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帰りの新幹線2
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帰りの新幹線の中、野川はハッとして目を覚ました。
勢いよく身体を起こす。
「ん…。」
肩の重みが突然消えたからか、黒木が少し声を漏らして、身じろぎした。
あっと思ったが、その眠りは浅くはない様で、寝息のリズムがそれ以上乱れる事はなかった。
ホッとしつつ、無理も無い、と野川は思わず苦笑を漏らす。
一方で、自分が、黒木に頭を預けて深く寝入ってしまった事にとても驚いて、心臓がうるさく鼓動を打っていた。
昨夜、黒木はとても楽しそうであったし、こちらも、これで共同研究に関しての話題はひとまず落ち着くだろうと思うと、徹夜してでも付き合ってやろうと思えた。
この間の歓迎会での表情を思い浮かべ、また眉を寄せ、隣の黒木を盗み見る。
その顔はとても、穏やかで幸せそうに見えて、心から安堵した。
どうやら、作戦が無事に功を奏した様だ。
寝顔まで整っている事に感心しながら、親友に言われた言葉を思い出していた。
…先週末、野川は、素直に親友の指示に従って早坂医院の診察室にいた。
『つまりその新人さんが、無理言ってお前の胃を荒らしてんだな。』
野川が、これまでの事を掻い摘んで説明すると、話を聞くなり乱暴なほど簡潔過ぎる言い方で表現して見せた。
まあ、そういう事だな、と苦笑いで流す。
診断は結局、胃が少し荒れている、という事らしい。
大したことが無いとはいえ、早坂曰く、ストレスが胃にくるタイプの自分の様な人間は、油断できないのだそうだ。
食欲が落ちるのに加え、食べても胃痛が起こる事もあってさらに食事を遠ざける、すると余計に胃が荒れる、という様に悪循環が起こりやすいためだ。
『笑い事じゃねぇ。』
気に入らない、とばかりに顔を顰め、憤然として溜息をついた。
『最近避けてるって、何でだ?』
『? 断ると…とてもガッカリした様子で…、それを見るのが、一々堪える。』
『…ソレだな。罪悪感。』
一言呟いて、それをきっかけに早口でまくし立てた。
『そもそも、避けるなんてのがいつものお前らしくねぇ。いつものお前なら、ニコニコしてやり過ごす。きっと敢えて仲良くして、向こうが、共同研究なんて名目が無くてももういーかって思うくらい行動を共にして、有耶無耶にする。』
ハッとする思いだった。本当にそうだ。
『大体お前はちっとも悪くねぇのに、なんで避けんだ? 避けると余計ガッカリさせる。こっちも分かってるからまた罪悪感が大きくなる。それに人間、逃げられると追っかけたくなるもんだ。色んな意味で逆効果だろ。』
…‘敢えて仲良くして、有耶無耶にする’。
希望の全ては叶えてやれないが、もっとこちらから歩み寄れば、ある程度満足して貰う事は出来るという事か。
考え込む様子を見て、早坂は何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。
『そうしてみるよ。』
得心してそう言うと、あんまりこちらがスッキリとした顔を見せたからか、早坂は一瞬驚いた顔を見せた。だが、直ぐに薬の説明を始めた。
つまり早坂からのアドバイスで、このまま事態は少し好転するであろうと…。
じっと、黒木を見つめる。
…そうだろうか。そんなにうまくいくだろうか。
実は、話し込んだのは付き合いばかりでは無かった。昨日、とても楽しかったのは、野川も同じだったのだ。
ここへ来て、野川の方にもまた、黒木の考えや物の見方に触れたいという気持ちが芽生えてきた。
面接で黒木が言った様に、昨晩は本当に時を忘れるほど、話が尽きなかったのだ。感覚が似ているところがある、と黒木は表現していたが。
しかしだからと言って、相も変わらず例の話を受ける気は無い。
「参ったな…。」
こんなに複雑な気持ちは初めてだ。話が立ち消えになって、清々した様な、惜しい様な…。
視線を伏せ、膝で組んだ手元を見つめる。
しばらくそうしていたが、思い切る様に長い溜息を一つ吐いて、背を投げた。
「惜しい…?」
まさか。
その上、こんな風に肩を借りて居眠りするなんて、ずいぶん打ち解けたものだ。これまでの自分からは考えられない。
捨て鉢に自嘲の笑みを浮かべた。
自分が、対等に議論を闘わせることが出来、尚且つ楽しいと思い合える相手に、飢えているのだという事は自覚しているつもりだった。
しかし。いくら感覚が似ているところがあるとは言え、彼は尊重されるべき意思を持った、一人の人間である。
自分の影では無いし、ぞんざいには扱えない。
逆に、自分が彼の影になるつもりも無い。
付かず離れず、上手くやっていけるのが、一番楽だというのに何故。
そこまで考えて目を閉じ、もう一度長く深い溜息を吐いた。
このまままた眠りに落ちたいと思うものの、もう決して到着まで眠れはしないだろうから。
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