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③あまりてなどか…2
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非常事態と言ったら大袈裟だろうか。
しかし、それくらい猶予を許さないことだと感じた。
「さ、探して来ます。藤沢先生はここにいらして下さい。見つかったらお知らせします。」
ほとんど言い終わらない内にロビーに飛び出したものの。
…少し落ち着かなくては。
今にも走り出しそうな自分に言い聞かせた。
きっと、大事ない。
もし國廣と一緒だとしても、自分のイベントの最中に、そう無茶な事は出来ないはずである。
頭を冷やそうと何度か深呼吸をし…、先ずは携帯電話を手にして。
だが、野川の携帯電話は確か鞄の中だった事に思い当たった。
「…っ。」
焦る心を落ち着かせるため、また大きく息を吐いてから、仕方なく、足取を追う為トイレに足を向けた。
丁度入れ替わるように人が出て行ったきり、物音一つしない。念のため声をかけてもやはり返事はなく、三つある個室も全て空だった。
会場に戻っていないか、もう一度注意深く確かめながらも、野川の行動パターンを必死で頭に思い描く。
パーティーが苦手な野川の事だ。ひょっとしたら戻るのを面倒に思って、どこかで休憩しているという事も十分に考えられる。
何れにせよ、会場近くにはいるはずだからと、扉を背にぐるりと見渡したところで、奥にある大きなロビーソファーが目に留まった。
それは位置的にも、人が苦手な野川が休憩するのに御誂え向きな場所に見えた。
肩がぶつかりすれ違う人に謝っても、つい足は急いだ。
「…!」
やはり誰かいる様だ。
声を掛けようとした正にその時、その人物が勢いよく立ち上がり、…黒木は、目を見開いた。
そこには野川がいて、誰かがその手首を掴んでいる。
「野川先生…!」
咄嗟に声を抑えて呼ぶと、野川は弾かれた様にこちらを振り返った。
その表情は今にも泣き出しそうに歪んでいる。
隣にいた人物が、悠然と立ち上がった。
「國廣先生、と、ご一緒でしたか。」
意外でも何でもない。不本意ながら、全く思った通りの展開だった。
黒木は、もう自分の視線が鋭くなってしまうのを、止められなかったし、止める気にもならなかった。
「…ちょっと休憩していた所に…國廣先生もおいでになって、少しお話を。」
曖昧な笑みを浮かべ、まだ國廣を庇うような…、色んな意味でいつも通りの態度を見せる野川に、苛立ちと苦い安堵を感じながら、しばらく國廣と睨み合う。
やがて、助手らしき人物が國廣を探している声が聞こえ、無言のまま去って行った。
野川が会釈したので合わせたが、無論の事、彼がそれに応えることはなかった。
忌々しい後ろ姿が会場に吸い込まれると同時に、野川が、崩れ落ちる様に座り込んだ。
目を伏せ何かに耐える様に一点を見つめている。
その体は、微かに震えていた。
「野川先生…、大丈夫ですか? 」
黒木は、先程助けを求めて必死に振り返った時の震える唇を思い出し、きつく眉を寄せた。
こちらの形ばかりの問いかけに、気丈に返事をする野川に、つい手を伸ばして、…だが、髪に触れる寸前、握り込んだ。
そのまま、わざと雑な動作で上着を脱ぐと、そっと自分の分身の様に、想いを込めて野川の肩に掛け、目を背けた。さっき握り込んだ手をポケットの中でもう一度固く握る。
…こんな時にも自分は、愛しいその肩を抱いてやることもできない。
抱きしめて背中をさすって、もう大丈夫だと安心させてやることもできない。
なんて遠い所に立っているのだろうと、途方に暮れ、しばし立ち尽くした。
「…藤沢先生に、野川先生が見つかったと、お知らせして来ます。ご心配なさっておいででしたので。」
そう告げると、野川が慌てて顔を上げた。
そんなに不安そうな顔をしないで欲しい。自分は、こんなにも無力だ。完全に守ってやることもできないで、かと言って、慰めてやることもできない。
野川の膝のすぐ隣に手をついて、しゃがんで視線を合わせると、こちらを見つめる潤んだ瞳が躊躇いがちに揺れていた。
「…直ぐに戻ります。」
野川の手が黒木のシャツの手首をギュッと引き留めた。
自ら戸惑って直ぐに離してしまったが。
「!…野川先生…。」
切なさに押し潰されるような感覚を覚え、酸素が足りなくなって、深く息を吸った。
ふわりと、微かにいつもの野川の清廉な匂いがして、きつく目を瞑る。
一瞬でも溜め息だと誤解させたくはなかったから、静かにそっと息を吐いた。
俯いて睫毛を震わせている、痛々しくもいじらしい姿を見ていると、もうこれ以上不安な思いはさせられなかった。
…徐ろにスラックスのポケットから携帯電話を取り出し、画面に指を滑らせた。
『もしもし?』
心配そうな藤沢の声。
「野川先生が見つかりました。ご無事ですが、ご体調が優れないようなので、このまま退出して、お宅までお送りしようと思います。宜しいでしょうか?」
『アレと、やっぱり何かあったんでしょう? ここはいいから、そうしてあげて下さい。』
電話の向こう、國廣をアレと呼ぶ藤沢の、苛立ちと安堵の入り混じった声が聞こえて、少しずつ頭が冷えてきた。
「その様です。途中ですが、お言葉に甘えさせていただきます。」
気をつけて、という藤沢に、礼を返して通話を終えた。
余程怖い思いをしたのだろう、まだ不安げに瞳は揺らいで、唇も微かに震えている。
その表情から目を反らし、黒木はこんな状況でも情を掻き立てられている不謹慎な自分に、人知れず苦い顔をした。
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