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冬の日に
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語り:陸上部二年 田沼健太
※このお話は現三年生が二年生の頃のお話です。
それは恐らく、積もった想いがぽたりと零れてしまったような告白だった。
「……好きだ」
寒い冬の日。
二月に入ってすぐの事。
洗礼されたような冷たい空気の中。
校門前で一緒に歩いて来た緒方と秋月に会った。
真っ直ぐな目。
真剣な顔。
普段の騒がしさを感じさせない、そんな顔で緒方が告げた。
「…………は?」
「……どうしても好きなんだ」
「…………は?」
「その茶色がかった瞳も、しなやかな手足も、全部全部が大好きなんだ…」
「……お前犬に向かってなに言ってんの…?」
「だって可愛くね?!サラサラのふわふわ!」
緒方が撫でくりまわしてんのは、登校時間によく学校周りを散歩してる犬。
朝練前のまだ早い時間。
冬の冷たい風が身体に堪える。
犬の飼い主は大学生くらいのお姉さんで、俺としてはお姉さんの方がよっぽど可愛いと思う。
そんで残念な事に、そのお姉さんの後ろで寒そうにマフラーに顔をうずめてる秋月の方が、お姉さんよりよっぽど美人だと思う。
「可愛いなぁ!コノヤロウ!」
大型の犬にじゃれつく大型の人間…
犬は大人しくお座りして長い舌を出して、緒方による撫でくりまわし攻撃を受け入れてる…
どっちが遊んでもらってんのか…
「緒方、そろそろ時間ねぇぞ」
「もうそんな時間?!名残惜しいけどさよならか…」
緒方に生えた尻尾と耳が、しゅん…と下がったのが見えた気がした。
お姉さんに挨拶して、三人で校門に踏み込む。
お姉さんは明らかに秋月をチラチラと見てた。
緒方よ…
犬に夢中でよかったな…
じゃなかったら今頃またヤキモチ妬いてんだろうな…
寒い。
吐く息が白い。
なんか新曲出来そうだな…
寒さを乗り越え、朝練を乗り越える。
せっかく温まった身体も、部室棟から教室までの移動間にまた冷える。
「秋月っ…!また午後練でな…!」
「はぁ…」
「風邪ひくなよ…!」
「はぁ…」
毎朝の恒例。
別々の教室へと向かう秋月との別れを惜しむ緒方。
どうせ休み時間に名前叫びながら廊下全力疾走すんだろ…?
バカか…
一年達と別れ、二年の教室がある三階へと階段を上る。
「つーか緒方さ」
「ん?なに?」
「あーいうのは犬じゃなくて秋月に言えばいいんじゃねぇの?」
「あーいうの?」
「好きだ…ってやつ」
少し前を歩いてた山梨がゲラゲラと笑い出した。
「なに?犬に向かってそんな事言ったのか?」
「だってめっちゃ可愛いんだもん!」
「犬ってあれ?よく学校周り散歩してる茶色の」
瀬川はニヤニヤしてる。
「そう!サラサラのふわふわなんだよ!」
「あーあの犬か。あの犬秋月に似てるよな?」
「ふぇっ?!」
あっけらかんとした渡辺の発言に、緒方がぐりんと顔を向けた。
「確かにね。毛並みすごい綺麗だし、顔も綺麗だよね」
瀬川はまだニヤニヤしてる。
「秋月も髪サラサラだし、色素薄めな感じとか見た目は似てるかも。犬の方が愛嬌も愛想もあるけどね」
ニヤニヤしすぎ。
「なるほどな…」
山梨もニヤリと笑った。
「なっ…なんだよ…」
緒方はバツが悪そうに下を向いた。
瀬川のニヤニヤ、山梨のニヤリ、緒方のバツの悪そうな顔。
こんだけ状況が揃えば、俺にだって分かる。
緒方は多分秋月に言えない言葉を、あの犬に向かって呟いてんだろう。
あの犬に秋月を重ねて…
やべぇ…
切ねぇ…
「やべぇっ!!」
さすがの井上も察したか…
そうだよな…
やべぇくらい切ねぇ…
「宿題やってなかった!」
「お前はもうホントによ!!」
「なんだよ田沼!忘れたもんは仕方ねーじゃん!そんな訳で渡辺!見せて!」
「駄目だ。自分で解かないと意味ないだろ?」
「そこをなんとか!」
まぁこうやって空気の読めない奴がいてちょうどいいのかもしんない。
緒方はもう笑顔だけど、きっと胸の奥は痛いんだろうな…
やべぇ…
切ねぇ…
やっぱり今日も昼休みに緒方は全力疾走してた。
そんな様子をつい購買から見てた。
ニコニコの笑顔で秋月と話したあと、ニコニコの笑顔で手を振った。
秋月の背中が見えなくなるまで見送って、見えなくなるとほんの一瞬、泣きそうな顔をした。
かと思ったら、またいつもの明るい笑顔を浮かべて歩き出した。
なんだよ…
こんなの知りたくなかったし…
授業を乗り越え部室で着替えてグラウンドへ向かう。
「なんか朝より寒くね…?」
山梨がブルっと身体を震わせた。
間違いない。
夜には雪が降るかもってニュースで言ってた。
念入りなアップを充分にして、身体はだんだんと温まる。
その分吐く息は白くなって
「鼻水が止まらん!」
井上はことごとくセンチメンタルな気分をぶち壊してくれる…
今日は短距離組もロードワークになった。
夏にはキツイ裏山。
冬もやっぱキツイ。
こんな寒い日でも、走れば汗をかく。
部活が終ってしっかりと身体を拭く。
外は既に真っ暗。
この中を歩くのかと思うだけで身体が芯まで冷える。
「悪い緒方、窓の鍵確認してくれ」
「おう!」
渡辺はやたらと窓の鍵を気にする。
こんな寒い日に誰も開けやしねぇのに。
「あっ!」
結露で白く曇った窓を緒方が擦った。
「どうしたんですか」
傍にいた秋月が、ひょこっと隣に立つ。
「好きだ…」
ん…?
今、緒方なんつった…?
「雪っ!雪降ってる!」
ああ…
雪か…
聞き間違えた…
んじゃねぇよな…
「本当だ…積もりますかね…」
「積もったら明日は雪合戦出来るな!」
緒方はまたニコニコの笑顔を秋月に向けた。
窓ガラスに触れたままの緒方の指が、キュッと音を立てた。
その手は微かに震えて、緒方の指先から一雫流れたそれが、まるで涙のように見えた。
なんだよ…
どうして秋月は気づかないんだろう…
こんなにも緒方はお前を想ってるのに…
でも気づいたところで、受け入れるとは限らない…
俺は大馬鹿者だな…
秋月に言えないから、緒方は犬に告げたのに…
緒方の中では届かない想いが、この雪みたく積もってんのかな…
やべぇ…
切ねぇ…
校門で緒方と秋月と別れる。
なんとなくその背中を見送る。
決して離れてる訳じゃない。
でもその距離は、あくまで先輩と後輩としてのもの。
またニコニコの笑顔を秋月に向ける緒方。
秋月は緒方よりほんの少し後ろを歩いて、いつもの無愛想で頷いてる。
「田沼?さっきから元気ねぇな。どうした?」
「いや…なんでもない…」
「……そうか」
山梨はまた前を向いたけど、きっと全部分かってんだろうな…
繋いだ手と手。
伝わってくる君の体温。
吐く息よりも白く、降り続ける雪。
このまま全部真っ白に染めて。
何もかもなかった事に出来るのなら。
曇りガラスに書いた文字。
大好きな君の名前が、涙を流した。
ああ…
なんか…
新曲出来ちゃったし…
タイトルは…
そうだなぁ…
『冬の日に』
こんな感じかな…
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