アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
③あまりてなどか…1
-
パーティーの3日前頃に会った時には、野川の顔は既に沈んでいる印象で。それが前日ともなると、もう明らかに暗い表情をして落ち着かない様子だった。
見ていると余りにも危なかしいため、車を出す事を提案したのだ。
最初は、車だと飲めないから、と気遣っていたが、本当に楽しい相手とだけ飲めれば良い、と暗に野川を指して言うと、少し目を細め、では遠慮なく、と最後には控えめな声で了承してくれた。
野川は、華々しい場が苦手だし、今回のように大々的に行われるイベントは特に嫌なのだろう、と受付けを済ませてもまだ軽く考えていたのだが。
國廣に肩を抱かれて慌てるのを見て、やっと、彼を苦手だと言うその意味が理解できたところだ。
よろめいたのを抱きとめると、自身のことよりもこちらの立場を気にして、直ぐに離れてしまった。少しくらいは安心してくれた様に見えたが、どうだったか…。
自分に対する嫌味など、全くどうでも良かった。
ただただ野川に対するセクハラ紛いの行為に怒り心頭であった。
三崎の言葉を思い出して、なんとか平静な顔を取り繕ったが、…恋愛において、嫉妬心に我を忘れてしまいそうになるなんて、今日が初めての事だった。
野川は、男を惹きつけ惑わす色香を纏っている。
自分だって抗いようなくどんどん惹きつけられ、今や引き返せない程であるくせに。
…自らを御するのに手一杯で、こんなにも簡単な事を見落としていたなんて。
その、野川の持つ色香と言えば、今にも消えてしまいそうな儚さであったり、控えめで優しい性格であったり、理由を挙げればキリがない。
物言いたげに揺らめく瞳、程よいトーンで穏やかな言葉を紡ぐ形の良い唇、華奢で細い肩、きちんと伸びた背筋から腰のライン、それから、美しい首筋やうなじも…。
…また頭に別の意味で血が上りそうになって、慌てて思考を止め、目だけで天井を向いて深呼吸した。
野川が先ほどトイレに立つまで、國廣を近づけないようにずっと側に張り付いていたが、野川の方は、黒木の人脈拡張の好機を奪ってはいないかと、気にしている様だった。
勿論、それは至極もっともな意見ではあるが、こちらはとてもそんな悠長なことを考えてはいられなかった。
男も女も関係なく、会場中が皆ライバルに見えるなんて、笑えない。
トイレにも本当はついて行きたかった。さすがに失礼かと思い留まったが。
お気をつけて、などと言ってしまって、直ぐそこですよ、と苦笑されてしまった。
しかし結局は、分かりました、と微笑んでくれ、その顔がとても優しく綺麗で、また胸の奥に甘美な痛みを感じたのだった。
ひとりでに顔が緩んでしまいそうになって、慌てて新しいドリンクをもらい、誤魔化す様に口をつけると、ふと周りが女性ばかりになっているのに気が付いた。
…が、時すでに遅く、何かを思う間も無く取り囲まれる。
「黒木先生、先ほどからソフトドリンクばかりお召し上がりですよね。今日はお飲みにならないんですか?」
「…ええ。今日は、事情があって車ですので。」
「お車なんですか?」
その場が変に色めき立つ。
「黒木先生の様な素敵な方の運転する車に乗ってみたいです。」
一人が言うと、それを合図のように頷く面々。
まるで小動物の群れみたいだなんて絶対言えないな、とまた苦笑いした。
「お上手ですね。」
例え苦笑でも引き攣った顔は出来ない。目尻にしわを刻む。
「ところで黒木先生、本をお出しになるお考えはございませんか?」
成る程、名札を見れば、この若い方々は出版関係の…。
いや、そう言えばさっき野川といる時名乗ってくれた人の中にいた、ような気もするが…。
「とんでもない。今は考えられません。尊敬する先生の下、研究に没頭するのが一番の幸せです。」
野川を思うと、自然と表情が柔らかくなってしまった様だ。
女性陣が、一様に顔を赤らめて嘆息する。
愛想良くしたい訳ではないが、冷たくしすぎると面倒だし、丁度良い。
「でも、いつかのために、出版社にコネを作っておかれるのは、とても有意義な事だと思いますし、この後、もし宜しければ、私達と二次会へいらっしゃいませんか?」
「…二次会、ですか。」
「ええ。黒木先生の御本でしたら、私達も十分利益を見込めます。今すぐはどうしても無理ということでしたら、先生の将来のビジョンも含めて、落ち着いた所に場所を移して、改めて色々な面での意見交換が出来たらと思いますが、いかがでしょうか?」
そう言って、春らしい淡いピンクの唇が艶やかな弧を描いた。瞳は、キラキラと輝いて、自信に満ちている。
「なるほど、私の理想像ですか。」
女性ばかりに囲まれた意見交換とはさぞ落ち着けるだろう、などと皮肉なことを考える。
目の前の相手は、第一印象、とても魅力的だ。
黒一色でありながら、華やかで洗練されたパンツドレスが、この謂わば切り込み隊長である彼女によく似合っていると思った。過不足ないアクセサリーも品良く纏まっているし、髪もすっきり且つ女性らしい印象を与えている。
しかし、目の前にどれだけ好みに合った女性が現れても、今は少しも心を動かされない。
この胸に野川しかいないことを改めて思い知らされるだけだ。
…複雑な心を隠す為、敢えて満面に微笑みを浮かべた。
「角前さん、ひょっとして会場の皆様にお声がけを? 大変なお仕事ですね、お察しします。そういうことでしたら、私の事は、どうか最後に。」
親しみを込めて名前を呼び、少し顔を近づけ、にこやかにキッパリと。
「へっ? あ、いえ、あの、えっと…。」
一気に顔が赤くなって、うまい具合にしどろもどろになってくれた。
どうも簡単過ぎる。
「失礼します。ちょっと、お手洗いに。」
爽やかに笑んで、隙をついて追撃を逃れると、密かに疲れた息を吐いた。
…そう言えば、野川はまだだろうか。
トイレにしては少々時間が経ち過ぎている。
野川が中座した時、時計を確認しなかったのは失敗だった。
「黒木先生、野川先生を知りませんか? さっきから姿が見えないけど。」
藤沢が傍にやって来た。
「先ほどお手洗いに立たれたんですが…、私も丁度気になっていたところです。」
そこで何気なく会場を見回し、黒木はその違和感に思わず、えっ…、と声を上げた。
「…藤沢先生、國廣先生は、どちらでしょう?」
「えっ!?」
今度は藤沢が驚きに声を上げる番だった。
「まずいね、これは…。」
その一言で、黒木は一気に青褪めた。
藤沢と一緒に隈なく確認したが、やはり二人とも、ここにはいないようだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
33 / 86