる涙を拭わずにただ一点を見つめている。きっと今かーくんの目には別の場所が浮かんでいるんだろう。
声をかけずにじっと待っていると、かーくんは口の中の唐揚げを無表情で飲み込んだ。
「……同じ味がする。俺が前に働いてたところの近くにある弁当屋の唐揚げと。前に食べた時にはなんとなく懐かしいな、としか思わなかったけど、確かに同じ味だ」
「前職って、警察官でしたよね。働いてたのってどこでしたっけ?」
「――市、――町」
「……あ、ボクの祖母が昔弁当屋さんをしてた町です。今は叔父夫婦が継いでいるんですけど。他に弁当屋といえばチェーンのところが一つしかないので、同じところかな。小さい頃、よく祖母のお店で手伝いしてました」
だけど、なぜ唐揚げを食べて涙を流す必要があるんだろう? 立ち入っていいことなのかわからず躊躇していると、かーくんは話を続けた。
「職場から道を挟んですぐだったんだ。その弁当屋。だからメシ時になると後輩が使いっ走りに行ってて。それで、温かいままの唐揚げを毎日食べてた。ちょっとした楽しみってやつ。だけど出世するためには休み返上で出勤しなきゃなんなくて。そんな状況じゃ色々とダメになっちゃう人が居るわけ。体も、心も。ただただ、町を守りたい。安全に人が住める町にしたいって思ってたのに、流れ作業でしか毎日を過ごせなくなっていく。俺もその内の一人だった」
辛かったんですね、なんて、仕事でそこまで追い詰められたことのないボクには簡単に言えない。かーくんの話の邪魔をしないよう、静かに息を吐くことしかできなかった。
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